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古い冬毛が落ちて、ややスレンダーになった私の姿を伝える間もなく、秋になってしまった。
新たな冬毛が再び私の身体を被い始め、全体的にぽってりとしてくる。何せいつもにまして眠たく、腹が減る季節。冬の厳しさに向けて、私の体内の自然が移り変わってゆくのをまた感じているのだ。
いつもならゆっくりと秋に向かっていく周囲も、今年はやや雑な印象だ。
夏のように暑い日があったかと思えば、毛布が恋しくなるほど気温が下がる日もある。この限られた室内でもそれを察知して、私はその時その時に見合う最良の居場所を探し、そこで時間を過ごすことにしている。ある時はキッチンのひんやりした床、またある時は陽の差し込むいつもの窓際、あるいは重なり合って置かれている、アイロンがけが終わったあとの3号の洗濯物の上…。あらかじめ決めている場所もあれば、その時の気分でなんとなくいてみたりする場所もある。3号の思いもよらない場所にいる時などは、まるでかくれんぼをして遊んでいるようで、なかなか面白かったりもする。
…とまあ、とにかく「ちょうどよい」居場所への移動を繰り返すのである。
イエネコである以上、外に暮らす猫たちのように何もかも自由ではないが、家というある種「変わらない」環境でも、居場所を移動することで「変わる」を実践しているわけである。
と、それでは人はそういうことをしないのだろうか?とふと思い、3号に問うと、意外な答えが返ってきた。
「そんなこともないよ?」
3号の話によれば、大きく分けて二つの流れがあるという。一つところに定住する者と、移動を繰り返しながら暮らす者。生活が近代的になって、定住する流れが強くなったものの、未だ昔ながらのスタイルで、狩りや放牧などをして移動しながら暮らす人もいるのだと。
「定住と移動、両方のエッセンスがバランス良く生活に満たされていたら、きっと最高なんだろうけどね」
と笑いながら、3号は1枚のアルバムを出してきた。モンゴルの草原に暮らす人々が歌い継いできたものが収められているという。
スピーカーから流れ出て部屋を満たしたのは、独特の弦楽器の響きと、溌剌とした艶のある女性の声だった。
ナムジリーン・ノロウバンザト。まるで風になびく長い黒髪の如く、ひらひらと舞うのが目に映るような軽やかな歌い方。それはとても繊細なのだが、しっかりとした落ち着きも兼ね備えているから不思議だ。歌によっては少女のはじけるようなきらめきを思わせたり、母親の腕のぬくもりだったり…。
変化自在なその声が、草原の風景や暮らしから生まれるさまざまなシーン、また、語り継ぐべき物語を、色鮮やかに紡ぎ上げてゆく。
馬に乗って羊を追い、移動式の家屋に住み、緑の草の海を渡りながら暮らす。どこまで行っても同じような、時が止まったような草原と空。その只中で、起こる全てを受け入れて生きる、彼らの営みの中から生まれた雄大な心が、この歌と声によって、まばゆいばかりの輝きを放って描かれてゆく。
我々がいるような、彼らとは「限り」のスケールが違う世界の中でも、彼らの強さや柔軟さに触れ、学ぶことはできないのだろうか?3号が言うように、古い新しいを問わず、エッセンスに気付き、取り込むことができれば、きっともっとここに在ることがすばらしいと感じられるのではないか?
実際今までもそうやって、いろんなものごとがつながっては生まれてきたわけで、あとはつまりは、バランスなのだろう。変わりゆくものと、ゆるぎないものの。
それがうまくできれば、限られた中にも無限の良さを見出せるのかもしれない。
そう考えると、この狭い家の中で自分の居心地のよい場所を探して移動する私の行動は、まさにそれではないか…。
「そうね、だからって洗濯物の上で寝るのはやめてほしいんだよね、頼むね」
3号が笑いながら、冬毛の生え揃った私の背中をそっと撫でた。
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3号よりヒトコト
更新が遅れて、また冬毛のシーズンになってしまいましたね…しかし冬毛の猫は一緒にいると本当に気持ちのいいもので、多少のわるさは笑って許してしまう、相変わらずのダメ同居人であります。
今回のアルバムは、キング・レコードのワールド・ミュージック・ライブラリーシリーズの「モンゴルの歌−草原のオルティンドー」です。世界的に有名なモンゴルの歌い手、ナムジリーン・ノロヴバンザトを中心に、モンゴル国内外で活躍する演奏家のプレイを聴くことができます。
ノロヴバンザトと言えば、数年前のNHK大河ドラマ「北条時宗」のオープニングテーマ曲で耳にしたことがある人もいるかもしれませんね。あの独特の、力強い声…(女性の年齢をどうこう言うのはちょっとどうかなとも思うんですが)ノロヴバンザトは1931年の生まれですから、当時で既に70近くの歳で、あの声とは!その強靭な喉とあふれるパワーにただただ驚くばかりです。ちなみにこのアルバムは1992年の夏に録音されていますから…それでも60代ですね…年齢を感じさせない、本当に素晴らしい歌声です。
収録されている歌の内容は、家族や恋人を思う伝統歌はもちろん、山や湖などの自然を称えるもの、鳥や馬、羊が登場するものなど、モンゴルのランドスケープや草原での暮らしぶりがうかがえるものばかり。またこのアルバムでは、土着的な視点では実現することのない、異なった部族の音楽スタイルの融合という試みもなされているということで、「新しい伝統」をも感じることのできる1枚となっています。
ちなみにオルティン・ドーとは、「長い歌」という意味。ロドリーグも言っていますが、本当に風になびく、はためくような歌い方は、日本の民謡のこぶしのルーツなのでしょうか、とてもよく似た印象で親近感を覚えます。
*このCDのサンプルが聴けるサイトはこちら。
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