ある農場の近くの森に、オウムの群れが住んでいました。毎朝オウムたちは農場にやって来て、トウモロコシを食べました。午後には果樹園(かじゅえん)でオレンジを食べて過ごしました。オウムたちはいつもキーキーとかん高い声で鳴いたり、おしゃべりをして大騒(おおさわ)ぎしました。でも、農夫が近くに来たら知らせる見張り番を、木のてっぺんに置(お)いていました。
オウムが繁殖(はんしょく)している地域(ちいき)では、農夫からオウムはひどく嫌(きら)われています。トウモロコシをかじって中の実を少しだけ食べ、あとは捨(す)てるので雨がふるとそれがくさります。ところでオウムの肉は、じょうずに焼くととてもおいしいのです。ここ南アメリカの農夫たちは、そう思っていました。それでここの人は、銃(じゅう)でオウムをよく狩(か)るのです。
ある日、この農場でやとわれている男が、見張り役のオウムを撃(う)とうとしました。オウムは羽をやられて、木のてっぺんから落ちました。しかしこのオウムは地面の上で、男にかみついたり、引っかいたりして闘(たたか)いをいどみました。最後には囚(とら)われの身となりましたけどね。男はそのとき、オウムのけがはそれほどではないことに気づきました。これを農場主の子どもたちへのおみやげにしたらどうだろう、そう考えました。
農場の奥さんは、オウムの傷(いた)んだ羽に添(そ)え木をあて、包帯をぐるぐるとからだに巻きました。オウムはすっかり傷(きず)がいえるまでの何日間か、静かにじっとしていました。その間に、オウムは人になついていきました。子どもたちはオウムをペドリートと呼びました。ペドリートはかぎ爪(づめ)を差し出して、握手(あくしゅ)することを覚えました。人間の肩にとまって、くちばしで耳をそっとかむのが好きでした。
ペドリートを鳥かごに入れておく必要はありませんでした。一日じゅう、農園にあるオレンジやユーカリの木で過ごしました。めんどりがクワックワと鳴くと、それをからかって遊びました。この家の人々は午後にお茶の時間を過ごしますが、ペドリートも食堂に行って、かぎ爪(づめ)とくちばしでテーブルクロスをよじ登り、自分の分のパンとミルクティーをいただきました。ペドリートのいちばんの好物(こうぶつ)は、ミルクティーに浸(ひた)したパンでした。
子どもたちはペドリートにたくさん話しかけたので、ペドリートも子どもたちに言葉をたくさん返しました。それで人間の言葉をいっぱい話せるようになりました。ペドリートは「こんにちは、ペドリート」とか「おいしいパパー、おいしいパパー」のように言えました。「ペドリート、パパーだよ」とも。「パパー」とは南アメリカでは「パンとミルクティー」のことをさします。ペドリートは言っちゃいけない言葉もたくさん覚えました。オウムは、人間の子どもと同じで、悪い言葉はすぐ覚えます。
雨の日には、ペドリートはいすにうずくまって、何時間もぶつぶつと言っていました。そしてお日様が出てくると、喜びの声をあげて、外に飛び出していきました。
ペドリートは、幸せで運のある鳥だったのかもしれません。鳥として十分に自由があるうえ、お金もちの人たちのように、午後のお茶が楽しめました。
さて毎日雨が降りつづく週があり、ペドリートはむっつりと部屋ですわって、不機嫌(ふきげん)に過ごしていました。自分にむかって不満をぶちまけていました。しかしある朝、ついにお日様があらわれ、空が晴れわたりました。ペドリートはもう自分をおさえることができません。「いい天気、いい天気、ペドリート」「おいしいパパー、おいしいパパー」「ペドリート、パパーだよ」「お手、ペドリート」 ペドリートは庭を飛びまわり、自分にむかって、めんどりたちに、あらゆるものに、きらきら光るお日様にも、楽しげに話しかけました。そして木のてっぺんから、ペドリートは遠くにある川を見つけました。キラキラと川は輝(かがや)き、平原を白いリボンのように流れていました。それでペドリートはそっちにむかって飛んでいきました。飛んで、飛んで、飛んで、すっかりくたびれるまで飛び、木の上で休みました。
