もんごろねこの ちきゅうたび うたのにおいを かいでゆく

テキスト:3号室ロドリーグ


第12話 魂は風になって

トゥヴァ
Ay-Kherel [the music of tuva] を聴く


あっという間に緑の季節だ。
冬が厳しかったせいか、窓の外では木々や草花たちが、「今だ!」と言わんばかりに、いつもよりエネルギッシュに芽吹き、新しい葉を伸ばしているように見える。
私はといえば、まだ少し毛布に未練があるけれど、冬毛も生え変わりはじめたので、3号にブラシがけを催促したりする日々だ。
窓を開けると、網戸から入ってくる一陣の風が、ブラシについた私の冬毛をふわふわと躍らせる。
これが、なかなかおもしろかったりもして、つい夢中で追いかけてしまう。
そうやって私がじっとしていないので、3号が呆れる、というのがお決まりのパターンだ。

「ねえ、どっちなんですか? 遊ぶの?それともブラッシング?」

散々催促しておいて言うのも何だが、こういう時は遊ぶものだ。
所詮、猫は気まぐれなのだよ、3号クン!覚えておきたまえ!

それにしても、風というのは不思議なものだ。
とにかくさまざまなものを運んで来る。
私の毛はともかく、雲に木の葉に花びらに、匂いや音や気配、見えるもの見えないもの、届いてうれしいものからはた迷惑に思われるものまで…
3号の話によれば、遥か海を隔てた遠くの国から、砂まで運んでくるという。
それでいて風そのものは、どんな姿をしているのか皆目分からない。
まったく、あいさつのしようもないのだ。
この姿の見えない旅人のことを、たまたま庭にやってきた鳥にたずねてみたが、私を警戒して何も返事せずにさっさといなくなってしまった。きっと何か知っているだろうに。

風のおもしろさは「荷物」だけではない。
やってくる時の声とでも言おうか、音もまたさまざまなのだ。
あるものはそれこそ猫よろしく、そろりそろりと音らしい音も立てずにやってくるし、またあるものは口笛のような甲高い音、そうかと思えば低い唸り声で歌いながらやってくるのもいる。

「どうかな、それは風そのものの声とかっていうのとは違うんじゃない?」

3号がブラシについた毛を取りながら言う。

「声っていうより、息みたいなの、たぶん、だけど」

3号が真顔で言うには、風の「息」が木や窓を鳴らすから、いろんな声に聴こえるのではないか、と。

なるほど。

そんなやりとりをしていると、3号は何か思い出したのか、CDを1枚、棚から出してきた。
やがてスピーカーから流れてきたのは、男たちのダミ声!?
しかしよく聴くと、ノドではない別のところからヒュウヒュウと漏れて宙を流れていくような、なんとも説明のつかない声も聴こえる。
その声が、楽器の伴奏に合わせて、あるいは声だけで、何人いるのか知らないが入れ替わり立ち代わり、朗々と歌っているのだ。
どこかで耳にしたような、あたたかさや懐かしさ、未知のゲームに誘われているような溌剌さや無邪気さ、そうかと思えばどっしりと腰を据えた、雄大な響きになったりもする。
やさしさも厳しさも映し出すこの声は、まるで風だ。

旅の道すがら、目にする景色の美しさを歌い、遠く離れた故郷を歌い、愛する家族や恋人への思いを歌い、厳しい道のりも楽しい出来事も、風に似せた音に綴って、空に解き放つ。
風になった魂は、草原やそびえる山々、湖や大河を軽やかに越えて、幸ある人のもとでは共に喜び、悲しみにむせぶ人のもとではその祈りをすくい上げ、いくつもの営みをリレーしながら、思いを運んでゆくのだろう。

風が飛ばした毛玉と遊ぶのも忘れてこの声に聴き入っていると、3号の携帯電話がけたたましく鳴って邪魔をした。

「はい、もしもしー、あ、はい、どうもー!はい、はい…」

どんなに世の中が便利になって、どんなに皆が忙しくなって、どんな建物が街に聳え立っても、風たちの通り道とそれを感じる心は、変わらず残しておいてほしいものだ。

毛玉を転がした風が、ぽつんとつぶやいたような気がした。



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3号よりヒトコト

ようやく、風を心地よく感じられる季節になったなあ、と思っていたら、ロドリーグも似たようなことを思っていたみたいですね。ブラッシングの時は本当に毛がふわふわと舞って大変ですけど。
「風の音」という話題で思い出したのが、トゥヴァの喉歌です。モンゴルではホーミー、というとイメージがつかめる方も多いのではないでしょうか。一人で2声以上を出す歌唱法です。
2声のうち、ロドリーグの言う「ヒュウヒュウと漏れて宙を流れていくような」音が、倍音です。そしてもう1つが、唸るようなダミ声風(笑)ヴォイス。
喉歌のサウンドは、人間には聞こえない(猫には聞こえているかも!?)高調波成分を含むことから、人の脳波をα波に誘導し、リラックスさせる効果があるそうですが…
初めての人は、ちょっとビックリしてしまうかも?
もともとは岩山を抜ける風の音を真似たもの、と言われているそうです。

今回聴いたアルバムはトゥヴァのグループ、Ay-Kherelの[the music of tuva]。
Ay-Kherelは1994年から活動を始め、トゥヴァの5種類の喉歌(ホーメイ・カルグラ・シグット・ボルバンナドイル・エゼンギレール)と伝統楽器の演奏で、カナダやアメリカ、ドイツなど、海外でも評価が高いグループだそうです。
アルバムには、自然とのつながりや祈りの心を歌ったもの、ラブソング、語り継がれてきた物語を歌にしたものなどが収められています。曲調がバラエティに富んでいるだけでなく、伝統的な楽器や楽曲なのに古臭さを感じさせないのも魅力。1曲1曲はもちろん、全体としても十分堪能できるアルバムだと思います。

このCDの全曲のサンプルが聴けるサイトはこちら