もんごろねこの ちきゅうたび うたのにおいを かいでゆく

テキスト:3号室ロドリーグ


第15話 削ぎ落としては 満ちる

アボリジニ
Yothu Yindi [Freedom] を聴く


ここ1年ほどの間、しばらく開店休業状態でいたことを、まずはお詫びせねばなるまい。

というのも、まずはこのエッセイのようなレコ評のような、なんとも不可思議なものをいつも3号が代筆してくれているのだが、その代筆の道具であるマシンが、ある日突然壊れてしまったのである。それに端を発したかのように、今度は3号の身にさまざまな変化が立て続けに起こり、まあなんというか、彼女は少々、ココロの風邪をひいたような状態に陥ってしまったのだ。

つまり、3号も「壊れて」しまったというわけである。

こういうときこそ猫の手!といきたいところだが、残念ながらできることも大してなく、ただただ見守るしかないのが何とも切ない。何かきっかけになれば、と擦り寄ってみたり、子猫のような悪戯もしてみたが、効果なし。流行の漫画の猫家政婦のようにはいかないのである。

同じ事を考えている人間が、もう一人存在する。例の古レコード屋の男である。

「どうすればいいんだろうなぁ」

3号が席をはずしているときに、男は私を見つめて、ボソッとそうつぶやく。

「どうすればいいだろうねぇ」


返事はしているのだが、男には「にゃー」としか聴こえていない。

「いいなぁ、お前は悩みがなくて」

「…」

相変わらず男は猫の言葉を理解しないので、会話こそちぐはぐだが、聴くだけ聴いているとどうやら悩みは同じらしい。

男はそう頻繁でもなく、しかし時折訪ねてきて、かといって何をするでもなく、茶を煎れて2人と1匹でテレビを観たり、というような日々が続いていた。

そうして、正月も過ぎたある晩。また男がやってきた。

「ふぃー、寒い。雪だよぉ」

玄関で身体についた雪をはらうと、寒さにふるえながらそそくさとヒーターの前に陣取る。持ってきた白いスーパーの袋が、溶けた雪でぬれている。中をのぞくと、缶詰(私の食事である)と何かよく分からないものが数点、そして1枚のCDが入っている。男はCDを出すと、袋を3号に渡した。そして3号が私の食事を用意している間に、そのCDをプレイヤーに入れた。


流れ出したのは…少なくともイントロは、よくある感じのポップスといえばいいかさわやかなロックテイストのサウンドといえばいいか…。しかしそこここに、なんとも形容しがたい不思議な音と、単調なリズムと、硬質なのにどこかおおらかさを感じさせ、また憂いも含んでいるように聴こえる声のシンプルなアンサンブルが見え隠れする。

「ディジュリドゥ…」

食事の入った皿を私の前に置いて、3号が言う。オーストラリアのアボリジニの人々が、神との交信に用いる笛のようなものだという。

地を這うような低音、そしてたまにパーカッシブに抜ける高音、またときに獣の吼え声のような音を発しているのは、どうやらそれらしい。そして何より、その硬質な歌声である。まるではるか遠くの誰かに呼びかけているようだ。歌っているというより、何か祈りのようでもある。現代の世界のサウンドの中に、それとは一見異質に感じられる原始的かつ崇高な音が風のようにするりと登場する様は、とてもユニークな融合であるとともに、原始から現代へのメッセージを運んでいるかのようにも感じられる。

現代の混沌としたシステムの中では、きっと誰もが心の迷子になるのだろう。しかし、根幹はいたってシンプル。長い時を経て受け継がれた命をもってここに在り、家族や友と支え、また支えられして生かされていると気づくとき、心は豊かに満ちる。


満ちている上にさらに満たそうとすれば、溢れ、または積み重なって埋もれ、満ちた心そのものが見えなくなることもあるのかもしれない。

結局その夜も、いつもと変わりなく過ぎ、男は雪の中を帰っていった。CDの歌声は歌い続けていた。3号は呆然としてヒーターの前に座り込んで、何か考えているようだった。やがて、深く大きく息を一度吐き出すと、少し離れたところで丸まっていた私にほんの少し、気のせいかもしれないと思うほどほんの少し、笑いかけた…。

私はゆっくり近づいて、3号の腿の上に乗り、よりかかる。温かい何かがやっとつながって、上からぽたぽたと、水のようなものが落ちてきた。

溢れたなら、一度出してしまえばいい。積み重なって埋もれてしまっているなら一度削ぎ落としてみればいい。そうしてまた満たされていることを、思い出せばいい。

そんなことを思いながら、落ちてくる雫を、私は丁寧に舐めてやるのだった。



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3号よりヒトコト

えー、私事で更新がずいぶんと遅くなってしまったこと、本当にごめんなさい。このたび何とか新たなPCを導入しまして、またぼちぼち進めていきますので、ロドリーグ共々どうぞよろしくお願い致します。

さて、今回はオーストラリアのアボリジニを中心とするバンド、Yothu Yindiです。ロックバンドでありながらも、アルバムの中に伝統曲を収めたり、伝統的なサウンドをフィーチャーしたりして、注目を集めてきました。オーストラリア政府観光局のCMソングとして、楽曲が使用されていたこともあるので聴いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。

ロックやポップステイストの曲の間に、ディジュリドゥとクラップスティックと歌のみの伝統曲が突如登場したりして、本当に、その一瞬に古の世界に引き込まれるというか、むしろ逆に飛び込んでくるような印象もあって、とてもユニークです。

今回は [Freedom] というアルバムでしたが、このほかにも多くリリースされていて、音楽活動はもちろんのこと、アボリジニの文化を広く知ってもらうためのイベントやスクール・ツアーなども開催しているようです。

http://www.yothuyindi.com/index.html