ぼくの雲

ニコラス・ディ・カンディア 著

サム・ゴードン 英訳より
日本語訳:だいこくかずえ

わたしは高層のアパートに住んでいます。街の全景が見わたせる素晴らしい眺めで、また嵐が近づいてくるのを目撃するこ ともできます。

この前、その嵐がやってきました。雲が低く低く垂れさがっていました。いくつかの雲はすぐそばまで来て、建物を包み込 みました。窓から見てもわかりませんが、建物全体が雲の中に溶けているみたいでした。わたしのアパートは、空の境界に達していました。

嵐 にやられないよう、わたしは窓を閉めにいきました。窓辺につくと、雲がひとつ、わたしのバルコニーに向かってやって来ました。小さな雲で、自力で進んでき ます。黒々とした恐ろしい雷雲に囲まれていました。わたしはその小さな雲を気に入って、バルコニーのシャッターを開けたままにして、中に招き入れました。

雲 が入ってきました。しばらくその雲といっしょに過ごしたいと思いました。ただどうしたものか、わかりません。リビングルームに案内して、いつもお客にすす める一番居心地のいい椅子に導きました。ところが雲は従いません。小さな雲は天井近くで浮いているのがいいようでした。そこで居心地よさそうにしていま す。

雲はアパートの中をさまよいました。何か障害物に出くわすと、雲は形を変えました。わたしは 扇風機や換気扇のすべてをとめました。雲がそこを通るとき、傷つくのではないかと恐れたのです。そうやって雲は、わたしの家になじんでいきました。わたし は雲を連れて自室へ、それから子供部屋へ、そしてキッチンへ、洗面所へとまわります。そうしているうちに、雲は本棚へと向かいました。雲は楽しそうに本と 本の間に滑り込み、からだをいくつかの千切れ雲にして、本棚の向こう側でまた、一つになりました。

元 のひとつの雲に戻ると(新しい雲になったのかもしれません)、前より少し色が濃くなっていました。本のほこりがついたせいだと思いましたが、近くでよく見 ると、雲自身が変化したのだとわかりました。家に招いたときと同じ、友好的な雲ではないように見えました。とはいうものの、外に追い出すのは胸が痛みま す。雲は自分のしたいようにしているだけで、もしわたしの家でそうしているのが気持ちいいのであれば、わたしはそれを誇りにするべきなのでしょう。

そ れ以外にわたしが気にしていたのは、雨を降らせないかということでした。そこまで重大事ではありませんが。一日の終わりには、室内はいつも乾ききってしま うので。ただそのとき心配していたのは、停電の引き金になりはしないかということでした。それが不安でした。危険を回避する予防策をとる必要がありまし た。

元の住処である空に戻すのが、理にかなっているのかもしれません。そうすれば何であれ、雲がしたいようにできるはずで す。ただ、今まわりで起きているような、この大嵐のさなかに外にやるのは、危険がともなうと思いました。この雲を守ってやる義務を感じていました。

家に少し置いて、もっと天気のいい日に、空に戻そうとわたしは決めました。わたしは空のビスケット缶を手に取ると、雲 の通り道にそっと置きました。雲が中に入ると、わたしは蓋を閉めました。

次 の日、子どもたちが缶を見て、嬉しそうに蓋を開けました。雲は真っ白なままそこにいました。でも子どもたちはそれが雲だとは思いませんでした。綿菓子だと 思ったのです。わたしは大声をあげて、子どもたちがそれを食べようとするのを止めに走りました。お客を食べてしまうのは礼儀に反します。

そ のとき、わたしは気づきました。雲が人間に問題を引き起こすことがあるのと同様に、人間も雲に危害を及ぼすのだ、と。わたしたちが別れるときがやって来 た、と知りました。昨日の嵐はもう去っていました。太陽が輝き、青い空は雲を求めているように見えました。わたしはビスケット缶を手にバルコニーに出て、 バケツの水を撒くように空に雲を放ちました。

雲は宙に出ていき、そこでしばらく浮かんでいまし た。風が吹いて、雲を運び去りました。わたしは雲を愛おしく思いました。いつでも好きなときに戻っておいで、と伝えようと雲を見つめました。でもそういう ことは起こりはしない、とわかっていました。視界から消えるまで、わたしはバルコニーに立っていました。わたしの目がそのとき、うっすらと曇りました。



初出:Palabras Errantes

日本語版出版:葉っぱの坑夫




文学カルチェ・ラタン | happano.org



文学カルチェ・ラタン
002区 アルゼンチン




ニコラス・ディ・カンディア
Nicolás Di Candia

ア ルゼンチンの作家。ちょっと風変わりな自己紹介文が届きました。「ニコラス・ディ・カンディアは生まれました。まだ非常に小さかった頃。若かった頃にはそ うしたものでした、そして少し考え直しました。それ以来。学校で、彼の先生たち。でもニコラスはしませんでした。彼はただそうしたかった。それが理由で、 高校を終えたとき。何年かたつにつれ、ニコラスはずっとそうでした。大学の初めのころ、彼は決めました。そうして長い期間に着手します。そのような経験が ニコラスに烙印を押しました。彼はまた、の大学にも出席しました。その経験はもたらしました。ほんの短い時間、世界。最近では従事します」




スペイン語 → 英語 翻訳者:
サム・ゴードン
Sam Gordon



タイトルフォト

A Sea of Cloud (original)
photo by Dean Searle (taken on July 9, 2009 / Creative Commons)
STORY
[001区 ブラジル]
リカルド・リジエス
ルイサ・ガイスラー
セルジオ・タバレス

[ 002区 アルゼンチン ]
ファビアン・カサス
ホアン・ディエゴ・インカルドナ
★ニコラス・ディ・カンディア
フェデリコ・ファルコ
no.1

[ウルグアイ 003区]
アンドレス・レッシア・コリノ
オラシオ・キローガ

[コロンビア 004区]
アンドレス・フェリペ・ソラーノ
no.1

[ペルー 005区]
ダニエル・アラルコン
フリオ・ラモン・リベイロ

[チリ 006区]
カローラ・サアヴェドラ

[ベネズエラ 007区]
カロリナ・ロサダ

MUSIC
[001区 ブラジル]
アンドレ・メマーリ
エルネスト・ナザレー

[ 002区 アルゼンチン ]
ロス・モノス・デ・ラ・チナ
ベシナ
ブエノスアイレスのHip Hop
チャンチャ・ヴィア・シルクイート

ART
[ウルグアイ 003区]
ホアキン・トーレス・ガルシア

FILM
[ 002区 アルゼンチン ]
マルティン・ピロ ヤンスキ
シネマルジェンティノ
アレハンドラ・グリンスプン
ダニエラ・ゴルデス
ジンジャー・ジェンティル
エセキエル・ヤンコ
アリエル・ルディン


[ 004区 コロンビア ]
二人のエスコバル
(ジェフ&マイケル・ジンバリスト)


TOWN
[ 004区 コロンビア ]
ボゴタの新交通網

[番外]
南米の都市のストリートアート