リバティクィーン


カロリナ・ロサダ 著

ジョーイ・ウィットフィールド 英訳より
日本語訳:だいこくかずえ

その子は間違って生まれた。'女の子'自身がではない、その体がだ。その子の物語は最初のところで、島にいたときにつまずいた。祖国、とのちに記されるだろう場所のことだ。父親は女の子を連れて、埠頭を眺める窓のある小さな登記所に行った。埠頭にいるのは、軍の命令で国を離れようとしている、好ましくない人種の群れだと父親にはわかった。小さな娘がそのような運命にさらされることになろうとは、男は思いもしなかった。自分には国を離れる理由などないと思っていた。男も家族も、政治的なことには無関心な、用心深く穏やかな人々と暮らしていた。その朝、登記所のデスクで自分の番を待っているとき、女事務員が、錆びて茶色くなった窓枠越しに、埠頭で起きていることを覗き見しているのに気づいた。その事務員は、サッカーの準決勝の試合終了の五分前に、そこから引き離されたみたいな反応を見せた。男に詫びるような笑みを見せて、島から異常者を追い出しているんだと説明した。「怪しげな連中よ、娼婦とか、犯罪者とか、頭のおかしな人とか、恥さらし者、社会のダニ、、、」と、ずらずらと並べられるのを男は耳にした。「島を浄化してるってわけ」 そして男の書類が整った。

その子には父親と同じ名前がつけられた。その子の祖父も自分がされたように、息子にそうしていた。祖父の父は、家族で最初にフェリックス・エルナンデスの名を授けられた人間だった。現フェリックス・エルナンデスが、女事務員の胸の谷間より書類のスペルにもっと注意をはらっていたら、息子のフェリス・エルナンデス(フェリスは幸福の意味)の名前の間違いに気づいていたことだろう。しかし間違いに気づいたのは家に帰ってから、怒った妻は書類を見て、市民の名前さえ書けない役所を罵倒した。間違いの修正は、お役所的な処理のせいで失敗した。男が得たことは、月曜のオフィスアワーに蒸し蒸しする田舎の登記所で、壁の上のひび割れて変色した愛国的で厳つい指導者の写真に目を当てながら、女事務員と息切らせ汗したたらせて、足を絡ませたことくらい。不貞行為と幻滅から妻は将来に希望がもてなくなり、幸福という名の息子を連れて、当てにならない国から出ていく決心をした。

フェリス・エルナンデスは、海外で育ったものの、母親の国のアクセントを受け継いでいた。学校では、奇妙な名前や、抑揚のあるしゃべり方、身振りがからかいの的となった。しかしフェリスは自分の名前に誠実で、たじろぐことなく、毎日を自由でありのままの姿で生きようとした。「わたしは人と違う、わたしは特別なの、わたしはフェリスよ」 そう鏡の前で自分に言っていた。理解ある母親のおかげで、女の子のように高い声のその子は、バレエのレッスンに通うようになり、自分が将来の職業と見定めたものへと、最初の一歩を踏み出した。しかし人生というのは、願ったように舞ってはくれない。何年かして、青年期に入ったフェリス・エルナンデスは、国立バレエ団から入団を拒否された。男性ダンサーとしてなら可能だったのだが、バレリーナとしての申請は却下された。フェリスは自分を男とは思っていなかった。自分は違うからだに囚われた女性であると、みんな認めるべきだといつも思っていた。だから辛くはなかったが、やはりちょっと傷つき、ピンクのチュチュ姿でうやうやしくお辞儀をすると、バレエ団をあとにした。

