もんごろねこの ちきゅうたび うたのにおいを かいでゆく

テキスト:3号室ロドリーグ


第5話 バランスされた歌風景

アメリカ・インディアン その3
イロクォイ・オネイダ族のシンガー、 ジョアンヌ・シェナンドー
[ORENDA]を聴く


暑い暑いと騒ぎ立てることもさほどなく、夏が過ぎて、すっかり秋めいてきた。
テレビの四角い画面の中では、スーツ姿の男が「今年の冷夏の影響で…」としゃべっている。
まあそうは言っても、私たちのように年がら年中毛皮を纏っている者にとっては、あまり変わらないような気もするのだが。
とりあえず身の回りで秋を感じるといえば、抜け毛が減ったこと。
私たちの体はそうやって、秋へ、そして冬へ向かう支度を自然に始めている。

3号は「ちょっと遅い夏休みだ」とかなんとか言って、私が2匹くらい入れそうな、どでかいスーツケースを引きずって、どこかへ出かけていった。
そんなわけで、私は3号の留守の間、近所の古レコード屋に預けられている。
ここの主は、3号よりもずっと大きく、がっしりとした体型で、会う度にちょっとビクっとしてしまうのだが、その実は寡黙で心やさしい男である。
古レコード屋の2階がこの男の住処で、目下私はそこにいるわけだ。
高いところが好きな私にとって、いつもよりも高い場所で暮らすというのは、なかなか気分がいい。
この、店舗と住居をつなぐ階段で、ドアの向こうからもれてくる音楽に耳をピクピクさせながら、ときどき大きく欠伸などして過ごす日々の、なんと穏やかなこと!

またこの男は、3号のようにはネコの言葉を理解しないので、会話が成立しにくい関係にある。
交わす言葉(彼にとっては鳴き声ということになるが)といえば、食事と、戸を開けろとか閉めろとか、そんなようなこと。あとはトイレが汚れてたら呼んで知らせるくらいだ。
干渉しすぎないこのシンプルさが、私は非常に気に入っているのだ。

そんな快適この上ないある日。
適当にたたまれたタオルケットの上で、射し込んできた太陽の光に目を細めて伸びをしていると、珍しく、男の方がぼそぼそと私に話しかけてきた。
「今晩、屋上に行ってみるか。高いとこ、好きだろ」
屋上!いかにも高い場所っぽい響きではないか。
「行く!」とはりきって返事をすると、男はちょっとびっくりしたような顔をして、そのあとニッコリ笑って私の頭を大きな手で、そっと撫でた。

これといって何をするでもなく、やがて夕方。男は店を閉めると、まずは台所で何やら支度をし、次にごちゃごちゃと何やら荷物を持ち、それから階段にいた私をひょいっ、と肩にひっかけて、その「屋上」へ向かった。
実際に見た屋上というのは、まさしく読んで字の通り、屋根の上なのだった。
板が張ってあり、ちょっと動き回れる広さはある。
「さてと」
男はその板張りの床に腰を下ろし、私のネコ缶を開け、それから、
「オレはこれ」と言って、ビールの缶をプシッ、とあけた。
「おっ、と」
それから彼は、持ってきたCDプレイヤーのスイッチをポチっと入れた。

流れてきたのは、太鼓の刻むリズム、ラトルの乾いた音、やわらかな笛。
そして、なんとも大らかで、穏やかな声。
ほんの少し淋しそうだけれど、決して悲嘆に暮れてうなだれているわけではない。
楽しそうにも聞こえるけれど、はしゃぎすぎているわけでもない。
でしゃばってもいなければ、引っ込み思案でもない。
根底に何かどっしりとしたものがありながら、歌は軽やかに舞い上がる。
空を悠々と飛んでゆく、大きな鳥の羽音のように。
いやいや…もっと静かで、しかしそこに確かに存在している感じだな。
…そうだ、月明かり。
この「屋上」の、板張りの床の、木目のひとつひとつに、染み入るように射している、淋しいような、あたたかいような、月明かりに似ているのだ。

シンプルすぎるといっていいほどシンプル、しかし、必要な音や声は、必要なだけ、そこにある。
その歌の風景にたどりつくまで、道のりが遠かったのかどうなのかは分からないが、どこか懐かしさを覚えるのは、この「必要なだけ、そこにある」状態が、そもそも私たちのあるべき姿だからなのではないか?

ふとそんなことを考えた次の瞬間、私の体が宙に浮いたかと思うと、まもなく胡座をかいた男の腿の上に着地した。
見上げると、男は丸く白く輝く月の、まだずっと向こう側を、ちょっと淋しそうに、しかし落ち着いた顔つきで見つめていた。
何も言うまい。
一人と一匹は、月と火星のように、じっと黙って、秋の夜風に吹かれて空を眺め、それぞれに思いを巡らせていた。


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3号よりヒトコト

ワタシが留守の間、ロドリーグはどうしているか、と若干気にはなっていたのですが、なかなかいい思いをしてるみたいで安心してます。
さて、古レコード屋のおにいさんとロドリーグが、屋根の上の物干し場でお月見をしながら聴いていたのは、イロクォイ・オネイダ族のシンガー、ジョアンヌ・シェナンドーの[ORENDA]というアルバムです。
このアルバムでは、シェナンドーのほか、モホーク族のローレンス・ラーフィングやプロデューサーのトム・ウェイジンガー、マーク・マッコインが参加して、シンプルながらもバランスのいい音世界を創りあげています。
ちなみに[ORENDA]は、イロクォイの言葉で「全てのものの魂」を意味し、発音は「オールゥンダ」となるそうです。
命を尊び、精霊とのつながりを祝福する穏やかな歌たちが収録された、ワタシも大好きな1枚です。