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ミシオネスの風景(題字横、カラー) 魚を食べるワニ 潮を吹くクジラ 蒸気船 ワニ(縦位置) ダムと蒸気船 双眼鏡で見る船乗り 船乗りと話すワニ 銃弾を放つ蒸気船 洞窟の中の大トラナマズ 洞窟を訪ねた老ワニ 魚雷を運ぶワニと大トラナマズ 金モールのとりこになった大トラナマズ

南米ジャングル童話集

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その川は南アメリカにある、とても大きくて、まだ白人たちが来たことのない川でした。そこにはたくさんのワニが住んでいました。おそらく100ぴき、いや1000びきはいたかもしれません。ワニたちは昼には川でつかまえた魚を食べ、夕べには水辺にやって来たシカなどを食べました。暑い夏のさかりには、岸辺でからだをのばし、ひなたぼっこをしました。でもワニたちが好きなのは、なんといっても月に照らされた夜でした。月あかりのもと川にはいって泳いだり、尻尾(しっぽ)で水面を打って水浴びして遊びました。すると水を浴びたからだが、七色の虹(にじ)のように輝(かがや)きました。

ここのワニたちは、ずっと長いこと幸せに暮らしてきました。でもある午後のこと、みんなで岸辺に寝(ね)そべりうつらうつらしていたとき、一ぴきのワニが目を覚まし、(よくワニがやるようにして)耳をそばだてました。じっと耳をすませていると、はるか遠くの方から、なにか聞きなれない音が聞こえてきました。チャグ、チャグ、チャグ。

「おい!」とそのワニは、となりに寝ていたワニを起こしました。「おい、起きろ! なんか変だぞ」

「なんかってなにさ」 もう一ぴきが眠(ねむ)そうに目をあけて答えました。

「わからん」と最初(さいしょ)のワニ。

「聞いたことのない音だ。耳をすましてみろ」

もう一ぴきのワニも、耳をそばだてました。チャグ、チャグ、チャグ。

二ひきのワニは一大事と、川岸をいったりきたりして、仲間たちに知らせました。「大変だ、大変だ!」 すると川辺にいた兄弟姉妹(きょうだいしまい)、父母に叔父叔母(おじおば)がそろって起き出し、あっちへこっちへと尻尾をまるめて逃(に)げ出しました。しかし大騒(さわ)ぎしたところで、恐(おそ)ろしさがなくなるわけではありません。チャグ、チャグ、チャグ。音はどんどん大きくなってきます。そしてついに、川のむこうから、なにかがこちらに向かって来るのが見えました。灰色の湯気(ゆげ)をはきながら水面を動き、からだの両側でしぶきをあげていました。チャッシュ、チャッシュ、チャッシュ。

ワニたちはおどろきのあまり、顔をみあわせました。「いったいあれはなんだ?」

しかしワニの中に、もっともかしこく、経験のある老ワニがいました。とても年をとっていたので、たった二本しかちゃんとした歯がありませんでした。一本はうわあごに、もう一本はしたあごに。この老ワニは若かったころ冒険(ぼうけん)好きで、川をくだる旅をし、海まで行ったことがありました。

「あれがなにか、知っとる」と老ワニ。「クジラだ。大きな魚さ、背中に向けて、鼻から水をふきあげる」

これを聞いて、小さなワニたちは大声でわめきだし、「クジラだ、クジラだ、クジラだ」と叫びながら、水中にもぐって姿をかくしました。

すると老ワニが、となりで大口をあけて叫(さけ)んでいるちびワニを、尻尾でピシリと打ちました。「おだまり! なにも恐がるようなことはない。クジラのことなら、わしはなんでも知ってる。クジラというのは、たいした恐がりだ」 するとちびのワニたちはだまりました。

しかし少しして、またワニたちは恐ろしくなりました。灰色の湯気がとつぜん真っ黒になり、チャッシュ、チャッシュ、チャッシュ、が大音響で近づいてきたので、そこにいたワニはいっせいに水にもぐり、目と鼻の先だけ水面から出しました。

チャーッシュ、チャーッシュ、チャーッシュ。見なれない怪物(かいぶつ)が川をどんどんのぼってきました。ワニたちの目の前を、煙をもくもくと背中からはきだし、両脇(りょうわき)につけている回転するもので、はげしく水をかきまぜながら通過(つうか)していきました。