少ししてフェリスは島に帰ってゲイクラブで名をあげた。「クィーン・マドンナ」を歌って、「ハバナのマドンナ」を夜の一番人気の出し物にした。全身革の衣装に身をつつみ、金刺繍のコルセットにシルクハット、手にはムチ、お尻の見えているズボンという姿で、金持ちの銀行家にして身分ある友達に囲まれた、リサンドロ・マリンと出会うことになる。リサンドロは服装倒錯者のクラブの常連客だった。女装をするのも好きだった。妻や子供たちが奇妙な行動に疑いの目を向けないように、リサンドロは家族とは別のアパートを確保していた。それでレースや羽やスパンコールや化粧に埋もれて、服装倒錯の友人や恋人との別世界が築けた。アパートは、リサンドロが属しているにわか成金層の間ではやりの、愛国的グッズに溢れていた。フェリスは彼と出会った夜、真っ赤な壁にしまうまとジャガーの人工毛皮、数々の英雄の写真に彩られたその部屋に連れていかれた。「ハバナのマドンナ」で、ブロンズの肌に金髪ウィグをかぶり、まわりのダンサーをムチ打ち、90年代のゲイ・アンセム「ヴォーグ」を歌ったあとの、幕が降りてからのことだ。

素晴らしいセックスにサドマゾ、革の服、女の色気、ピカピカの黒いハイヒールで顔を踏みつけること、形のいいきれいな胸、そういうものでフェリスはリサンドロをひざまずかせた。その時点で、フェリスの人生において、幸福という自分の名が表すものに欠けているのは、ただ一つだった。それは手術を受けて、性を変えること。それを目標に、お金を貯め、英語を勉強していた。そうすれば何でもかなう国アメリカで、手術が受けられる。フェリスはアメリカで、と決めていた。どんな失敗も被りたくないと思っていたから。友だちのパロマのように、国営診療所で裏の手術を受け、どちらとも言えない分類不能の性に成り果てるのはごめんだった。一方で、同僚で親友のレニは、故郷の島で手術を受けるのがいいと言い張った。この国は医療水準が高く、長い禁止期間(島では同性愛やその他の倒錯を禁じていた)を経て、いまでは性転換手術を無料でやっているのだから、と。レニの言葉によれば、島ではすべてタダでできて、自由そのもの、いまや平等社会の最高峰にして女王なのだそうだ。さらには、この島では手術のあと、名前を変えることも保証されている、と。しかしながら、フェリスは名前を変えたくないと思っていた。幸福より不定義なものはないし、その名が好きだった。だから自分の名前を使い続けたかった。

レニは左翼の闘士で、若い頃からのゲイ活動家でもあった。基本的に、政治的信条にかかわらず、社会から阻害された者たちの強い支援者でもあった。しかし何にもまして、レニは独裁制反対派だった。社会的性急進同盟(RUSS)を立ち上げ、性的少数者の権利を勝ち取るため、そして娼婦を正当な労働者として認めさせ、すべての性労働者に公休を授けるという規定を設ける活動をやっていた。フェリスと働いているナイトクラブ、ワライラスターでのレニの出し物はたいてい不人気だった。よく演じるのはゲリラ戦士であり、解放奴隷あるいは国民的英雄の役だった。レニが演じるのものはほとんど、社会問題や政治関係の題材を反映したもので、ワライラスターの特別顧客にはひどく退屈なものばかり。それでマチネーの時間帯には、もっとわかりやすい演目をやる羽目になった。土建屋や学生、その他ずらっと並ぶ恵まれない客層が、レニのお気に入りだった。一度ならず、それらの客のだれかれと恋に落ちていた。後払いや分割払い(一番お金のない学生によく使われた方法)で、セックスを提供することも珍しくはなかった。

フェリスは親友の思想的なことには、いつも賛成しかねた。とりわけそれが商売に関係することであれば。ハバナのマドンナは、坊やが料金を負けてくれというのを聞き入れたりはしない。尻に汗をしたたらせて、奴隷に食べものをやっているわけではなかった。もし客が楽しみたいのであれば、金を払う必要があった。それがフェリスのやり方。対照的にレニは、自分の仕事は見世物でも体を売ることでもない、価値を共有するための表現だ、という考え。そういう状態ではあったが、二人の思想的な相違は、グサナ(寄生虫:キューバからの政治的亡命者への侮蔑)とボルシェビキのように、愛情ある非難の応酬を超えることはなかった。友であり仕事仲間である二人の関係を壊すような真似はしなかった。

