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ミシオネスの風景(題字横、カラー) 母ジカと双子の子ジカ 水辺で水を飲むシカの親子 母さんジカ ハチに襲われる子ジカ ハチから逃げる子ジカ コロコロ アリクイ 首にランタンをかける母ジカ 狩人が子ジカを診察 木の洞の子ジカ 黄色いメガネをかけた子ジカ 本を読む狩人 子ジカ、羽を届ける 子ジカと狩人

南米ジャングル童話集

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  • しっぽをなくしたオウムの話
  • 目の見えない子ジカ
  • ワニ戦争
  • フラミンゴがくつしたを手にした話
  • なまけもののハチ
  • ゾウガメ
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むかし、あるところに一ぴきのシカがいました。メスのシカで、二ひきの子ジカを産(う)みました。シカには珍(めずら)しく、双子(ふたご)の子ジカでした。しかしコロコロ(南米のヤマネコの一種)が片方を食べてしまったので、残された子ジカの女の子は、子ども時代を遊び友だちなしで過ごすことになりました。

その子ジカはとても可愛(かわい)らしかったので、森に住むほかの母さんジカたちも、自分の子どものように思っていました。そしてその子の胸や腹に口を寄せてはなめました。

毎朝子ジカが寝床(ねどこ)から出てくると、母さんジカは「シカの教え」を唱(とな)えさせます。すべてのシカが、赤ちゃん時代におぼえさせられるものでした。

1. 草を食べるときは、まずニオイをかぎます。毒のある草を食べないためです。

2. 小川で水を飲むときは、川のまわりをよおく見てから飲みはじめます。ワニに食われてしまわないためです。

3. 半時間ごとに、立ちどまってまわりを見まわし、においをかぎます。ヒョウが忍びよって、おそってくるかもしれないからです。

4. 草原で草を食べているとき、まわりの藪(やぶ)に注意します。ヘビに食べられないためです。

よい子のシカの子はみんな、この教えを空(そら)でおぼえます。全部すらすら言えるようになったシカの子は、母さんからひとりで外に行ってもいいと言われました。

ある夏の午後のこと、子ジカがやわらかい草をさがして、山の斜面(しゃめん)をブラブラしていると、目の前に洞(ほら)のある朽(く)ちた木があらわれました。洞のなかには、黒板のような色をした、たくさんの小さな袋(ふくろ)のかたまりがぶら下がっていました。

「いったいぜんたい、あれは何?」 そう子ジカはつぶやきました。こんなもの、見たことがなかったのです。シカというのは(人間もそうですけど)、自分の知らないものに対して、失礼なことをすることがあります。子ジカにとって、この黒い袋(ふくろ)のかたまりは、世界でいちばんバカげたものに見えました。それで力いっぱい、頭でついてやりました。

すると、その袋のかたまりに大きなへこみができました。そこからとろりとした液(えき)が、キラキラかがやきながら落ちはじめました。そしてからだの真ん中がくびれた黄色い虫の大群(たいぐん)が、ブンブンいいながら外に出てきて、こわれた巣のまわりをあちこち忙(いそが)しそうに歩きまわりました。

子ジカは巣に近寄ってみました。どうしてかその黄色い虫たちは、こちらを見向きもしません。それにしても、あのおいしそうな液体は何だろう? そおっと、よおく注意しながら、舌の先がその液体にふれるまで、子ジカは首をのばしました。

まだ小さな何も知らない子ジカは、びっくりしました。うれしいびっくりです。舌を鳴らし、鼻をペロペロしながら、そこにある液をぜんぶ、おおいそぎでなめました。それはハチミツだったのです。とてもとても甘(あま)いハチミツでした。ということは黄色い虫たちは、ハチだったのです。針をもたないハチなので、子ジカを刺(さ)すことはありませんでした。南アメリカにはこういうハチがいるんですね。

巣のわれ目からゆっくりしみ出てくるハチミツではがまんできず、子ジカは巣をぜんぶこわして、なかにあるミツをきれいに平らげました。そして喜びいさんで、母さんジカにことのてんまつを話そうと、大急ぎで家に向かいました。

ところが母さんジカは、こわい顔をしました。

「ハチの巣は、気をつけなくちゃだめ!」 母さんジカは強く言い聞かせました。「ハチミツはとてもおいしいでしょ、でも近づいてはだめ、あぶないから。ハチの巣を見つけても、ぜったいに近づいちゃだめ!」

