ハッピーバースデイ

ルイサ・ガイスラー 著

キャサリン・ハワード 英訳より
日本語訳:だいこくかずえ

叔母たちは車に残って、ソフィアと母親二人だけでケーキを取りにいったのは、ほんの数分間のこと。母親の方が両手で ケーキの箱を抱えて、二人でベーカリーから出てきます。車の助手席にいる、いとこのジュリアナがドアのロックを外しました。ジュリアナのサングラスと開け 放たれた窓、長袖のシャツは、妙な取り合 わせでした。ソフィアが最後に会ったときから、ジュリアナは体重をかなり落としていました。

ソフィアが後部座席にからだをどう押し込んだものか算段しているとき、前の座席でジュリアナが、シャツの袖を手首まで 降ろします。肥満度指数から見て、少なく見積もっても、病的肥満体型に属する二人の叔母が、もぞもぞとからだを寄せて、やっとソフィアは車に乗り込み、叔 母たちの隣りにすわります。母親がソ フィアにシートベルトをするよう言います。ソフィアはシートベルトをしてからだを起こすと、胸がベルトに締めつけられるようでした。座席にすわってソフィ アは脚の位置をなんとか整えようとしますが、叔母たちはその動きにぶうぶう言います。後部座席はぎゅうぎゅう詰めです。母親がソフィアのひざに、そっと ケーキの箱を乗せます。母親はハンドルに向かうやいなや、娘に注意を山ほど言いたてます。冷たい箱が娘のひざの上で、ずっしりと重みを加えます。

ソフィアは脚を動かそうとします。身長が175cmでなかったらできたことでしょうが。175cmの身長は175cm 分の脚となりました。母親が車を出して、ジュリアナの家に向うと、座席が振動し始めます。ジュリアナは黙ってすわり、シャツの袖を手の先までのばしていま す。

叔母たちは大声で、ソフィアの母親と会話をはじめます。三人はパーティの話をしていました。暑さから、叔母たちのプリ ントの服の脇の下に、汗のしみができて います。ソフィアは箱の中のケーキに集中します。そうです、ジュリアナのためのケーキはとっても可愛らしいのです。色とりどりの粒粒の飾りがケーキの上を おおい、ケーキの台は虹色、色に色を重ねて重ねてつくられています。ベーカリーの店員が「赤いアイシングの三階建て」と呼んでいたケーキです。ケーキの重 みでももが押しつけられ、ソフィアは痛みを感じます。叔母たちは話をつづけます、前菜について、パーティについて、招待のこと、部屋の飾りつけ、電話での 会話、誰がパーティに来て、誰が来ないか、来ると言ったのにすっぽかす人への悪態。

「他にも来ようって人がいるんじゃないかしら?」と叔母の一人。「だけど誕生日だからって、顔を合わせる必要もないの よ」 

ジュリアナの開けた窓から入ってくる騒音のせいで、母親は叔母たちの話に聞き耳を立てているのでは、とソフィアは想像 します。通りや車に注意を向けて運転しながら、母親はこう言います。「みんな、どうかと思ってるんじゃない。甘やかしすぎだって」

「それが来ない理由なの?」

ジュリアナが小さな声で、その話はやめて、別の人の話をして、と頼みます。片方の叔母が声を低めて話題を戻します。 パーティの前菜の話、自分たちが選んだ色鮮やかなケーキの話、色に色を重ねたパーティ特性ケーキについて。二人の叔母は信号の長さに文句を言います。

太陽の真下で熱気の中、出来たてのケーキを積んで、信号で待たされて、車の中はムッとしてきます。隣りの席の叔母の太 い脚が、ぐんぐん押し寄せ、ソフィアを ドアに押しつけます。ソフィアは自分の脚が、叔母のたっぷりした肉にめり込み、太った肉が自分の丸めたからだに張りつくように感じます。ラベンダーの芳香 剤、窓から入ってくる通りの臭いを感じて、ソフィアは大きく息をつきます。吐き気です。空気がたりない、空気がたりない、車の中の空気も、外から入ってく る空気も嫌だ、肺に空気がたりない、肺を酸素で満たすことができそうもない、静寂がたりない。

