もんごろねこの ちきゅうたび うたのにおいを かいでゆく

テキスト:3号室ロドリーグ


第1話 「声」で自らを純化する

サーミの「ヨイク」ミュージック その1(フィンランド)
アンゲリン・ティトット [the new voice of North]


冬に雪が降って寒い、というのはイヤなことだ、とずっと思っていた。
私はもっぱらコタツやヒーターの傍で、名前にふさわしく?ごろごろしていることが多い。
窓の外を見ると、いつもスズメやムクドリがやってくる小さな庭は、雪で真っ白に塗りつぶされている。
スラリと伸びた沙羅の木も、空を仰いだまま、雪をかぶっている。
寒くないのか、と訊ねてみたが、返事がない。
眠っているらしい。
なんだか妙に静かで、ひんやりしていて、淋しい気分になってくる。
私と同居している人間(私は勝手に3号と呼んでいるので、以降3号ということにする)は、何枚も服を着て、雪かきをしてくると言って出て行った。
やがて外から、何かを掘り起こしているような、そう、私が用を足したあとにトイレの砂をかくような!そんな音が小1時間よたよたと続き、戻ってきた3号は汗びっしょりだ。
顔もほてっている。
雪かきは楽しいものなのかと訊くと、そうではないと言う。
しかし、これでいいのだとも言うので、混乱してしまう。

3号いわく、雪の下では、春の準備が行われているのだ、と。
春を迎えるには、いったん冬が来ることが必要なのだ、純化だよ、と。
ふむ、そうなのか、なるほどそれで、春が来ると、特別なこともないのに気分がいいのか?

ところで、純化って何だ?
訊ねると、3号はポツリと「リセットすることかなあ」と言った。
私は忘れっぽいから必要があるのかどうか分からんが、人間は純化するのか、と訊くと、3号はうーん、とちょっと考えてから、私の背中を撫でながら窓の外を見た。
人間は欲張りで、あれもこれも、ああしなきゃこうでなくちゃ、とついつい心にいろいろ詰め込んでしまう傾向があるらしい。
「ステキなことに出会っても、スペースがないと取り込むにも取り込めないじゃん?そういうことだと思ってるけど?」
そう言うと3号は、ブルブルしながら、ヒーターの前で何枚も着ていた汗まみれの服を着替えた。


ノルウェー、スウェーデン、フィンランドとロシアの4カ国にまたがって、サーミと呼ばれる人々が住んでいる。
ラップランド地方のネイティブな人たちで、トナカイの放牧などを行って、森・大地・動植物などの自然に対しての愛情・感謝の念や、古くからの伝統を大切にしながら暮らしているという。
3号と同じ、アジア系のルーツを持っている人間だそうだ。
そのサーミの人々に伝わる、伝統的な自己純化の方法が「ヨイク」という。
語っているような、歌っているような、呟きにも似た、何とも言葉でこうです、と表現するのが難しいようだが、まあ、それが「ヨイク」なのであろう。
語られる内容も、手法も、人によってさまざま。
どれが「正調ヨイクです」ということは言えない、むしろ、魂を純化させていればどれもが正調ヨイクといえる、ということのようだ。
ということは、「ヨイク」する人の数だけ、「ヨイク」が存在するということになる。
その人の生き方や考え方、ある一瞬に感じるあれやこれやが、「ヨイク」とリンクしているのだろうなあ。

そのサーミのヨイク・ミュージックがCDになっているらしい。
3号に頼んで買ってきてもらうことにした。
いつもなら近所の古レコード屋まで散歩がてら出かけて、店のご主人に聞いてみるところなのだが、何せ外は雪なものでね。


かくして手に入れたCDを、1匹と1人で聴く。
なるほど、伝統的な感じのするものから、アレンジされているものまでいろいろだが、どれも、いつもTVやラジオから聞こえてくる歌とは、ちょっと違うような気がする。
力強く、みずみずしい声。
人が歌っている、呟いている…それがとても自然に響いている感じ。
そこにまぎれもなく「声」が「いる」感覚。
そして行ったこともないのに、目にしたことのない場所の光景が、体のずっと奥の奥の方で広がっていく。

私はゆったりと、丁寧に毛づくろいなどしながら聴き入る。
3号はいつの間にか、ブツブツと呪文みたいに口ずさんでいる。
サーミの言葉など聞いたこともないはずの3号が、一緒に歌っているのだ。

はるかラップランドの雪原に暮らす少女たちが「声」に姿を変えて、この雪降る日本の、とある小さな田舎町の小さな部屋にやって来て、一緒に春を待っているみたいだ。

私も3号も、どこかへ出かけるとなると、支度やら何やらで大変だというのに、声、そして歌というものは、どうしてこんなにもひょっこりやって来て、3号が口ずさんだように、心にスルリと入り込むのだろう。
その正体を知りたくて、スピーカーに向かってくんくんと鼻をひくつかせてみたが、手がかりを得ることはできなかった。

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3号からヒトコト

アンゲリン・ティトットは、フィンランドのラップランド地方出身、ウルスラ&トゥーリ・ランスマン姉妹を中心とするサーミのユニットです。
[the new voice of North]は、伝統的な声だけのヨイクはもちろん、パーカッションをフィーチャーした躍動感溢れるヨイク、シンセサイザーによる幻想的な雰囲気のものや、フォーキーなアレンジのものなど、新しいスタイルも盛り込んだアルバムになっています。