「でも、ハチはあたしを刺さなかったよ、マンマ」 子ジカは意に介(かい)さず言い返しました。「アブやブヨは刺すかもしれないけど、ハチは刺さないんだから」

「それはちがう、いいこと」 母さんジカが言いました。「おまえは今日、運がよかっただけ。ふつうのハチもススメバチも、とても危険(きけん)なの。言うことを聞きなさい、そうじゃないとひどい目にあうからね」

「わかったよ、マンマ。これからは気をつける」 そうチビの子ジカは答えました。

でもその次の日、朝いちばんに子ジカがやったことは、山の斜面に敷(し)かれた道をいさんで行くことでした。開けたところをトコトコ走りながら、もっと見晴らしのいいところに出れば、ハチの巣のありかが見つけられると思ったのです。

そしてついに、チビの子ジカは見つけました。見つけたハチの巣には、黄色いベルトをした黒いハチがいました。たくさんのハチたちが巣のまわりを歩きまわっていました。巣も昨日のものとは違う色でした。たくさんの袋は、昨日見たものよりずっと大きいものでした。でもそんなこと、子ジカは気にもなりません。「巣があれだけ大きいんだから、ハチミツはずっと甘くて、もっといっぱい溜(た)まっているはずだ」 それが子ジカの結論(けつろん)でした。

そのとき子ジカはふと、母さんがなんと言っていたか思い出しました。「ああ、母さんは心配しすぎなんだ。母親というのはいつもそうだ」 子ジカは巣を力いっぱい突(つ)きました。

しかしほんの一瞬(いっしゅん)で、ひどく後悔(こうかい)することになりました。それはスズメバチの巣でした。巣には何千びきものハチがいました、群れになって巣から飛び出してきたハチが、子ジカの体じゅうを、頭も首も肩も、お腹やしっぽまでいちめんを覆(おお)いました。ハチたちはいたるところを刺しまくりました。いちばんひどかったのは目です。どちらの目も、10ぴき以上のハチに刺されました。

痛(いた)みと恐(おそ)ろしさで、チビの子ジカは狂(くる)ったように声をあげながら、走って逃(に)げました。子ジカは走って走って走りました。そして急に立ちどまりました。どこに自分が向かっているのか、わからなくなったのです。どちらの目もひどく腫(は)れ上がっていました。あまり腫れたので、目が開けられない状態(じょうたい)でした。恐ろしさと痛みで震(ふる)え縮(ちぢ)みあがり、その場に立ちどまると、ミゥーミゥーと悲しげに泣きました。

「マンマー、マンマー」

母さんジカは、午後になってもチビの子ジカが戻(もど)ってこないので、ひどく心配になりました。そしてその子を探そうと、においをたどって家を出ました。山の斜面に残された子ジカのにおいのあとを追っていきました。遠くの方から、わがまま娘(むすめ)の泣き声を耳にしたときは、どれだけドキリとしたことか。そしてその衝撃(しょうげき)は、娘の目が見えなくなっているとわかったとき、暗黒(あんこく)の底なし沼(ぬま)になりました。

ゆっくりゆっくりと、二ひきのシカは家に向かいました。子ジカは頭を母さんジカの首にあずけて歩きました。その道みちで、年老いた雄(お)ジカや雌(め)ジカがチビの子ジカの目の具合を見て、治療(ちりょう)の方法を授(さず)けました。母さんジカはどうしたらいいか、わかりませんでした。絆創膏(ばんそうこう)も、痛みをやわらげる湿布(しっぷ)もないのですから。そうやって歩くうちに、母さんジカは、森の向こうの村に、治療のできる男が住んでいることを知りました。男は狩人(かりうど)で、シカ肉を売って暮らしていました。しかしいろいろ聞いたところ、この男は心の優しい人だとわかりました。

シカ肉を売って暮らしている男のもとを訪ねるのは恐ろしいことでしたが、母さんジカは娘のためなら何でもやりたいと思っていました。とはいえ、その男に会ったことは一度もありません。それで、人間と仲のいいアリクイに紹介文(しょうかいぶん)を書いてもらうのがいちばんだ、と思いました。

ときは夜、森じゅうをヒョウやコロコロが歩きまわっている時間です。でも母さんジカはいっときも時間を無駄(むだ)にしませんでした。チビの子ジカを見つからないように小枝で注意深く覆(おお)うと、アリクイの家に向かいました。長い距離をフルスピードで走りつづけたせいで、目的地に着いたとき、母さんジカはヘトヘトでした。来る途中、もう少しでヒョウにやられる目にあいましたが、なんとか逃げ切りました。

