あるミツバチの群れに、働くのが嫌(きら)いなハチがいました。その子はオレンジの木の上で、花から花へと飛びまわり、ミツを吸いまくっていました。でもそれを巣に運ぶことはなく、その場でみんな食べてしまいました。
その子は、なまけもののハチだったのです。毎朝、お日さまが巣をあたためる頃(ころ)になると、女の子のハチは入り口まで出てきて、外を見ました。いいお天気であることを確かめると、顔をあらい、ハエがやるようにして手で髪をとかしつけました。そしてこの上ないお天気に、上機嫌(じょうきげん)で飛びだしていきました。花から花へ、ブンブンいいながら飛びまわりました。少しして、ほかのハチたちは巣でどうしているかを見に、帰ってきました。そんな風にして一日じゅう過ごしました。
そのあいだ、ほかのハチたちは、巣をミツでいっぱいにするため、死ぬほど働いていました。生まれたての赤ちゃんバチに、食べさせるためでした。この働きバチたちはとてもまじめで、一生懸命(いっしょうけんめい)で、さぼったりしなかったので、自分たちの妹バチが遊んでばかりいるのに、顔をしかめるようになりました。
ご存知(ぞんじ)かもしれませんけど、巣の前には、いつも見張りのハチたちが陣取(じんど)っています。ほかの虫を寄せつけず、仲間だけ中に入れるためです。この見張り役は、人生経験のある年寄りバチと決まっています。このハチたちの背中は、入り口を出たり入ったりするときに毛がすれて、すっかりはげていました。
ある日のこと、なまけもののハチが、巣でみんなどうしているか見ようと中に入ろうとすると、見張り番のハチに呼びとめられました。
「ねえちゃん、ちょっとは働きなさい。みんな働いてるんだからね」
女の子のハチは見張り番に話しかけられて、とても恐(こわ)くなりましたが、こう答えました。
「一日じゅう飛びまわっていて、アタシすごく疲(つか)れてるの」
「どんだけ疲れてるかなど訊(き)いてない。おまえがどれだけ働けるか、見たいんだよ。いいかい、これは最初の警告(けいこく)だよ」
そして女の子を中に入れてやりました。
しかしなまけもののハチの子は、ちっとも変わりませんでした。次の日の夕方、見張り番がまたハチの子を呼びとめました。
「ねえちゃん、おまえが働いてるのを今日も見てないよ」
ハチの子はまたつかまるだろうとわかっていました。それで帰り道ずっと、なんと答えようかと考えていました。
「もうすこししたら働くつもりだから、ね」と、即刻(そっこく)ニコニコと愛嬌(あいきょう)をふりまいて答えました。
「もうすこししたらじゃダメなの!」 見張り番たちがドスをきかせて言いました。「あすの朝、働きにいくこと。これは警告2だよ」
そして女の子を中に入れてやりました。
次の夕方、なまけもののハチの子は家にもどると、見張り番たちが声をかけてくるのを待たずに、自分からそこに行って、悲しそうな声でこう言いました。
「わかってるわ、きのう約束したことは。ごめんなさい、今日働くことはできなかったの」
「おまえに謝ってほしいとも、きのうの約束がどうだとも言うつもりはない。おまえにやってほしいのは働くこと。きょうは4月19日。あすは4月20日。4月20日は最低でも1回分のミツを巣に持ち帰らなければ、ここを通さないからね。これは警告3だよ。きょうは入っていい」
そして入り口をふさいでいた見張り番たちは道をあけ、ハチの子を入れてやりました。
なまけもののハチの子は次の朝、きょうこそはという気持ちで起きました。でもお日さまはぽかぽかと暖かく、いい天気で、花々はたとえようもなく美しく咲(さ)いていました。1日はこれまでと同じように過ぎました。ただちがったのは、夕方にむかって、お天気が変わったこと。お日さまは大きな雲のうしろにかくれ、冷たい風が吹きつけてきました。
なまけもののハチの子は大急ぎで家に向かいました。外は嵐(あらし)でも、巣の中はどれだけあったかくて居心地がいいか考えて急ぎました。しかし入り口のところに、見張り番たちがいました。
「どこへいくんだい、おじょうさん」 そんな風に言いました。
「おうちで休もうと思って。ここはアタシの家よ」
「おまえは勘違(かんちが)いしてる。ここに住んでるのは働きもののハチだけだよ。なまけものは中には入れない」
「あしたになったら、ぜったいぜったいぜったい働くから」とハチの子。
「なまけもののハチにはあしたはないんだ」 見張り番たちは年のいった経験者で、ものごとの原理(げんり)を知っていました。「あっちへ行くんだ」 そう言うとハチの子を押しだしました。
