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ミシオネスの風景(題字横、カラー) 男と動物園長 星空の下眠る男 カメを襲うヒョウ 倒れる男 荷を背負うカメ カメの苦闘 サルとカメ

南米ジャングル童話集

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昔ブエノスアイレスに一人の男が住んでいました。その男は動物園の園長と友だちでした。からだは丈夫(じょうぶ)だし、一生懸命(いっしょうけんめい)働いてもいたので、男は幸せに暮らしていました。しかしある日、男は病気になりました。お医者さんは、街をはなれて空気のいい暖かなところに住まないかぎり、病気は治らないと言いました。しかしながら男にとって、それは無理なことでした。小さな弟が5人いて、両親はすでに死んでいました。弟たちに食事や着るものを与え、朝には学校に送り出さなければなりません。男がどこかに行ってしまったら、いったい誰(だれ)がこの子たちの面倒(めんどう)をみるのでしょう。男は仕事をつづけ、病気は日に日に悪くなっていきました。

ある日のこと、動物園の園長が道で男とでくわし、こう言いました。

「しばらくどこか田舎(いなか)に行って暮らしたらどうだい。いい考えがあるんだ。うちの動物園の展示施設(しせつ)に、新しい標本がほしくてね。あんたは銃(じゅう)の腕(うで)がいいだろう。アンデスまで行って、狩(か)りをしてくるってのはどうだい? 用具一式の代金はうちが払(はら)う。ちびたちの世話をする人も連れてこよう。それほどの負担(ふたん)にはならんだろう。弟たちのために金もかせげるぞ」

男と動物園園長

病気の男は喜んで申し出を受けました。ミシオネスから何キロも何キロもはなれた山に向けて、男は出発しました。戸外でキャンプ生活をしているうちに、男の病気はよくなっていきました。

男は一人でなんでもしました。料理をつくり、洗濯(せんたく)をし、寝支度(ねじたく)をととのえました。テントは使わず、星空のもと寝袋(ねぶくろ)に入って眠(ねむ)りました。中に毛布がついた寝袋でした。雨が降れば、木の枝で屋根をつくりその上をレインコートでおおい、天気が回復するまでその下で心地よく過ごしました。ヤマウズラやシカの肉を食べ、森を歩いているときに見つけた木の実や果実もとって食べました。動物園が展示したいと思うような珍(めずら)しい動物を見つければ撃(う)ってとらえ、その皮を日に干しました。日がたつにつれ、獲(と)った皮は大きな嵩(かさ)となり、キャンプを移動するときはそれを肩にかかえて運びました。また美しいまだらのあるヘビをたくさん、生きたまま捕(とら)えることができました。そしてそれを大きなウリの空洞(くうどう)に保管しました。南アメリカでは野生のウリやカボチャが、ガソリン缶(かん)くらいまで大きくなります。

ここでは力のいる仕事がたくさんありましたが、男はしだいに頑丈(がんじょう)になり、健康をとりもどしました。そして夕飯になれば、どれだけお腹がすいたことでしょう。ある日、食料が少なくなったので、銃をもって狩りにでかけました。大きな湖についてすぐ、岸辺に何を見たかといえば、それは大きなヒョウがカメを捕らえているところでした。ヒョウはカメを水辺から引きずりだして、甲羅(こうら)の間から肉を掻(か)き出そうとしていました。男が近づくと、ヒョウは向きを変え、大きなうなり声をあげて男に飛びかかってきました。そのとき男がヒョウの目の間をねらって銃をはなち、遅(おく)れをとったヒョウはその場に横たわりました。

「これを敷物(しきもの)にしたらすごいぞ!」 男は大声をあげました。そして注意深く皮をはいで、持ち帰れるようくるくると丸めました。

「今晩の夕飯にはカメのスープがいただけそうだ」 カメの方を見ながら、そう言いました。カメの肉は、あらゆる肉の中でも味わい深くおいしいのです。

しかしかわいそうなカメの様子を見て、男はなんとも言えない気持ちになりました。ヒョウの爪(つめ)で、カメのからだはひどく切り裂(さ)かれていました。またノドの深い傷のため、首から頭が落ちそうでした。傷を負ったカメを殺すのはやめて、なんとか助けてやろうと男は思いました。

キャンプまではかなりの距離(きょり)があり、男はとても疲(つか)れていました。その上カメをかつごうとしたところ、100kg近い重さがあることに気づきました。仕方なく男は縄(なわ)をカメのからだにまいて、キャンプまで草地の上を引きずっていきました。