と、少しはなれた地面の上に、なにか光るものを見つけました。木の枝のあいだから、緑の光が二つ、巨大(きょだい)なホタルみたいに光っています。
「あれはなんだ?」とペドリートは考えました。「おいしいパパー! ペドリート、パパーだよ。あれはなんだ? こんにちは、ペドリート。お手、ペドリート」 ペドリートはぺちゃくちゃと意味のないことを言いつづけ、言葉をまぜこぜにし、なにを言っているのかだれにもわからない状態でした。ぺちゃくちゃ言いながら、枝から枝へと降りていき、光をはっするものに近づいていきました。そしてついに、ペドリートは光るものはヒョウの目だとわかりました。地面にからだを沈(しず)め、じっとペドリートを見ていました。
でもこんな気持ちのいい日に、恐いものなどあるでしょうか? 少なくともペドリートにはありませんでした。「こんにちは、ヒョウさん」「おいしいパパー! ペドリート、パパーだよ。お手、ペドリート」 そんな風にご機嫌(きげん)でした。
ヒョウはなんとか優(やさ)しい声を出そうとしました。でもそれはバカでかいうなり声になりました。「ごんにぢわ、ゴウムぢゃん」「こんにちは、こんにちは、ヒョウさん。ペドリート、パパーだよ、パパーだよ、パパーだよ。おいしいパパー」
さて、いまは午後の四時になるところ。「パパー」のことを言ったのは、ヒョウにお茶の時間のことを伝えたかったからです。ペドリートはヒョウがお茶の時間も、パンとミルクティーの楽しみを知らないことも忘れていました。
「おいしいお茶、おいしいパパー。ペドリート、パパーだよ。ヒョウさん、いっしょにお茶をしませんか?」
ヒョウはだんだん腹がたってきました。オウムのペチャクチャは、自分をからかっているんじゃないかと思ったのです。またヒョウはたいへんお腹がすいていたので、このおしゃべりオウムを食ってやれ、と心に決めました。
「おまえ、いいやつだな、うんいいやつだ」 ヒョウが大声で言いました。「もうちょっと近くに来てくれないか。わたしは耳が遠い。おまえの言ってることがよく聞こえないんだ」
ヒョウの耳はよく聞こえています。オウムにもう少し下の枝まで降りてきてもらい、飛びつきたいのです。でもペドリートは、お茶の時間にこんなかっこいいヒョウを子どもたちに紹介したら、どんなに喜ぶだろう、と考えていました。ペドリートはもう一つ下の枝まで降りていき、またこう言いました。「おいしいパパー。ペドリート、パパーだよ。いっしょに家にいこうよ、ヒョウさん」
「もうちょっと近くに来てくれ。聞こえないんだ」とヒョウ。
それでペドリートは少し枝の端まで移動しました。「おいしいパパー」
「もうちょっと近くだ」 ヒョウが声をあげます。
それでオウムのペドリートはもう一つ、枝をおりました。そのときヒョウが、からだの二倍、三倍もの高さに跳びあがり(屋根の高さくらいあったかもしれません)、ヒョウの爪の先っぽが、ペドリートに達(たっ)しました。捕(つか)まえることはできなかったものの、ペドリートのしっぽの羽を全部引きぬいてしまいました。
「さあて、きみの家に行って、パンとミルクティーをいただこうか。おいしいパパー、おいしいパパー。おれの手がちゃんと届かなくって、運がよかったな」
恐ろしさとひどい痛みに耐(た)えながら、オウムのペドリートは飛びたちました。でもうまく飛ぶことができません。しっぽがない鳥は、舵のない船のようなもの。まっすぐに飛ぶことができないのです。ペドリートはジグザグ飛びで、あっちに行きこっちに行きしました。右へ左へ、上へ下へ、ジグザグ、ジグザグ。ペドリートに出会った鳥はみんな、頭がおかしいんだと思いました。それで道をあけてあげました。