ソフィアは息を吸い、息を吐き、そうすれば良くなると言い聞かせます。ケーキの湿り気が箱から漏れて臭い、ジーンズに 浸み、細いももに届き、骨まで到達します。

ジュリアナが振り返りますが、シートベルトのせいで顔だけ向けます。ジュリアナはサングラスの目で、ソフィを見ます。 サングラスが顔の半分を、表情の半分をおおっています。笑顔を、文字通り黄ばんだ笑顔を見せて、ジュリアナは小さく言います。「大丈夫?」

ジュリアナは一週間たらず前に、家に戻ってきたところです。大学で多くの授業を欠席し(多分その学期全部)、そのせい で留年しなければならないかもしれませ ん。ソフィアはいとこのいない人類学IVの授業をひとりで受け、ポスト構造主義のすべてを寝て過ごしたいと思っていました。

ケーキの湿気が箱をとおってしみ出し、ソフィアのタンクトップを湿らせ、お腹にシャツが張りつきます。ソフィアの携帯 が鳴ったのは、今日と同じような暑い日で した。あの日、パジャマの上にスウェットを着込み、病院で暑くてたまらなくなっても脱げなかったことを思い出します。あの熱気は、あの日の暑さによるもの だったのか、上に着たスウェットのせいだったのか、思い出すことができません。ただ全身汗まみれだったことだけ覚えています。何年も前のことのように思え ますが、たった何週間か前のことなのです。ソフィアは休暇中で、家でぐだぐだしていた午後に、叔母たちからの電話を受けました。ソフィアと母親に、病院ま で来てくれないかと頼んできたのです。その午後、ソフィアはブラウニーを作っていたことを覚えています。パジャマはそれで汚れていたので、上からスウェッ トを着ました。

叔母たちは旅に出ようとしていたけれど、ジュリアナを一人置いていくことにやましさを感じていました。今までしていた ように、家族はいっしょに旅行するべきだと。叔母たちは戻ってきました。

待合室では、ああしてたらこうしてたらの話が、だれかれを責めながら、涙に縁どられて語られました。ソフィアは、ジュ リアナの両親から、なぜボーイフレンド のフィリップは電話に出ないのかと訊かれ、頭を垂れました。医師がみんなを鎮めて安心させました。フィリップの話は脇に置かれました。最悪の事態は免れ た、ジュリアナは大丈夫、ジュリアナは病院にいました。

まだ小さかった頃、ソフィアとジュリアナは家の裏の、オレンジの木のそばで踊るのが好きでした。叔母がガレージを広げ るために、その木を切ってしまいました。オレンジの木のことを聞いて、ジュリアナは自分の部屋に閉じこもりました。

ジュリアナは繊細すぎるところがありました。

信号機が青に変わります。ソフィアはほっとします。車がエンジンで、道を走ることで振動します。叔母たちの汗の臭い も、自分の汗の臭いも気にならなくなりま す。車内の蒸し暑さ、タンクトップに、額に、ポニーテールに小さく結った金髪の首すじに発散される自分の汗、そのどれも気になりません。ケーキはずっしり 重くソフィアのひざにあります。ジュリアナが、ソフィアに大丈夫、と訊きました。ソフィアとジュリアナが、繊細なジュリアナが、フィリップなしのジュリア ナが、でもソフィアとジュリアナがいます、ソフィアが笑顔で答えます。
「すべて順調よ」



初出:2013年10月、Contemporary Brazilian Short Stories (CBSS)

日本語版出版:葉っぱの坑夫




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ルイサ・ガイスラー
Luisa Geisler

1991年、ブラジル南部リオグランデ・ド・スル州のカノアスに生まれる。19歳のとき、デビュー小説集「Contos de Mentira(ニセ短編小説集)」で2010年度SESC文学賞を受賞。翌年引きつづき、「Quiçá(多分)」で長編小説部門でも受賞し、さらに2013年度ジャブチ賞の最終候補作品となる。2012年、イギリスの雑誌Grantaの「ブラジル若手作家特集号」の一人に選ばれて、短編小説「Leão(ライオン)」が掲載される。



ポルトガル語 → 英語 翻訳者:
キャサリン・ハワード
Catherine Howardi



タイトルフォト

Birthday Cake and candy sprinkles
photo by D Sharon Pruitt (taken on January 20, 2008 / Creative Commons)
STORY
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