ハチの子はどうしたらいいかわかりません。しばらくそのあたりを飛んでいました。でもすぐに外は暗くなりはじめました。風はどんどん冷たく、雨も降りはじめました。ハチの子はもうくたくたに疲れ、からだを休めようと、一枚の葉っぱに乗りました。しかしハチの子は凍(こご)えそうで、寒さでからだがしびれてきました。葉っぱにつかまっていられなくて、はるか下の地面に落ちてしまいました。
ハチの子は羽をはばたかせようとしましたが、疲れすぎていて動きません。それで巣にむかって、地面をはって歩きはじめました。小さな石も、小枝も、それを超(こ)えていくのに大変な力がいりました。ちっちゃなハチにとって、丘や山が次々にあらわれる気がしました。寒さと恐(おそ)れと疲れで死にそうになって、ハチの子が巣の玄関(げんかん)についたとき、雨がさらに強くなりました。
「あーん、あーん」 ハチの子は泣き声をあげました。「アタシ寒い、雨もふってきた。ここにいたら死んでしまう」 入り口ににじり寄っていきました。
しかし怒(おこ)っている見張り番たちは、中に入れてはくれません。
「ごめんなさい、ねえさんたち」 ハチの子は言いました。「お願いだから、あたしを入れて」
「もう手遅(ておく)れ、手遅れなの!」 そう言うばかりです。
「お願いです、ねえさんたち、アタシすごく眠(ねむ)いの」
「もう手遅れ、手遅れなの」
「お願い、ねえさんたち、アタシ寒い」と小さなハチの子。
「わるいけど、あんたは入れない」と見張り番。
「お願い、ねえさん、最後の最後だから。アタシ死んじゃう」
「死にゃしないよ、なまけもの。温かな寝床はしっかり働いたら手にはいるってことを、あんたは学びなさい。ここから出ていきなさい」
そう言うと、見張り番はハチの子を入り口から押し出しました。
このときには雨はとても強くなっていました。ハチの子は羽も毛もずぶ濡(ぬ)れになっているのに気づきました。寒くて眠くて、もうどうしたらいいのかわかりません。地面の上を力のかぎりはやく歩いて、どこか乾(かわ)いて寒くない場所はないかと探しました。やっとのことで一本の木を見つけると、幹をのぼっていきました。枝が二股(ふたまた)に分かれているところで、あっという間もなくハチの子は落下していました。どんどん下に落ちていって、最後に何かやわらかなところに着地しました。風も雨もありません。ハチの子は、自分は木の洞(ほら)に落ちたんだ、とわかりました。
そして今度は、自分の命があぶないと感じました。すぐそばに、背中がレンガ色の緑のヘビがとぐろを巻いていたのです。その洞はヘビの家でした。ヘビはじっとハチの子に目をやり、寝そべっていました。暗闇(くらやみ)のなかでも目はらんらんと輝(かがや)いていました。ヘビはハチを食べます、好物(こうぶつ)です。自分が恐ろしい外敵(がいてき)のすぐそばにいると気づいて、ハチの子は目をとじて、ひとりごとを言いました。
「これでアタシも終わり。あー、ちゃんと働いておけばよかった!」
驚(おどろ)いたことに、ヘビはハチの子を食べようとしなかったばかりか、恐ろしいヘビにしては優しい声で話しかけてきました。
「こんにちわー、おちびさん。あんたはわるい子だね、こんなに夜おそく外にいるなんて」
「そうです」 口から心臓が飛び出さんばかりのハチの子。「アタシわるい子でした。遊んでばかりで、家に入れてもらえないんです」
「そうかい、じゃあ、おまえを食べてもバチは当たんないな」 ヘビはそんなことを言います。「おまえみたいな役立たずのハチの子から命をうばっても、なんの害もないだろうな。今日は外に食べに出なくてもよさそうだ。おまえをここで食えばすむ」
ハチの子はこれ以上ないというくらい、恐ろしくなりました。
「それじゃ不公平だわ」とハチの子。「アタシよりからだが大きいからって、アタシを食べる権利(けんり)があるかしら。それがまちがっていないか、外に行って誰(だれ)かに訊(き)いてきてよ。人間は何が正しくて、何がわるいか知ってるから」
「おー、それはそれは」とヘビが頭を持ち上げて言いました。「おまえは人間のことを知ってるってんだな。じゃあおまえたちからミツをぬすんでる人間は、ハチを食うヘビよりも、立派だというのかい。おまえはなまけもののハチというだけじゃない。まぬけなハチだ」
「アタシたちのミツをぬすむからといって、人間がワルだということにはならないわ」とハチの子。