それでもペドリートは、なんとか家にたどり着きました。家では食堂でみんながお茶をしていました。でもペドリートがまずやったことは、鏡で自分の姿を確かめることでした。ああ、かわいそうなペドリート。なんとみっともない姿、この世でいちばん妙ちきりんな鳥です。しっぽには一本の羽もなし。羽のあったところは、血が出てひどい状態です。恐ろしさでからだじゅうがブルブル震えています。誇り高い鳥が、そんなみじめな状態で、どうやって人前に出られるでしょう。
いつものパンとミルクティーが死ぬほど恋(こい)しかったけれど、ペドリートは、庭のユーカリの木の洞(ほら)まで飛んでいって穴に入りこみ、その暗闇(くらやみ)でじっとしていました。寒さから震えがとまらず、恥ずかしさで頭をたれ、縮(ちぢ)こまっていました。
そのとき食堂ではみんなが、ペドリートはどうしちゃったんだろう、と思っていました。「ペドリート、ペドリート」 子どもたちがドアのところから呼びました。「ペドリート、パパー、ペドリート。おいしいパパー。ペドリート、パパーだよ」
でもペドリートは黙(だま)っていました。じっと動きませんでした。穴の中にすわって、悲しく、打ちのめされ、落ちこんでいました。子どもたちはあちこち探しまわりましたが、ペドリートは見つかりません。どこかで迷子になってしまったのか、それともネコにやられたのでしょうか。子どもたちはとうとう泣きはじめました。
何日かが過ぎました。毎日、お茶の時間になると、農夫の家ではペドリートのことを思い出し、どんな風にやって来ていっしょにお茶をしたか話をしました。かわいそうなペドリート。ペドリートは死んでしまったのです。あの日から、ペドリートを見た者はいません。
でもペドリートは死んでなんかいませんでした。誇(ほこ)り高い鳥だっただけです。しっぽのない自分を見られたくないだけでした。みんなが夜、寝静(ねしず)まるまで、洞(ほら)の中で過ごしました。それから出てきて、何か食べるものを見つけ、また穴に戻っていきました。毎朝、朝日がのぼって、でもまだ誰も起きてこない時間に、ペドリートはキッチンに行って鏡で自分の姿を見ました。羽はひどくゆっくりしか生えてこなかったので、いらいらがつのるばかりでした。
ある午後のこと、家族みんなが食堂でいつものようにお茶をしていたとき、やって来たのは誰でしょう。ペドリートです。まるで何事もなかったかのように、部屋に入ってくると、いすの背に少しの間とまり、それからテーブルクロスをよじのぼって、パンとミルクティーをいただきました。みんなは嬉(うれ)しくて、笑い泣きしてしまいました。そして美しい羽に目をとめると、手をたたきました。「ペドリート。どうしてたんだ、ペドリート。いったいどこに行ってたんだ? 何があったの? そのきれいなきれいな羽はどうしたの?」
そうです、みんなは羽が新しいものだとは知りませんでした。ペドリートの方も、それについて何も言いません。起きたことを何も言うつもりはありませんでした。パンとミルクティーを一つ、また一つと食べていました。「パパー、ペドリート。おいしいパパー。ペドリート、パパーだよ」 こんな風に、いつものようにおしゃべりはしましたよ。でも、それ以外はなし。
それで次の日、ペドリートが木の上から舞い降りてきて肩にとまり、興奮気味にペチャクチャとしゃべり出したとき、農場の主人は大変驚(おどろ)きました。ペドリートはほんの1、2分で、何が起きたのかすべてを話しました。いい天気につられてパラナ川まで行ったこと。ヒョウをお茶にさそったこと。ヒョウがどうやって自分をだまして、しっぽを毛なしにしてしまったか。「毛なしだよ、一本の毛もなし!」 ペドリートはヒョウにされたことを思い出し、怒(いか)り狂(くる)ってそう繰(く)り返しました。そして農場の主人に、ヒョウのところに行って銃(じゅう)で撃(う)ち殺してくれ、と頼(たの)みました。