このアリクイはコアリクイといって、アリクイの種のなかではからだが小さく、肩(かた)から胴(どう)にかけて太い腹巻きをしているような生きものです。しっぽを手のようにつかい、それで木からぶら下がったりします。

アリクイがどうやってその狩人と仲良くなったのか、森のだれも知りませんでした。でもいつかきっとわかる日が来るでしょう。

兎(と)にも角(かく)にも、疲(つか)れきった母ジカはアリクイの家に着きました。

「トン、トン、トン」 母ジカはハアハアいいながらドアをたたきました。

「だれだ~い」 眠そうなアリクイの声。

「アタシ」 そう言ったものの、すぐにこう言いかえました。「ワタシですよ。双子の子ジカの母ですよ」

「そうかい」 アリクイが答えます。「あんたかい、それで、何のようだい?」

「あなたの知り合いの狩人を紹介してほしいんです。ワタシの子が、娘が、目が見えなくなってしまって」

「それは本当かい? あのみんなから可愛(かわい)がられてるチビの子ジカかい。あの子はまだ小さい。あの子のことなら、お願いなんて無用(むよう)だ。喜んで狩人を紹介するよ。手紙など不要だ。これをあの男に見せればいい。それであんたの願いを聞いてくれる」

アリクイは葉っぱのなかをしばらくかき回したあと、やっとしっぽを差し出しました。しっぽの先にはヘビの頭がありました。カラカラに乾(かわ)いていましたが、毒牙(どくが)がついたままでした。

「ほんとうにありがとうございます」 母ジカはお礼を言いました。「でもあの人はシカ肉を売る狩人。ワタシがもっていくのはこれだけですか?」

「そのとおり!」 アリクイが自信ありげに言いました。

「こんなにご親切にしていただいて」 そう言うと母ジカの目に涙(なみだ)があふれました。でもここでグズグズしているわけにはいきません。今はもう真夜中、夜が明けるまでに狩人の家に着かなければなりません。

大急ぎで家に戻ると、寝床のなかでメソメソ泣いている娘を連れ出しました。母子(ははこ)は狩人が住む村に向かいました。二ひきは音をたてないようそおっと家の塀(へい)ぎわを進み、犬に見られたり、足音を聞かれたりしないよう歩きました。

狩人の小屋に着くと、母さんジカは大きな音でドアをたたきました。

「トン、トン、トン!」

チビの子ジカも負けずに力いっぱいドアをたたきました。

「ト、ト、ト!」

「だれだい?」 なかから声がしました。

「アタシたち」 子ジカが言いました。

「ワタシたちです」 母ジカが言い直しました。「アリクイさんの友だちです。ヘビの頭をもってきました」

「そうかそうか」 狩人がドアをあけました。「何をしてほしいんだい?」

「ワタシの娘が、この子ですけど、目が見えないんです。助けてもらえますか?」

母さんジカは、子ジカとハチの出来事(できごと)をすべて話しました。

「なるほど、じゃあ、この可愛いおじょうさんの目を見せてもらおうか」

小屋のなかにとって返すと、狩人はすぐにハイチェアをもって出てきました。そのイスに子ジカを乗せ、自分がかがまなくても診察(しんさつ)できるようにしました。そして大きなレンズを取りだして、刺(さ)されたところを調べはじめました。母ジカは首にランタンをぶらさげて、その脇(わき)に立っています。よく見えるように狩人がかけたものでした。

「ああ、心配することはないですよ」と狩人は、チビの子ジカをイスから下ろしながら、心配そうな母さんジカに言いました。「手当てすれば、時がたてば治りますよ。この軟膏(なんこう)をぬった包帯(ほうたい)をして、頭をおおっておけばいい。それで20日間、暗いところにこの子を置いておくんです。そのあと、この黄色いメガネを1、2週間かけさせて。そうすればあとは大丈夫」

「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます」 母さんジカは心から感謝の言葉を伝えました。「それで、だんなさま、いくら払えばいいんでしょう」

「いいんですよ、いいんですよ、奥さん」 狩人はにっこり笑って言いました。「あ、でも一つ気をつけて。となりの家には犬が何びきもいるから。そこの人がシカ狩の得意な猟犬(りょうけん)をかっているんですよ」

