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編・訳者ノート

詩集「シカ星」はメアリー・オースティンが採集して英語化し、さまざまなメディアに発表したアメリカ・インディアンたちの歌や詩を、葉っぱの坑夫が編んだアンソロジー作品です。1923年に出版されたThe American Rhythmの作品が中心になっています。




#0 アメリカ・インディアンについて思うこと


そもそもインディアンとよばれる人々は、どういったルーツをもつ人たちなのでしょうか?アメリカ人?アメリカが何を指すかにもよりますが、わたしはイエスとまずは答えたいと思います。かれらはナバホ人であり、パイユート人であり、そしてアメリカ人であると。

今から二万年前ごろ、ユーラシア大陸に住むモンゴロイド系の人々が、ベーリング海峡をわたって北アメリカにたどりつきました。そのアメリカ大陸最初の住人となった人々が、今のアメリカ・インディアンの祖先です。人々の一部は、さらに中米、南米へと南下していき、南米に移住した人々は、インディオとよばれるようになります。

モンゴロイド、あるいは蒙古人種。それはわたしたち日本人のことでもあります。生まれたとき、おしりに青い蒙古斑点をもつ人々です。わたしたちと同じ祖先をもつ人々が、むかしむかし、長い長い旅の末、大平洋をはさんだ向こう岸の、後にアメリカと名づけられる土地に、定着したというわけです。

大平洋、といえば世界最大の大洋です。地図の上には大きな海原が広がっていますが、よく見るとたくさんの島々が点在しています。「ポリネシア」とよばれるハワイ、西サモア、トンガ、イースター、「メラネシア」とよばれるフィジー、バヌアツ、パプア・ニューギニア、「ミクロネシア」とよばれるサイパン、グァム、パラオ、キリバスなど、そして西の端には日本列島があり、東シナ海を南に下っていけば、琉球、台湾、フィリピン、ボルネオ、バリなどの島々があります。アメリカ大陸の西海岸もふくめて、この地域は環太平洋地域、パンパシフィックとよばれています。

わたしは何年か前に、ハワイ周辺の言語や文化を調べていたときに、この環太平洋という言葉に出会い、ある感動をおぼえました。この地域に住む島々の人は海によって隔てられてはいましたがが、カヌーに乗って島から島へと移動をしていました。メラネシア、ミクロネシア、ポリネシア諸島の住民は、三、四千年前から徐々に移動をはじめ、七世紀ごろハワイに渡ってきたといわれています。ハワイの人々はタヒチへ、ニュージーランドへという遠路の航海もしています。かれらは高度な航海技術とカヌーソングといわれる歌をもっていました。歌のひとつひとつには、大平洋全域の航海に必要なスターコンパス(星図)が歌いこまれていたそうです。その歌の中には、沖縄への航路をうたったものもあったそうです。

さて、話がずいぶん広がってしまいました。言いたかったのは、今の地球の住人は何国人であるということに慣れきって生活をしていますが、人類が歩んできた長い道のりを見るならば、人間が国という名のもとに暮らすようになったのは、わりに最近のことなのだということです。人々は歩いて、あるいはカヌーで、大陸や海を、国境や領海に妨げられることなく移動していたわけです。高い山や大きな川、荒れた海がときに行く手をはばむことはあっても、「国」という人の敷いた境界が目の前に立ちふさがることはなかったのです。

国というものが今後、どのようなものに発展していくのか(あるいは消滅していくのか)は、とても興味深く、また切実な問題でもあります。なぜならわたしたちはここ何十年、何百年というもの、この「国」というフレームに、ずいぶんと苦しめられ蝕まれてきているからです。アメリカ・インディアンの人々は、自分たち自身では「国」というものを一度も持とうとしなかった人々だそうです。かれらは、あらゆるものに「境界」を敷かない世界観の中に住んでいる人々だからです。人間と人間、人間と動物、人間と自然界、生きものと霊、それぞれが自由に交流し、一方が他方に自由になり変わったりすることができる世界観です。神話的な世界観といっていいと思います。

宗教学者の中沢新一は著書「熊から王へ」の中で、相手が動物であれ、人間であれ、一方的に相手のことを「野蛮である」と決めつけるような先入観は、人間が国家を持たないかぎり発生しなかった考えと思われる、と書いています。そしてその昔、『神話的思考は先入観が発生しないための「哲学」として、大切な働きをしていました。』とも。神話的思考が今というむずかしい時代を考えるための助けになるかもしれない。あるいは、インディアンの詩をひとつ読むことで、かつてわたしたちが持っていた境界のない広々とした世界を再体験することができるのではないか。

神話的思考、あるいはそこから生まれた歌や詩、言いつたえは、何を信じてどのように生きていったらいいのか迷うわたしたちの生を、外部から照らし出してくれる、スターコンパス(星図)なのかもしれません。夜明けのシカ星が、パイユートたちのシカ狩りの目印だったように、このアメリカ・インディアンの小詩集が、日常生活や生き方の未来を照らすことがあったら、うれしいと思います。

だいこくかずえ(2002年10月7日)



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