フェリス・エルナンデスは政治に惑わされたことなどなかった。フェリスの母親は、無垢な子ども時代を汚さないために、フェリスの生地(せいち)である島の独裁政治について、話さないようにしていた。とはいえ、レニがどれだけ政治や経済、社会の変革は国民共有財だと主張しようとも、国で起こることは二人の暮らしを暗い方へと導いた。フェリスはレニと違って、ことをそのようには受け取っていなかった。手術のための費用を貯める妨げになる場合は、なおのこと。それなのに両替所の職員はフェリスに、健康診断を受けて、性的な障害が治るかどうか、精神科の治療を受けたほうがいいのではと勧めてきた。「やってごらんよ、あんたの勤めだよ、タダだし」と、制服姿の職員が格子窓の向こうから言ってきた。フェリスはこの提案にいらつきながらも、傷つくことはなかった。フェリスにとって、鉄格子の向こうから自分を見ているこの男をやり込めるのは簡単だった。「あのね、あたしには性的な障害なんかないの。問題はあんたのものよりあたしのものの方がずっと大きいってことだけ。お見せしたいわね。それだけよ、オジサマ」 国民的英雄の写真とよく知られた一句が飾られた小さな両替所を出ていく前に、フェリスはそうやって職員をからかった。

政府が通貨規制を発表した日、フェリスの母親は胸で十字を切り、ロウソクに火を灯しアフリカのあらゆる神様に、島の過去を思い出させるものを追い払ってくれと祈った。「この国はクソったれだよ、ここから出ていった方がいいよ」 そう心配げに娘に言った。フェリスは疑わしそうな目つきで、マニュキュアを塗りながら、小さな声でこう答えた。「アイー、ママー、バカなこと言わないで。ニュースで母さんはおかしくなってるだけ。国が崩壊するって話は、メディアによる操作で、思想集団がでっちあげたものだって、レニが言ってた。落ち着いてよ、何も悪いことは起こらないから」

フェリス・エルナンデスの自信やレニの楽観主義、ワライラスターの用心棒の社会主義体制への盲信を欺くように、彼らの生活に及ぼす変化は悪い方へと向かっていった。しかしながらレニと用心棒が、社会主義の賛歌「インターナショナル」の一行一行、壁に描かれたスローガンに信義を置いているとき、フェリスの方は、手術を受けるためにすぐにでも「驚きの国」に連れていくと約束していた公認の恋人によって、恐怖を鎮められていた。しかし約束は守られず、事態はひどく醜い様相を呈した。ニュースが国の銀行恐慌を伝えると、リサンドロ・マリンは突然姿を消した。何百万もの巨額の横領が上層部で起こり、国営銀行を破綻させた。関与した者たちはすべてを持ち出した。「いらっしゃいませ」と書かれたドアマットに至るまで。誰も責任をとろうとせず、加害者はみな国を離れた。不安と不満が通りにあふれた。人々の顔には激しい怒りが浮かび、街の空気は張りつめた。この緊張感のただ中、社会の不安と不満のレベルが上がる中、フェリス・エルナンデスは何とかリサンドロを見つけだそうとした。しかし彼から何の連絡もないまま、数日が過ぎた。テレビのニュースでリサンドロの顔写真を見て、フェリスの心配はここで幕を下ろした。「あのクソったれが!」とフェリスは、右目につけようとしていた付けまつ毛を放り投げて、声を荒げた。夜の仕事に行く準備をしていたレニは、口をぽかんと開けて、国営銀行の信用が落ちに落ちた財政破綻の映像を見つめていた。驚きつつもまだ信じられないレニは、こう言い放った。「帝国主義者のプロパガンダにきまってる」 フェリスはテレビを見るのをやめて、レニのところに行き、いらいらしながらこうぶつけた。「この変人ボルシェヴィストが。あたしたちをひどい目にあわせたのは誰よ。なんであんたは真実を見ようとしないの?」 レニはまだ信じられない風で、口をぽかんと開けている。怒り狂ったフェリス・エルナンデスは、この友を通りに引きずり出した。

