もんごろねこの ちきゅうたび うたのにおいを かいでゆく

テキスト:3号室ロドリーグ


第10話 変化しながら「在り」続ける

プュマ族(台湾)
Samingad [voice of Puyuma] を聴く


春がまためぐってきた。
窓の外の木々が、いつの間にか明るい緑の葉をつけている。どこからともなく蛙の鳴く声が聞こえ、鳥や蝶がこの小さな庭にやってくる。
珍しく網戸が開いていたので、ちょっと庭に出てみることにした。
陽があたってほどよくあたたかいアスファルトに転がってみる。
ぐぐーっと伸びもしてみる。なんと気持ちのいいことだ!思わず喉を鳴らす。
…と、次の瞬間、あっけなく3号につかまってしまった。

「あー、ちょっと、ノミとかついたら大変なんだから、ほら、入って」

背中についた砂粒が掃われ、容赦なく部屋の中に連行され、網戸が閉められてしまった。

「もー、うっかりしてたわ…」

何やらぶつぶつ言っているところを見ると、この時期は人間も忙しいのだろうか。

「そりゃそうだよー、何かと新しいことが多いから、ついていくのが大変なわけ」

そうか、確かに春は新しいことが多いのだ。言われてみれば、木の枝には日ごとに葉が増えるし、芽吹いた草の生長も早い。花は次から次へと咲くし、鳥の中には巣づくりに余念のないのもいる。景色がどんどん変わってゆく。
春は一見のどかに見えて、実はものすごい勢いで変化する季節なのだ。陽だまりでのんびりと転がっていられるのは我々猫ぐらいなのかもしれない。

とにかく、この小さな庭がいつにもまして輝いているような気がするのも、やはりその勢いのせいなのだろうか。庭の木の根元にゆらゆら揺れている黄緑色の影や、風に乗って飛んでくる花びらなど、私をわくわくさせる、生き生きした現象が展開されてゆく。
窓際でそうした景色を眺めながら、春の陽ざしを受けてまどろんでいると、寝室から3号の声が聞こえてきた。

「あったー!これこれ、なんでこんなところに置いたんだろ、あー、よかった」

どうやら彼女は探し物をしていたようだ。お目当てのものを見つけたらしい。
そして、今度は今まで聴いたことのない声が、いや、歌が流れてきた。
ときに少しハスキーで、しかし伸びのある、堂々とした歌声。
気になったので寝室へ移動して、声の主を確かめる。
デスクの上にはCDのジャケットが。
サミンガ。台湾原住民プュマ族の女性だ、と3号が教えてくれた。

台湾の原住民は約30数万人で、かつて太平洋やインド洋を渡ってきた人がルーツといわれているそうだ。プュマ族は9つの主要民族のひとつで、中でも一際、歌や踊りが優美であると言われている。

スピーカーから流れてくる声には、なんとも自然な広がりが感じられる。歌に秀でている、とか、声量がある、とかいうレベルを超越して、声の存在感と表現力で、聴く側の脳裏にぐいぐいとヴィジョンを描いてゆく、不思議なエネルギーに満ちている。またプュマの言葉は、どこか南国っぽい、丸い、暖かみのある感じだ。
おなかのあたりから懐かしいような、うれしいような、切ないような、とても表現に困るのだが、とにかくそういうチャーミングな、人くささというか、そんな感覚がムズムズとこみ上げてくる。
サミンガの歌は現代的なアレンジにされているものの、歌そのものはほとんどが伝統的な部族歌や、プュマの言葉で歌われているものばかりだという。
古くからプュマの人々が大切にしてきた、ゆるぎない歌の世界が、フレッシュで艶のある彼女の声と時代に合った試みで丁寧に、壮大に描きあげられる。
それはまるで、太古からそこにあるのに、一瞬たりとも同じではない空合いのようだ。
ちなみに名前のサミンガとは、プュマの言葉で「ただひとつのもの」を意味するらしい。
なるほど、彼女はただひとつの大空であり、いにしえからの歌の雲を絶えず変化させ、見上げる私たちに暖かいメッセージを送りつづけているのかもしれない。

外で過ごせなかったのは残念だが、寝室の窓から差し込む光とそこから見える雲を見ながら、ベッドの上に丸まってこの歌声にひたるのも、これはこれでいいじゃないか。
どうやら彼女の声は、さっきまであくせくと動き回っていた3号の心をも、いとも簡単につかまえて変化させてしまったようだ。

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3号よりヒトコト

サミンガは、北京語の紀暁君という名前も持っている、台湾原住民のプュマ族のシンガーです。プュマ出身のシンガーは台湾では結構多いようですが、サミンガは現代的でありながらも、ルーツやアイデンティティを全面的に打ち出して大切にしている、実にかっこいい女性シンガーだと思います。ルックスもとても美しく、目が凛としていて、ライブでは自分か家族のお手製の民族衣装を着て歌うのだとか。日本のアイヌとの交流も積極的に行っているのだそうです。
今回紹介したアルバムでは、全体のアレンジは今風で、歌い方も曲によってはフォーキーだったりソウルフルだったり。それでもやっぱり、伝統を中心に据えているのがしっかり感じられます。収録曲はプュマの伝統歌謡の他に、反戦歌のようなメッセージ性の強い曲や、同じプュマ族のシンガー・ソングライターの曲も含まれています。5曲目の「電話を鳴らす」では、子どもの頃の彼女の声がフィーチャーされていて、これにはちょっとキュンとくるかも。
原住民にはクリスチャンが多いそうで、幼い頃から賛美歌など歌う機会が多いのだそうです。サミンガの場合はさらに、祖父母が伝統歌謡の歌い手であることも影響しているのでしょう、とにかくどの曲にも共通して言えるのは、その艶やかな声、豊かな声量と表現力、そして存在感。本当に朗々と歌い上げているので、聴いているこちらも、なんとも清々しい気分になります。