それは蒸気船(じょうきせん)でした。パラナ川を初めてのぼってきた船でした。チャッシュ、チャッシュ、チャッシュ。船はふたたび、遠くに離(はな)れていきました。チャグ、チャグ、チャグ。そして見えなくなりました。

一ぴき、また一ぴきと、ワニたちは水から岸に上がりました。みんな、あれはクジラだと言った老ワニに腹を立てていました。

「クジラじゃないじゃないか!」 ワニたちはちょっと耳のとおい老ワニの耳もとで叫びました。「じゃあ、いま通っていったあれはなんなんだ?」

老ワニはするとこう言いました。「あれはすごい力の蒸気船だよ。あの船がこの川を行ったり来たりしたら、ワニはみんな死んでしまうだろう」

ワニたちはみんなして笑いました。なんであの船が川を行き来したら、ワニが死ぬんだ? こちらに話しかけもせずに行ってしまったではないか。老ワニはみかけより、ものを知らないってことだ。そしてみんなは腹ペコだったので、水にもぐって魚をさがしました。ところがです。一ぴきの魚も見つかりません。蒸気船におどろいて、みんな消え去ったのです。

「はて、なんとわしが言ったかな?」と老ワニ。「いいかな、われわれが食べられる魚は一ぴきもいない。みんな逃げてしまったんだ。しかし、明日を待ってみようではないか。おそらく船はもう戻(もど)ってはこまい。であれば魚たちはだいじょうぶと思って、帰ってくる。われわれは魚が食える」 しかし次の日、蒸気船はまた音をたてながら、川をのぼってきました。前の日と同じように黒い煙をはき、両脇につけたまわる車輪(しゃりん)で川じゅうをあわだてながら。

「あれを見ろよ!」とワニたちが大声をあげました。「われわれはどうなる? 船は昨日きた。今日もきた。明日もくるだろう。魚は戻ってはこまい。水を飲みにくる動物もいなくなる。もうおしまいだ!」

しかしかしこいワニが一ぴきいて、いい考えを思いつきました。「川にダムをつくりませんか。蒸気船はダムをのりこえることはできませんから」

「それだよ、それだよ。ダムだ、ダムだ。ダムをつくろう!」 ワニ全員がそろって岸に突進(とっしん)しました。

ワニたちは岸に沿ってのびる森にはいっていきました。そしてできるだけ固い木(クルミやマホガニーといった)を切りはじめました。10,000本はくだらない幹(みき)を、尻尾にあるのこぎり型の突起(とっき)で切っていきました。切った木を川まで引いていき、川幅(はば)いっぱいに、1メートル間隔(かんかく)で水の中にたてました。川底に丸太の先を深くうめこみ、枝どうしをしっかり組みました。これで蒸気船は、大きかろうと小さかろうと、この川を通れません。魚をおどすものは、もういません。ワニたちはまた、おいしいごはんを昼も夜も、毎日食べられます。ダムを完成(かんせい)させるのに夜中までかかり、そのあとワニたちはそろって岸辺にいって、ぐうぐう眠りました。

チャグ、チャグ、チャグ。チャッシュ、チャッシュ、チャッシュ。チャーッシュ、チャーッシュ、チャーッシュ。

次の日、船がやってきたとき、ワニたちはまだ眠っていました。ちょっと目をあけはしましたが、またすぐに眠ろうとしました。あの船にかまう必要があるでしょうか? いくらでも音はたてられるでしょうが、あのダムを超(こ)えることはできません。

そしてことはこんな風に起こりました。船の音はやがて止みました。ブリッジで舵(かじ)をとっていた男たちが、双眼鏡(そうがんきょう)を取り出して、川を横ぎる変な障害物(しょうがいぶつ)を調べはじめました。そしてもっと近くで見るために、小さなボートを送りだしました。そのときになってやっと、ワニたちは起きだして、水辺にかけつけました。ダムのうしろまで泳いでいって、そこで浮(う)いたまま丸太の間から下流を眺(なが)めました。ワニたちは笑いがとまりません。そして蒸気船のことをからかって楽しみました。

小さなボートがやってきて、乗っていた男たちが、ワニたちのつくったダムがどんなものか見ました。男たちは蒸気船に一度戻り、またボートを漕(こ)いでダムに戻ってきました。