その光景はカーニバルの様相を呈した。二人のドラッグクィーン、一人はマドンナの金刺繍のコルセットに大きくとがった円錐ブラ、黒い網タイツと膝丈の光るブーツ、そして長いポニーテール。もう一人はゲリラ戦士のコンバット服を着て、胸の谷間を盛大に見せ、長い自動ライフルを背負っている。治安部隊は二人に無関心、金を返せと金融機関に集まった客たちを鎮めるのに大忙しだ。

フェリスがリサンドロ・マリンを探しに行ったのはお金のため、リサンドロは知らなかったが、フェリスは彼の部屋の合鍵を作っていた。二人で酔っ払ってお湯の中でばか騒ぎしていたときのこと、リサンドロはこれまで飲んだことのない高級リキュールに溺れ、意識を朦朧とさせていた。リサンドロは以前は生水を飲んでいた人間だが、今ではヨーロッパから輸入された名水しか飲まなくなった。秘密の部屋にある、リサンドロの銀行家としての形跡はただ一つ。部屋の片隅に置かれたブロンズ像だ。英雄戦士をかたどったもので、拳を突き上げる群衆を従えていた。兵士が高いところにいて、下には群衆、空には一つ星。英雄の足元には宝石があり、リサンドロの財産の一部が群衆に守られている、とフェリス・エルナンデスは知っていた。群衆とはレニの模範であり、伝説の戦士の歌をうたうワライラスターの用心棒や無名の戦う人々のことだ。この奇妙なブロンズ像は、実はただの彫像ではなくカモフラージュだった。手順を踏んで星の部分を動かすと、英雄のからだが開いて、宝石類を溜め込んだ、どす黒い欲得と顕示欲が露わにされる。フェリス・エルナンデスはあまり時間がないとわかっていた。今すぐにでも、国を欺いた者どもを取り締まっているふりをした、警察部隊がこの部屋に乗り込んできそうだった。しかしフェリスはそれが共犯者による茶番だとわかっていた。フェリスは今になって、母親の言い分を、早く国から出ていく必要性を理解した。偽の毛皮に囲まれたこの秘密の赤い部屋で、フェリスは過去から漂ってくる潮の香りを感じた。「ボルシェビキだわ、この部屋があたしたちを押し流そうとしている」 フェリスは、レニが呆然として体内の地震にまだ耐えているのに気づかず、そう言った。それからすぐに、二人は部屋の中を探しまわり、隠されていたお金や宝石類を発見した。手当たり次第手にし、ニホンザルの皮で装飾された大きなヘビ皮のバッグに、詰められるだけ詰めてそこから逃げた。

命からがらのようにして、二人はフェリスの実家に宝物を隠すために向かった。母親はテレビとラジオをつけたまま、二人を迎え入れた。「だから言ったでしょ。すべてが地獄に向かってるのよ」 フェリスは母親を汗でしめった腕の中に抱きしめ、じっと顔をみつめ、事情を説明することなく鎮めようとした。

「落ち着いて、ママ。すべて整理したわ」

「本当? ここを出ていくのね?」

「ママもいっしょにね」

「いいえ、わたしはダメ。また国外に出るなんてできない。あなた一人で行くの」 二人の話を聞いていたレニは、戸惑っていた。理解しがたいことだ。突然レニの理想や現実への認識は、目もくらむ暗い穴へと落ちていった。茶番と厄災を一度に処理するのは、レニにとって簡単ではなかったし、貯めていたお金や同志のことを心配もしていた。友人であるフェリスの勧めで、レニは貯金すべてをリサンドロの銀行に入れいていた。ワライラスターで働くドラッグクィーンたちや用心棒も同様だった。恐怖でレニは胸がつまった。今になって初めて、ことがひどく悪い方に進んでいるとレニは感じた。フェリスも恐怖を感じ、自分たちのことが心配になった。詐欺師の愛人リサンドロのことで、同僚たちが自分たちに何をしようとするかも気になった。「銀行に行こう」 フェリスは決意したように言った。涙でマスカラが落ちていた。再びフェリスはレニを勢いよく外に引っ張り出した。悪い予感が胸にせりあがっていた。