包帯(ほうたい)にする布がなかったので、男はシャツを裂き、コートの裏地をとって代わりにしました。それでカメのノドをしばり、血をとめることができました。そして枝でおおった隠れ家(かくれが)の隅(すみ)にカメを押しこみ、そこでカメは何日も何日もじっと横たわっていました。日に2回、男はカメのところにやって来て、傷口を洗い塗(ぬ)り薬をつけました。傷がいえた頃、男が包帯をとってやると、カメは頭を甲羅に引っ込めてしまいました。それでも毎朝男はカメのところに行って、優しく甲羅をたたいて起こしてやりました。

カメはすっかり元気になりました。しかしそのあと、大変なことが起きました。湖のそばの沼地で男は熱を出しました。そして寒気(さむけ)と痛みにおそわれました。男は寝袋から出ることができなくなり、ただそこで横たわりうめき声をあげました。熱はすぐにどんどん上がっていき、からからになったノドは焼けつくようでした。頭もおかしくなってきて、大声を上げはじめました。「おれはここでひとりぼっちだ。こんなひとけのない山の中にいる。おれは死んでしまう。水をもってきてくれる人もいない」

しかしカメは、男が思っていたように、いつも眠りこけていたわけではありませんでした。本当のところ、カメは男がキャンプで働いているとき、こっそりのぞき見していました。男が起きられなくなった朝、カメは何か悪いことが起きたとわかりました。また、水を欲しいと男が叫んでいることもわかりました。

カメは考えました。「この男はあの日、ワタシを好きなようにできたし、お腹も空いていたのに、ワタシを食べなかった。そのかわりに傷の手当てまでしてくれた。心あるカメなら、この男にできるだけのことをしなくては」

この大きなカメは(立派な椅子くらいの高さと大人の男くらいの重さがありました)、湖の方へと出かけていきました。そこで小さなカメの甲羅を探しまわって手に入れました。それを砂でピカピカになるまでみがきました。そして泉の冷たい水を満たし、それをもってキャンプに帰り、男に飲ませました。

「こんどは何か食べるものがいるわ」とカメは思いました。

カメは自分たちが病気になったとき食べる特別な根っこや草を知っていました。カメは出かけていって、そのような薬草(やくそう)を集め、男に食べさせました。男は誰が自分の世話をしてくれているのか気づかぬまま、それを食べました。熱のせいで意識がもうろうとしていたのです。毎日毎日、カメは森に行ってできるだけ濃(こ)い汁の、できるだけ柔(やわ)らかな草を探しました。おいしそうな木の実や果物がなっているのに、カメはのぼって取ることができず、残念でしかたがありませんでした。

こうして男は1週間以上、生死の間をさまよい、カメがとってきた薬草で生き延(の)びました。そしてある日、カメが喜んだことには、男は寝袋の中ですわることができました。熱は去り、頭もすっきりしていました。男はそばにある水と草の束を見て驚(おどろ)きました。隅で眠っているように見える大きなカメをのぞけば、男は一人きりだったからです。

「あー、わたしは一人だ。誰もここには来てくれはしまい。また熱が出たら、ブエノスアイレスまで行かなければ薬もない。歩ければ行けるだろうが、歩くのは無理だ、ああ死ぬしかない」

そして男が恐(おそ)れていたように、その晩また熱がぶり返し、さらに症状(しょうじょう)は重くなり、再び意識を失いました。

しかしながら、カメは今度も男の言葉を理解しました。「たしかに、ここにいれば、この人は死んでしまう。薬があるというブエノスアイレスまで連れていかなければ」

カメは男が集めた動物の皮を傷めないよう気をつけて引きずってくると、男の上に積み上げました。それからヘビのつまったウリも同じように乗せました。さらにその上に男の銃を置こうとしましたが、大変な苦労を伴(ともな)いました。しかたなくカメは森に出かけ、丈夫な木のつるを噛(か)み切って持ち帰りました。それを眠っている男のからだにまわし、荷物が落ちないよう男の腕(うで)や足にしばりつけました。そして寝袋の下に自分のからだを入れ、甲羅の上でうまくバランスをとり、ブエノスアイレスにむけて出発しました。

カメは毎日10時間から12時間歩きました。川や池をわたり、沼地に浸(つ)かりながら進み、丘をのぼり、死ぬほど強い日ざしの砂漠(さばく)を超(こ)えていきました。男は熱にうなされて水を求めました。あわれなカメにとって、そのたびに男を背中からおろし水を探しにいくのは耐(た)え難(がた)い苦痛(くつう)でした。しかしカメは変わらず、苦労して苦労して前進しました。そして毎晩、少しずつブエノスアイレスに近づいているのを感じました。