ちょうど農夫の家では、食堂の暖炉(だんろ)の前に置くじゅうたんが必要になりました。それで主人は近くにヒョウがいると聞いて、それは好都合(こうつごう)と思いました。農夫は家に銃を取りに帰り、ペドリートといっしょに川に向かいました。ペドリートがヒョウを見つけたら、注意をひくように声をたてる、と話し合いで決めました。そうすれば農夫がヒョウに近づいて、うまく狙(ねら)いをさだめることができます。
そしてことはこんな風に始まりました。ペドリートが木のてっぺんに飛びあがり、大声でペチャクチャはじめます。そうしながら、ヒョウがいないかあたりを見まわしました。すぐに木の下で、小枝をふむ音が聞こえてきました。そしてのぞきこむと、緑の光が二つ、こちらをじっと見すえていました。「こんにちは」 ペドリートは声をかけました。「おいしいパパー。ペドリート、パパーだよ。お手、ペドリート」
ヒョウはあのオウムがまたやってきたのを見て、腹をたてました。しかも前よりきれいな羽をつけています。「こんどばかりは逃さないぞ、グルルルー」 ヒョウはつぶやきました。目は以前にも増してらんらんと輝(かがや)いています。
「もっと近くだ、もっと近くだ。耳がわるくて聞こえないんだ」
そしてペドリートは、前にやったように、枝を一段、また一段と、大声でペチャクチャやりながら降りていきました。
「ペドリート、パパーだよ。おいしいパパー。この木の下にいる。お手、ペドリート。この木の下にいる」
ヒョウは聞きなれない一節(いっせつ)を変だなと思い、パッとからだを起こすと、うなり声をあげました。
「だれに話しかけてるんだ? なんでおれがこの木の下にいるなんて言う」
「こんにちは、ペドリート。ペドリート、パパーだよ、パパー」 ペドリートが答えます。そしてもう一段、さらにもう一段、下に降りました。
「もっと近くだ、もっと近くだ」とヒョウ。
ペドリートのところから農夫が銃を手に、そーっと忍(しの)びよってくるのが見えました。それに気をよくして、もう一段降りました。まさにもうヒョウの手のうちです。
「ペドリート、パパーだよ、パパー。おいしいパパー。準備はオーケー?」 さらに声をあげます。
「もっと近くだ、もっと」 ヒョウは飛びつこうとしながら言いました。
「お手、ペドリート。こいつがジャンプする。パパー、ペドリート」
そしてヒョウは、ポーンと宙にまいあがりました。でも今回は、ペドリートは準備ができていました。パッとヒョウの手のとどかない、木の高いところに飛びあがりました。そのとき農夫はしっかり準備を整えていました。そしてヒョウが地面に着地すると、大きな銃声(じゅうせい)があがりました。エンドウ豆くらいの鉛(なまり)の玉9個が、ヒョウの心臓をうちぬきました。大きなうなり声をあげて、ヒョウは倒(たお)れこみました。
ペドリートは大喜びでおしゃべりをはじめました。もう恐れることなく、森を飛びまわれます。しっぽの羽をなくすことは二度とないでしょう。農場の主人も大喜びでした。ヒョウを見つけるのはむずかしく、ヒョウの皮でつくった敷物(しきもの)はすばらしいのです。
農夫とペドリートは家に帰り、みんなもペドリートがずっといなかった理由、木の洞にかくれて毛がはえるのを待っていたことを知りました。子どもたちは、自分のペットのオウムが、かしこくヒョウをわなにかけたことを自慢(じまん)に思いました。
それからというもの、農夫の家では幸せな暮らしが長く長くつづきました。それでもペドリートは、ヒョウが自分に何をしたかを決して忘れませんでした。午後になって食堂でお茶が用意されると、ペドリートは暖炉(だんろ)の前に敷(し)かれたヒョウの毛皮のところに行って、パンとミルクティーをいっしょにいかが、とヒョウをさそうのでした。「パパー、おいしいパパー。ペドリート、パパーだよ。ヒョウさんにもパパー? おいしいパパー」
するとみんなが笑いました。ペドリートもいっしょにね。