街はひどく騒がしく、金を盗まれた人々の怒りと不安は、他に比べようがなかった。どの銀行の壁も、騙されたと憤慨する人々の憎しみの言葉におおわれていた。窓も壊され、銃弾が撃ち込まれてもいた。人々は公衆電話や街灯を破壊し、建物の中からは罵詈雑言の嵐が聞こえ、鉢類がバンバンと投げられた。政府は国外から来たテロリストの暴動だ、とことを説明したが、レニでさえそんな話は信用しなかった。銀行の入り口には銃をもった兵士が立ち、暴動を鎮めようとしていた。騒ぐ群衆の中から、奇妙ないでたちのドラッグクィーンが現れて銀行に近づくと、警備隊が二人に銃をつきつけ地面に伏せさせた。

「銃を下に置くんだ」

「銃って?」とレニが恐怖にかられながら訊いた。地面に額をつけ、両手は首のうしろに回されていた。

「ふざけんじゃない、このホモ野郎が、おまえの背中にある銃だ」

「これは小道具よ、プラスチック製なの。あたしはダンサー、ショーをやってるだけ」 レニは背中の銃をはずして説明しようとしたが、警備隊は自分の銃でレニの胸を突いた。さらに恐ろしくなったレニは、血気盛んなフェリスに背中の銃をとって警備隊に見せてくれ、と叫んだ。

「これが見えないの、このバカが」 緊張が笑いに変わった。ペニスの先っぽが銃口についた、プラスチックの自動小銃が、公衆の面前に差し出された。

銃声が響き、笑いが止んだ。銃弾が銀行の宣伝文句「お客様の信用こそ財産です」を打ちぬくと、群衆は地面に伏せた。警備隊は撃った主を探し、警戒を高めた。犯人を見つけるのは簡単ではなかった。変装して、政府のスローガン「わたしの魂は国民によって強化される」と書かれた看板のうしろから撃ってきたからだ。撃った者を見つけると、警備隊は有無を言わせぬ激しさと正確さで銃撃を始めた。犯人は女装していた。その男がワライラスターで最初に目にした衣装だった。レニの衣装の一つだった。鮮やかなクジャクの羽飾りを頭に乗せた、解放奴隷の衣装。用心棒の銀行襲撃はすぐに終わった。羽飾りの中で、インターナショナルの一つも歌えず、撃ち殺された。銃弾は男を撃ち抜き、看板の文字も射抜いた。それで政府のスローガンは「国民によって強化される」の部分のみが残った。ドラマチックにして滑稽な光景だった。群衆が取り囲む中、二人のドラッグクィーンが死んだ用心棒の上で泣きわめき、クジャクの羽が歩道に散らばっていた。これが騙された者による不恰好な復讐のすべてだった。

銃撃戦のあと、軍隊と警察による激しい弾圧があった。テレビの映像では、のちに削除されたが、市民と警備隊の間の格闘が映しだされた。旧約聖書のダビデとゴリアテの戦い、投石と銃弾と罵詈雑言による戦争。国民の怒りと職権乱用という、昔ながらの光景だった。放映された映像の中に、のちに外されたものの(確認は可能だ)、広く電波で流されたのは、修羅場の中で二人のドラッグクィーンが軍の兵隊に、手酷く殴られているものだった。あいにくピー音が入って、両者がののしりあう声は聞こえなかった。抵抗をやめろと言われる前に、レニが発した軍の司令官への無邪気な質問も、聞き取ることが不可能だった。「じゃあ、国民が主権を手にすることのすべてがバカバカしいわけ?」 もしビデオの音声が残っていたら、ブーツの先でレニの尻を蹴り飛ばす前に、司令官がぶっきらぼうに言った言葉が聞けたはずだ。「何もかもがバカバカしいんだよ」