しかしながら、この苦境(くきょう)の日々を過ごしたのち、カメは自分の力はもはや尽(つ)きたとわかりました。不満はありませんでしたが、男が安全なところにつくまでに、自分が死んでしまうことを恐れました。そしてある朝、本当に、カメは疲れて一歩も動けなくなりました。

「ああ、おれはこの山の中で一人死んでいくんだ」 男が寝袋の中で声をあげました。「誰もおれをブエノスアイレスまで連れていってはくれないんだ。あー、あー、あー、一人ここで死ぬんだ」

そうです、男はずっと意識を失っていて、自分がまだ山にいて、キャンプで寝ていると思っていたのです。

その言葉が弱りきったカメをかきたて、なけなしの力を呼びおこしました。カメは男を再び背に乗せると歩き始めました。

しかし少しして、カメはもう一歩たりとも動けない状態になりました。もう何日もものを食べていませんでした。餌(えさ)を探す時間をとろうとしなかったからです。今はもう、餌を探す元気さえありません。カメは足を甲羅の中に引っ込め、来たるべき死を待って目をとじました。そして自分を助けてくれた男を救うことができなかった、と心の中で嘆(なげ)き悲しみました。

日が落ちて夜が来ました。ふとカメが目をあけると、驚いたことに、遠くの地平線が赤く輝いていました。そして声を聞いたのです。ドブネズミが近くでしゃべっている声です。そのネズミはこう言っていました。

「おやまあ、なんてカメなんだ、なんてカメなんだ! こんなでかいカメは見たことないぞ。背中に乗せてるものはなんだ? 薪(たきぎ)かい?」

あわれなカメは地平線の光るものがブエノスアイレスの街だとは知りませんでした。またネズミがそこの住人で、餌探しにこのあたりまで出てきたことも知りません。

「薪じゃない。人間の男ですよ、病気なんです」とカメはつぶやきました。

「いったい君はこの男を背に乗せて、なにしてるんだい?」 街のネズミが田舎のネズミをからかうようにして、そう訊(き)いてきました。

「ワタシはね、、、」 カメが弱々しくささやきました。「ワタシはこの男をブエノスアイレスまで連れて行こうとしてて、、、病気を治すためにね、でもそこには行き着けそうもない、、、力がもうなくて、、、死にそうなんです、、、ワタシも男も死ぬんですよ、ここで」

「こんなアホなカメは見たことない」とネズミが答えました。「君はもうブエノスアイレスにいるんだよ。あの明かりが見えないのか? あれは劇場がある地区だ。ここをまっすぐ行けば、一瞬(いっしゅん)のうちに着いてしまう」

この話を聞いてカメは、新たな力がみなぎってきました。甲羅の下の筋肉をぐっと伸ばし、ゆっくりと、でも確実に前に進みはじめました。

朝日が昇(のぼ)るころには、街のまっただ中を自分が歩いているのがわかりました。そして誰が通りをやって来たかと思えば、動物園の園長でした。

「おやおや、なんて大きなカメなんだ、なんて大きなカメなんだ!」 園長は大声をあげました。「いったいぜんたい、こいつは何を背負っているんだ?」

カメはひどい疲れで口をきくことができません。カメは立ち止まり、園長が背中の上の妙(みょう)なものを見にやって来ました。青ざめ弱り切って眠っているのが友だちの男だとわかり、とてもびっくりしました。園長は馬車を呼び、男を家まで送り、すぐに医者の手配をしました。

しばらくして男は元気をとりもどしました。カメが自分を背に乗せて、何キロも何キロもの道のりを、アンデスからブエノスアイレスまで運んできたと聞いて、男は信じられませんでした。感謝の気持ちから、残りの人生を過ごせる君の家をつくろう、とカメに言いました。自分の家は5人の小さな弟たちでいっぱいで、こんな大きな生きものを飼える場所はありません。ところが動物園の園長が、うちにその場所をつくろうと提案しました。そこで自分の娘(むすめ)のように優しく世話をするよ、と言いました。

そしてこんな風に事は運びました。カメは動物園の前庭に水槽(すいそう)つきの自分専用の家を与えられ、泳ぎたいときいつでも、そこで泳ぐことができました。また園の中を好きなとき好きなだけ歩きまわることも許されていました。でも多くの時間、カメはサル小屋のそばで過ごしました。餌がたくさんあったからです。

このカメは今も動物園にいます。いつでもここに来れば、びっくりするほど大きなカメが、ゆっくりと緑の草の上を歩いているのに出会えるでしょう。少し待っていれば、あの男がやって来て立ち止まり、カメの甲羅を優しくなでていくのも見ることができます。

これがこのカメに起きたこと、そしてあの男のお話です。

カメとジャングル