もんごろねこの ちきゅうたび うたのにおいを かいでゆく

テキスト:3号室ロドリーグ


第8話 共に囲む火のぬくもり

イヌイット その2
スーザン・アグルカーク [this child] を聴く


12月も終わりに近づいたある日、困ったことが起きてしまった。
この時期、3号は休日を家族と過ごすと言って、この下宿屋を留守にする。
いつもならこういう場合、私は決まって古レコード屋の男の元に身を寄せることになるのだが、今回はこの男も、どこかへ出かけてしまうというのだ。
一体私はどうなってしまうのか?!この寒い時期、コタツもヒーターもない、冷え切った部屋で凍えて過ごすことになってしまうのか?!
3号に訴えると、さすがに彼女も困った顔をして「そうなんだよねえ…一緒に行くしかないか」とボソッと言った。
かくして私は、居心地のすこぶる悪い小さな籠のような容器に入れられ、長時間車の振動にひたすら耐えて、3号の家族のもとにたどりついたのである。

「ただいまー」
籠のまま、玄関と思われる場所に置かれると、どこからか二人分のスリッパがものすごい勢いで近づいてくる。
「遅かったねえ」
「道、混んでた?」
ひとりはどうやら3号の母親だ。以前電話越しに声を聞いたような気がする。
もうひとりの若い男は誰なのか分からない。3号の兄弟か。
多少ビビリながら想像をめぐらせているうちに、籠のふたが開けられた。
案の定、母親とその若い男が覗き込んで私を見る。
ええい、見るなよ、と私は低くうなった。
「そんな、うならないでもいいじゃないよ」
次に腕がニョキっと籠の中に伸ばされる。
頼むから、今はほっといてくれよ!と軽くパンチをくらわした。
「痛っ!」
3号の呆れたような声が続く。
「車の移動、馴れてないからちょっと気が立ってるの、落ち着いたらちゃんと会わせるから」
そして籠のふたはパタムと閉じられ、籠ごと私はどこかへ移動された。

再び籠のふたが開いて、恐る恐る顔を出す。どうやら3号の部屋らしい。半ば物置と化しているが、私にとっては隠れ場所が多く、好都合だ。ようやくほっと一息。
滞在初日は何かと緊張してしまい、ドライフードと水を少し口にしただけで寝てしまった。

翌朝、ノックと若い男の声で目が覚めた。
「缶詰、持ってきたんだけど。食べるかな」
さすがに空腹には耐えられず、若い男に警戒しつつも、食事をとる。
「写真とかで見るよりやっぱかわいいな、こいつ」
観察する限りでは、私に危害を加える様子はなさそうだ。
腹も満たされ、ようやく彼らの生活空間に足を踏み入れることにした。
下宿や古レコード屋の上より広い、家の中をあちこち歩いてみる。
台所からは魚の匂いがし、行ってみると母親が忙しそうにしている。
「さすが、鼻が利くんだねえ、あとで分けてあげるからね」
居間では父親と思しき、やや年をとった男が、新聞を広げて煙草をふかしている。
「お、来たか。コタツ入るか」
私はどうやら、この家族に迎え入れてもらっているようだ。
こうして私はやがて、コタツの端に居心地のよさを見出し、彼らと同じ空間で食事をするようになっていく。

「ああ、そういえば…年越す前にCD返さなきゃ」
「何、また勝手に部屋から持ってったの?」
「ごめんごめん」
食事の席で、あの若い男と3号がそんな話をしていた。後ほど、返してもらったのか、3号がCDを手にしていたので、膝にとびのってジャケットを見る。
スーザン・アグルカーク。イヌイットのシンガーだ、と3号が言った。

ひたいに飾りをつけ、少し憂いを感じさせる表情。
CDプレイヤーのスイッチを3号が入れると、スピーカーからぬくもりのある、素朴な声が漂ってきた。
ぬくもりとは言っても、包み込むというより、何故か開かれた感じがする。
大きく両腕を開いて語りかける歌は、安らぎや喜びだけではなく、生きる上での変化、成長やさまざまな葛藤も包括しているようだ。
凛としたサウンドに乗って力強さを持ちながらも、軽やかにその声は空間を満たしてゆく。
荒涼とした景色を暖かく照らす、冬の太陽。
あるいは、火を囲んで物語を綴る語り部のようだ。
聴く者に、その輪に加わったら、とやさしく、さりげなく誘ってくれる。

そんなおおらかな歌声、そして私を快く迎え入れてくれた3号の家族と共に、年が改まるという日を穏やかに迎える幸せ。
どうか来る新たな年、魂あるすべての者に、このような穏やかな時が訪れますように。
3号の腕にもたれかかって、そうっとそんなことを願うのであった。


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3号よりヒトコト

なんと、単にいびきをかいて眠っていたのではないのですね(イヤミ?)、ネコには年末年始の感覚ってないと思っていたけれど、一緒に暮らしているとやっぱり何か感じていたのでしょうか、そんな壮大で純粋な願い事をしていたとは。同居人、改めて惚れました。
さて、今回取り上げたスーザン・アグルカークですが、カナダのイヌイットのシンガー、という情報しか手元にありません。先住民会議とか国連とかでも活躍していると小耳にはさんだこともあるのですが、未確認のままです。また、アルバムもこの[This child]のほかにまだ作品がリリースされているのか、それも情報がなく、ワタシ的にはある意味謎の多いアーティスト?になっています。
で、このアルバム[This child]ですが、狩りを通じて成長する少年を歌ったものや、祝いの歌といった、彼女のルーツを感じさせる楽曲のほか、家族や友人?への思いを綴った、パーソナルな曲も収録されています。歌詞はほとんどが英語で、またサウンドも全体的にはとてもキャッチーなので、パッと聴きは普通のポップスのようです。しかし、歌詞の内容はもちろん、音の面でも、前述のカタッジャックのコラージュなど、民族を意識したアプローチが「さりげなく」されています。
とにかく、歌の内容と清らかなヴォーカルがとてもステキな1枚。何も情報を持たないけれど、ワタシ、ファンです(笑)