二人のドラッグクィーンが刑務所で、どんな不当にして異常な扱いを受けたかは、ポルノの領域になるので、それを明かすことに筆者は興味がない。ご想像にまかせよう。イデオロギー操作の裏とプロパガンダの詳細という、別のスキャンダルのため、国の銀行の詐欺行為の件は、人々の関心から遠のいた。どのようにあの島からの波紋が、異国の岸辺にたどり着いたかの話は、専門のアナリストや歴史家、ジャーナリストに任せよう。リサンドロ・マリンやその他の逃亡中の銀行家たちの居場所をつきとめるのは、警察の諜報活動の仕事だ。なぜレニが、友だちのフェリスが手助けしようとしたのに、国を離れなかったかの理由を話せば、弾圧の中で、性的少数者の権利のために戦うため、と言っていいだろう。私に言えるのは、レニが軍による独裁的な侵害に抵抗して、リバティクィーンという名の、性的少数者の権利のために戦うグループを組織したことくらいだ。それほどの成果があったわけではない。レニが、上官をののしった司令官に恋をしてから、ほどなくのことだった。フェリスが何とか国を離れたことについては、緑の経路の地形上の研究や、紆余曲折に頭をめぐらせ、シュールなブラックマーケットのことを想像する必要がある。どれも私の歓心を買わない。参照事項に属するような話は好きじゃないんだ。それは新聞やジャーナリストがやること。私はむしろ、サンフランシスコの丘を登っていく二本の足の話を提供したい。毎朝、この二本の足はジョギングパンツをまとい、夜には革のブーツで素肌をさらす。足の上部には出っ張りのない平らな性器があり、どこからどこまで完璧な変身を遂げている。この足を指揮する頭脳は、二つの言語を操る。警官がこの女性に声をかけたときは、ためらいなくこう返すだろう。「あたしの名前はフェリス・エルナンデス。合法的外人です」 この女性がこう付け加えると、警官はにっこりする。「あたしの名前は、英語で『幸福』っていう意味なの、どう、気に入った?」



初出:Palabras Errantes, Voices from the Venezuelan City
日本語版出版:葉っぱの坑夫





文学カルチェ・ラタン | happano.org



文学カルチェ・ラタン
007区 ベネズエラ


カロリナ・ロサダ
Carolina Lozada
ベネズエラ出身の作家。アンデス大学(ベネズエラ、メリダ市)で文学を学ぶ。Los Cuentos de Natalia(ナタリアの物語、2010年)、Memorias de Azotea(屋上の思い出、2007年)、Historias de mujeres y ciudades(女たちと都市の物語、2007年)、半自伝的小説La vida de los mismos(同一の生)を出版。またラテンアメリカ文学のデジタルマガジンLas malas juntas(悪い仲間たち)の編集部に所属する。文学レビューのブログ500 ejemplaresをルイス・モレノ・ヴィリャメディアナと運営する他、自身のブログTejados sin gatos(ネコのいない屋根)を執筆している。作品のいくつかは、英語とポーランド語に訳されている。




スペイン語 → 英語 翻訳者:
ジョーイ・ウィットフィールド
Joey Whitfield




タイトルフォト

revolución descolorida
photo by Jaume Escofet (taken on December 10, 2012/Creative Commons)

STORY
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no.13

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オラシオ・キローガ

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MUSIC
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FILM
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シネマルジェンティノ
アレハンドラ・グリンスプン
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ジンジャー・ジェンティル
エセキエル・ヤンコ
アリエル・ルディン

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二人のエスコバル
(ジェフ&マイケル・ジンバリスト)

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