「なんでなんだ?」
「あの人たちはアタシたちより、頭がいいってだけ」 ハチの子はそのように言いました。でもヘビは笑いとばしました。そしてシューシュー言いはじめました。
「そうかい、そんな風に思うんだったら、おれはおまえより頭がいいから、おまえを食べちまうぞ。食われる準備はいいかな、このなまけもの」
ヘビは身を引いて襲(おそ)いかかろうとしました。そして一口でハチの子を食べようとしました。
でもハチの子には、ひとこと言う時間がありました。
「あなたがアタシを食べるのは、アタシより頭がわるいからよ」
「頭がわるいって?」 頭をおろすと、ヘビが訊いてきました。「どういうことだ、このアホが」
「でもそうなんだから、そういうことなの!」
「見せてもらおうじゃないか」とヘビ。「おまえと取り引きだ。互いに芸を見せあおう。より賢(かしこ)い方が勝ちだ。もしおれが勝てば、おまえを食う」
「じゃあ、アタシが勝ったら?」
「おまえが勝った場合はだな」と、少し考えてからこう返しました。「ここに一晩置いてやる。あったかいからな。どうだ、この取り引きは」
「いいわ」とハチの子。
ヘビはまたしばし考え込み、それから笑いはじめました。ハチの子にはできっこないようなことを思いついたのです。ヘビは矢のごとく木の洞から出ていきました。ヘビが何をしようとしているか、ハチの子が考える間もない素早さでした。そしてヘビはすぐに、ユーカリから種子さやを持ちかえりました。ハチの巣のそばにあって、暑い日には巣に影(かげ)をもたらす木です。そしていま、ユーカリの種子のさやは、ちょうどコマの形になっています。じっさい、アルゼンチンの子どもたちはこのさやを「コマ」と呼んでいます。
「いいかい、見てろよ、おれがしようとしてることを」とヘビが言いました。「ほら、見てみろ!」
ヘビは尻尾(しっぽ)の先をひものようにコマに巻きつけてから、素早くそれをほどいて宙に投げつけました。コマは洞の床で、狂(くる)ったようにまわりはじめました。コマはまわってまわってまわって、おどって、とびはね、あっちにいき、こっちにいきしました。ヘビが笑いころげました。わらって、わらって、わらいころげました。こんなことができるハチはいないでしょう。
ついにコマはまわるのをやめ、コトリととまりました。
「とっても賢いわね」とハチの子は言い、「アタシにはできないわ」
「そうであれば、おれはおまえを食わねばな」
「でもちょっと待って。コマはまわせないけど、アタシにも、だれにもできないことができるから」
「なんだ、それは?」 ヘビが訊いてきました。
「姿を消せるの」
「姿を消せるとは?」 ヘビが興味深げに訊きました。「姿を消して、おれから姿が見えなくなるのか? どこにも行かずにか?」
「ここにいたままでよ!」
「地面の中にかくれたりしないでか?」
「地面の中にかくれたりしないでよ!」
「うーん、わからん」 ヘビは降参(こうさん)しました。「消えてみろ。でもおまえの言うようにならなかったら、おまえを食うぞ、ガブリ、ガブリ、とな」
さて、コマがぐるぐるまわっているとき、ハチの子は洞の地面にあるものを見つけていました。10cmくらいの小さな草で、50セント硬貨(こうか)くらいの大きさの葉っぱがついています。ハチの子はこの草に触(さわ)らないよう注意して、そばまでいきました。そしてこう言いました。
「今度はアタシの番ね、ヘビさん。向こうむいて、『いち、に、さん』と三つ数えてもらえないかしら。『さん』と言ったら、アタシを探していいわ。そのときにはアタシ、消えてるから」
ヘビは反対側をむくと、「いちにさん」と言い、大きく口をあけて夕飯を食うぞというようにふり返りました。約束は守ったものの、ハチの子に時間をやらないよう、すばやく数えました。
しかし大きな口をあけたものの、ヘビはすっかり驚いて、ぽかんとそのまま凍(こお)りつきました。どこにもハチの子がいません。床を見まわしました。洞の壁(かべ)を見ました。木のわれめや隅(すみ)っこも見ました。小さな草のところもみんな見ました。でもいません! ハチの子は消えました。
尻尾でコマをまわしたのがどれだけすごかったとしても、ハチの子の芸は神業(かみわざ)だ、とヘビは思いました。あの役立たずのなまけものは、いったいどこに消えたんだ? ここか? いやいない。あそこか? いやいない。じゃあどこだ? どこにもいないぞ。どうやっても見つからない!
