もんごろねこの ちきゅうたび うたのにおいを かいでゆく

テキスト:3号室ロドリーグ


第11話 豊かさを分かちあう心

アミ族(台湾)
Difang [Circle of life] を聴く


暑い夏が過ぎた。
私たちケモノだって、夏は暑い。毛皮を脱ぐことができないし、かといってクーラーの人工的な風に当たるのもいかがなものかと思うし、しかし愚痴ってみても涼しくなるわけもなく、仕方がないので、このアパートの中で一番涼しい場所を探し求め、その場所で日がな一日じっとしているしかないのだ。
ぐったりと横になっているとさすがに3号が心配したこともあったが、朝夕涼しくなったこのごろは、いつもの過ごし方に戻りつつある。
飽きもせず例の窓辺で寝そべり、毛づくろいなどし、これが至福の時とばかりにまどろんでいるわけだ。
そしてまさに、うっとりと眠りの世界に溶け込もうとしたその時だった。
誰かが私の背中を触るのだ。
3号か?いや、3号じゃないな…
背中の次は耳の後ろを程よく掻いてくれる。
気持ちいい…が、しかし…誰だ?

私は正体を知るべく、すばやく身をかわして、私に触れている「何か」を前足でつかむと、軽く噛んでみた。

「痛っ!」

その声に私は硬直した。
私の前足がつかんでいたのは、あの古レコード屋の男の左手であった。
正体は分かった。
が、なぜこの男がここにいるのだろう?
私が寝ぼけているのか?いや、そんなことはない。
多少うろたえながら、うろたえているところをさとられまいと、毛づくろいしていると3号が籠を持ってきた。

「あのね、イノダさん、写真撮らせてほしいんだって。協力してよ。」

そして、協力するともしないとも言わないうちに、私の体は軽々と持ち上げられ、籠に入れられた。

「そんな長旅じゃないから」

久々の外出はしたいが、このせまっくるしい籠に入れられて、車にゆられるのはやはりあまり好きではない。
しかし、私を連れて出かけることは、すでに二人の間で決定しており、こちらが抗議しているのもロクに聞かず、出発することとなった。
こういう時、人間は勝手だとつくづく思うのだが、仕方なかろう、飼い猫の身である。

男の車は、3号のものより大きいらしく、安定していて思ったより静かだ。車内では店同様、音楽が流れていた。歌っているのはやや年老いた感じの、しかしハリのある男女の声だ。

特別透き通るような声、というわけでもなく、ぴったりとハモっているでもなく、はっきりと歌詞が歌われているわけでもない。しかし、とてもくつろいだ、穏やかな声。なんとも説明のつかない不思議な、伸びやかな声のかけあい。
車の窓から時折入ってくる風の匂いとその歌が、妙にシンクロしていることに気づく。
幾度となく繰り返されてきた、何かとても素朴で温かみのある、大切な営みを思わせる匂い。
車を走らせるにつれ、その匂いはだんだん強く、近くなっていった。

やがて、エンジンの音と振動、そしてその歌声も止んだ。到着したらしい。
車のドアが開いて、確信した。あの匂いの源に来たのだ。
そうか…源は、刈り取りの終わった田んぼだったのだ。

「気持ち悪くなってないかー」

男が籠を覗き込む。なんとか大丈夫だ、と答える。

「よーし、じゃ、撮るよー。籠開けてー」

合図で3号が籠のふたを開ける。私は稲刈り機のタイヤの跡がついた土の上に、用心深く前足を出した。じんわりとやわらかく、ときに枯草を踏んで、かすかにカシャカシャと音がする。
少し遠くの虫の声、鳥の声、そして男のカメラのシャッター音が重なる。
決して大きな音ではないが、なんと心地よい音の重なりだろう!まるでさっきまで聴いていた歌声のような、不思議なハーモニー!

きっとあの歌声の主たちも、広々とした田畑や自然の黄金色に抱かれて、風の匂いを感じて生きているに違いない。日々の朴訥とした暮らしの中で見つけた、宝物のような瞬間。それは家族や友を思い、自らをとりまく美しい世界に感謝する心から生まれ、歌詞のない、歌の「節」のみという、極めて自由なかたちで伝えられてゆく。
ああ、年や姿の異なる者同士でも、どんな遠く離れた場所からでも、こんな喜びや温もりを分かち合えるとしたら、それはきっと皆に共通する何かがそれぞれに流れているからで、それを素直に認め合えたなら、どんなにか素敵だろう!

そんなことを小さなノウミソにめぐらせながら、私は子猫に戻った気分で夢中で歩き、男はそんな私を夢中になって撮り続けた。

「はーい、ありがとー。オッケーです。撤収―」

2人と1匹で余韻にひたりながら車に戻り、田んぼの主にあいさつに行くと、主は私を「いいモデルだ」と褒め、私たちに握り飯を持たせてくれた。ちょっといい気分だ。

それにしても、なぜこの男は私の写真など撮りたがったのだろう?
本当は私などではなく、3号を撮りたかったのではないか?

また新たな疑問にさいなまれながら、歌声と共に車にゆられて帰途についたのだった。

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3号よりヒトコト

ロドリーグ、余計な詮索しない!イノダさんは純粋に猫好きで写真が趣味なだけですよ!
全く、猫の小さな頭の中で、壮大な想像力を働かせるので時々思わぬ発言(鳴き声?)にこちらが参ってしまいます。
でも確かに、なんでロドリーグを指名したんでしょうねえ…。
しかも街から少し離れた田んぼで撮影だなんて。
まあ、楽しかったんで別にいいんですけど。

そんなことはさておき。
今回ロドリーグが言っている、イノダ氏の車の中で流れていたのは、台湾のアミ族、Difangのアルバムです。一緒に歌っているのは同じアミ族の馬蘭吟唱隊。
Difangの歌声は、アトランタ・オリンピックのテーマ曲になったエニグマの[return to innocence]にもフィーチャーされていたり(実際には著作権侵害問題で訴訟もあったそうですが)、癒し系ミュージックのコンピレーション・アルバム「イマージュ2」にも収録されているので、耳にしたことのある方も多いはず。正式な世界デビューが、78歳で作ったこの[Circle of life]というから、そのツヤのある伸びやかな歌声には本当に驚きです。
農作業の合間に、若い人たちに歌を教えることを生きがい、楽しみとしていたというDifangは、2002年3月、81歳で亡くなるまで、その声を世界に届け続けました。
ちなみに没後、台湾行政院から初の特別賞「国家民族芸師」を授与されています。