これを聞いて、母さんジカも子ジカも息ができないほど怖(こわ)くなりました。それで帰るとき、二ひきはそおっと歩き、ちょっと行っては立ちどまりました。にもかかわらず、犬たちは臭(にお)いをかぎつけ、森のなかまで2キロ近くの道のりを追ってきました。子ジカはミゥーミゥー泣きながら必死で走りました。そして藪(やぶ)のなかに細い道を見つけて、なんとか逃げ切りました。

狩人が言っていたとおり、チビの子ジカはよくなっていきました。ただし母さんジカは20日間ものあいだ、木の洞(ほら)に子ジカをとじこめておかなくてはなりませんでした。洞のなかは真っ暗で、自分の手すら見えないのです。でもついに、ある朝、洞のなかを暗くするために小枝でしっかり編んでふさいだ日よけをはらう日がきました。鼻の上にちょこんと黄色いメガネを乗せた子ジカが、明るい日差しのなかに出てきました。

「わあ、見えるよ、マンマ、あたし見えるようになった」

そして母さんジカは、目が見えるようになったわが子の姿を見て、喜びの涙がとまらず、藪(やぶ)のなかに隠(かく)れて泣きました。2週間たつとそのメガネもはずされました。

子ジカは元気いっぱいではあったのですが、時がたつにつれ、悲しい気分におそわれるようになりました。狩人の男がしてくれた親切に、なにも応えていなかったからです。どうやってお返ししたらいいのかも、わかりませんでした。

しかしながら、ある日のこと、いい考えが浮かびました。水辺を歩いていたときに、アオサギが落としていった羽を見つけたのです。「この羽をあげたら、あの人は喜んでくれるかな?」と、子ジカ。それで羽をひろいました。

そしてある夜のこと、子ジカは狩人の小屋に向かいました。その日は雨がはげしく降っていましたから、隣りの犬たちは外に出ていないはずです。

狩人の男は寝室(しんしつ)で、くつろいだ気分で本を読んでいました。雨が降りはじめる前に、小屋の屋根を葺(ふ)きおわっていたので、なおのことでした。これで嵐(あらし)が来ても、安全に心地よく過ごせます。

「トン、トン、トン!」

男がドアをあけると、チビの子ジカが、濡(ぬ)れてヘナヘナになったサギの羽をくわえ、雨のなか立っていました。自分が治療してやったあと、折(お)りに触(ふ)れ子ジカのことを思い出していました。

「あなたにあげようと思って」 そう子ジカは言いました。

狩人はなぜか笑いだしました。

チビの子ジカは恥(は)ずかしさと悲しさで家に向かいました。自分のつまらない贈(おく)りものが笑われたのだと思ったのです。それでもっときれいで、立派な羽をあげたいと思い、探しに出かけました。今度はほんとうに美しい羽毛の束を見つけました。そしてそれをきれいに、濡れないように置いておきました。

ある夜、ふたたび子ジカは狩人の家に向かいました。今度は男は笑ったりしませんでした。この男は優しく礼儀(れいぎ)正しい人間でした。この前、自分が笑ったせいで、この子ジカを傷つけてしまったとわかっていました。それで男は子ジカを小屋のなかに招きいれ、ハイチェアをテーブルに引きよせると、竹筒(たけづつ)に入れたハチミツをごちそうしました。ペロペロゴクゴク、ペロペロゴクゴク。チビの子ジカは大喜び、夢中になって平らげました。

その日以来、狩人と子ジカはほんとうの友だちになりました。子ジカはサギの羽集めに走りまわり、男はそれを売ってたくさんお金をかせぎました。子ジカが羽をもってやって来ると、いつも狩人はハチミツのつぼをテーブルに出してごちそうしました。ときに男は葉巻(はまき)をすすめもしました。子ジカは吸うのではなく、喜んでそれを食べました。それで病気になることはありませんでした。

こんな風に男と子ジカが過ごす夜はいつも、小屋の外はヒューヒュー荒れ模様(もよう)でしたが、暖炉(だんろ)の前で楽しいおしゃべりの時を過ごしました。子ジカが来るのは嵐(あらし)の日だけ、隣りの犬が外に出ていないときでした。それで狩人は、空が暗くなって夜には嵐がやってきそうな日は、子ジカがやって来るのを待つようになりました。ランプをともし、テーブルにハチミツのつぼを置いて、本を手にとり、子ジカの「トン、トン、トン!」を待つのです。子ジカは、この狩人の生涯(しょうがい)の友となりました。

狩人の家でくつろぐ子ジカ
ミシオネスの森(カラー)