「わかったよ」 ついにヘビが言いました。「あきらめたよ、どこにいるんだ?」
小さな声がはるか遠くから聞こえてきました。でも、この木の洞の中からなのです。
「出ていっても、アタシを食べない?」とハチの子。
「食べないよ」 ヘビが返します。
「ぜったい?」
「ああ、ぜったい。でもどこにいるんだ?」
「ここ、よ」 そう言うと、ハチの子は小さな草の葉っぱの中から出てきました。
これはまったくミステリーなんかではなかったのです。小さな草はオジギソウでした。南アメリカではよくある草の一種で、中でもアルゼンチンの北部で多く見られます。ここのオジギソウは、ちょうどいい大きさなのです。オジギソウの変わっているところは、ちょっと触るだけで、その葉を閉じること。ここにあるオジギソウの葉っぱは、ミシオネスの街に生えるオジギソウと同じように、普通よりずっと大きく育ちます。そしてさあ、ハチの子が葉っぱに乗ったとたん、ぎゅっと葉を閉じてハチの子を包みこみました。それで完全に視界から消えたのです。ヘビはこの草のそばでずっと暮らしてきたのに、まったくその特徴(とくちょう)に気づいていませんでした。でもハチの子はそんな小さなことに目をつけたのです。そしてそれが命をすくいました。
ヘビはこんな小さなハチの子に負かされて、とても恥(は)ずかしくなりました。また気分を害してもいました。そんなこんなで、自分を食べないという約束をヘビに守らせ、その夜をハチの子は過ごしました。
ハチの子にとって、長く終わりのない夜となりました。ハチの子が洞の一角にすわり、ヘビが反対側の一角でとぐろを巻いていました。すぐに雨がはげしく降りはじめ、木のてっぺんの穴から、雨水(あまみず)が落ちてきて、床がぬかるみになりました。ハチの子はそこにすわり、ブルブルブルブル震(ふる)えていました。ヘビのほうは、ハチの子をひと飲みこみしようとでもいうように、ときおり頭をもちあげました。「約束したでしょ、約束したでしょ、約束したでしょ」 するとヘビは、羊みたいにおとなしく、頭をおろしました。ハチの子にまぬけと思われたくないのと同様(どうよう)、うそつきとも見られたくなかったのです。
家の中や戸外のお日さまの暖かさになれているハチの子は、洞の中のように、こんなに寒い場所があるとは夢にも思ったことがありませんでした。こんな長い夜も過ごしたことがなかったのです。
しかし木のてっぺんに朝日のきざしが見えると、ハチの子はヘビにさよならを言って、洞から這(は)い出しました。羽をたしかめると、今日はちゃんと動きました。そして最短コースで巣まで飛んで帰りました。
見張り番たちが立っていたので、ハチの子は泣きはじめました。ところが見張り番は何も言わずに、脇(わき)によけて、ハチの子を中に入れてくれました。この者たちにはわかったのです。賢い年長のハチですからね。言うことをきかないこのチビは、前の晩に追い払ったなまけもののハチではもうない、かわいそうな、少し賢くなったおチビさんなのだ、自分が生きている世界のことが、少しはわかったのだと。
それは当たっていました。それ以来ハチの子は、こんなハチは見たことないというくらい、朝から晩まで働いて、来る日も来る日も、花から花粉やミツを集めました。秋になると、このハチは巣の中でいちばんの働き者になりました。そして次の年から仕事につく年少のハチたちの先生に指名されました。最初の授業はこんな風でした。
「ハチは賢いからではなく、働くことですばらしい存在になります。ワタシは1度だけ、賢さをつかいました。それで命を救われました。でもワタシがほかのハチたちのように、ちゃんと仕事をしていたら、そんなことにはならなかったはずです。ワタシはただブラブラと飛びまわって、むだに力をつかっていました。働いていたとしても、そこまで疲れたりしなかったでしょう。自分に必要なこと、それは本分(ほんぶん)を果たすことでした。ヘビと木の洞で過ごした夜、そのことがわかったのです」
「働くのです、みなさん、働いてください。いいですか、何のためにみんな働いているのでしょう、みんなの幸せのためです、それぞれが自分の本分を果たせば、ちゃんと手にすることができます。これは人間が言っていることです。ハチにとっても真実(しんじつ)です。しっかりと誠実(せいじつ)に働いて、そうすれば幸せになれます。人間にも、ハチにも、それ以外の教訓(きょうくん)などありません」