ノート(英語訳者リヴィングストーンの紹介)

この童話集は、オラシオ・キローガの「Cuentos de la selva」(1918年)の日本語版です。翻訳は、アーサー・リヴィングストーンによる「South American Jangle Tales」(1922年)の英語版を基本にしました。参照として原典のスペイン語版、ジェフ・ソリーリャの訳による「Jangle Tales」(2012年)も、随時テキストの比較をするために使用しました。

リヴィングストーンはロマンス語(ラテン語から分化したイタリア語、スペイン語、フランス語などの言語)の学者であるとともに、優れた翻訳者としても知られ、20世紀初頭にヨーロッパの文学作品を英訳してアメリカに紹介した功績をもつ人です。イバニェス、モーロワ、モラヴィアなど、日本でも知られる多くの重要な作家の本を翻訳しています。

リヴィングストーンは、キローガの「Cuentos de la selva」の翻訳については、子どものための童話集ということもあってか、かなり自由な翻訳を試みています。アメリカの子どもにわかるように、という配慮から、たとえば南米原産の動物名をよく知られた種の近い動物に置きかえることもしています。ハナグマをアライグマにしたり、ドラドを「キラキラ」(原語はshiner)と命名したり。また、原文にない文章を付け加えてもいます。これには少し驚きました。翻訳としては議論のあるところでしょう。

しかし全体として、リヴィングストーンの訳はわかりやすく、おもしろく書かれていて、子どもが読むには適していると感じました。新訳のジェフ・ソリーリャのテキストは、原典を忠実に英語に移し替えている印象で、それはまた別の(あるいは本来の)価値のあるものです。作者のキローガは当時の文学の新潮流であったモダニズムに傾倒していたため、子どもの本にもその方法論をもちい、淡々と書く書法を選んだのかもしれません。

どちらを原本にするか迷いましたが、最終的にリヴィングストーンのものをベースに、動物名を修正したり、原典にない部分を外したり、と少し手を加えて日本語版とすることにしました。アルゼンチンの奥地で書かれたキローガの童話集が、(当時の状況を考えれば)出版からたった四年後に、英語版となってアメリカの子どもたちに提供されたことは、素晴らしいことに思えます。リヴィングストーンのその心意気と、訳のおもしろさに敬意を表して、リヴィングストーン版を原本にすることにしました。