「おい、おまえら、ワニさんよ」

「なんかご用でしょうか?」とワニたちが、丸太の間から頭を突き出して言いました。

「このダムがじゃまなんだよ!」

「それがどうかしましたか?」 ワニたちが答えます。

「通れないじゃないか!」

「そのとおり!」

「いいか、このじゃまものをどけるんだ!」

「のーけーません!」

ボートの男たちはしばらく相談していましたが、また声をかけてきました。

「ワニさんよ!」

「なんかご用でしょうか?」

「ダムをどけてもらえないか?」

「だめです!」

「だめ?」

「だめです!」

「そうかい、いいか、おぼえてろ!」

「いつでもどうぞ」とワニたち。

ボートは蒸気船に帰っていきました。ワニたちはもううれしくてうれしくて、尻尾を水面にピシリピシリと打って大喜び。どんな船ももう、ここを通ることはできません。魚たちを追いはらうことはできません。

ところが次の日、蒸気船は戻ってきました。それを見たワニたちは、びっくりして言葉が出ません。昨日の船とはちがう船でした。もっと大きくて、ネズミみたいな色をしていました。蒸気船はいったい何隻(せき)あるんだ? この大きな船はダムを通ろうとしているんだ! できるものならやってみろ! だめったらだめ! 蒸気船は、小さかろうと大きかろうと、ここを通れません!

「あいつらは通れっこない!」 丸太のうしろに陣どっているワニたちが言いました。

こんどの船も、前の船と同じように、ダムから離れたところで止まりました。そして小さなボートを漕(こ)いでやってきました。8人の船乗りと指揮官(しきかん)が一人いっしょにいました。その指揮官が声をあげました。

「おい、おまえら、ワニさんよ」

「どうかしたんですか?」とワニたち。

「ダムをどけてくれ」

「だめです!」

「だめだって?」

「だめです!」

「そうかい」 指揮官が答えました。「そっちがそうなら、ダムをうちこわすことになるぞ」

「やりたいなら、どうぞ!」とワニたち。

ボートは蒸気船に戻りました。

しかしこのネズミいろの蒸気船は、普通の蒸気船ではありませんでした。装甲板(そうこうばん)と強力(きょうりょく)な大砲(たいほう)を装備(そうび)した戦艦(せんかん)だったのです。河口(かこう)まで旅をしたことのある老ワニは、そのことを思い出しました。そしてワニの仲間たちに大声で叫びました。「もぐれ! 命がおしければもぐれ! こっちに向かって撃(う)ってくるぞ。水の中にもぐるんだ!」

ワニたちはいっせいに水にもぐり、岸辺に向かいました。そこでじっと動かず、鼻と目だけ出して隠(かく)れていました。船の腹からものすごい火の粉があがり、煙がもくもくと広がり、そのあと耳をつんざく爆発音(ばくはつおん)が起きました。強烈(きょうれつ)な砲弾(ほうだん)が宙(ちゅう)をつらぬき、ダムのちょうど真ん中に当たりました。丸太が二つ三つこなごなにぶっとばされ、下流に流れていきました。2発目、さらに3発目、そして4発が発射(はっしゃ)され、ダムに大きな穴をあけました。最後に、ダムは全滅(ぜんめつ)しました。丸太も小枝も、木の皮もこっぱみじん、きれいに消えました。目と鼻だけ水から出していたワニたちは、戦艦(せんかん)が蒸気を出しながら近づいてきて、あざ笑うように汽笛(きてき)を鳴らすのを耳にしました。

ワニたちは岸にあがり、戦闘会議(せんとうかいぎ)を開きました。「われわれのダムは耐(た)えられなかった。新しいのを、もっとがんじょうなものを作らねば」

ワニたちは次の日の午後から夜にかけて、できるだけ太い木を見つけ、前のものよりもっと頑丈(がんじょう)なダムを作り上げました。戦艦が翌日(よくじつ)来たとき、ワニたちはまだぐうぐう眠っていたので、ボートがやってくるのに間に合うよう、大急ぎでダムのところに向かいました。

「おい、ワニども!」 昨日と同じ指揮官が声をあげました。

「またいらっしゃったよ」とワニたちがからかうように言いました。

「こいつをどけるんだ!」

「なにがなんでも、だめです!」

「そうかい、じゃあ昨日みたいに吹きとばすぞ」

「やってごらんなさい、うまくいくといいですね!」

そうです、ワニたちは今度のダムはどんなすごい大砲でも持ちこたえる、と信じていたので、大口をたたきました。船乗りたちも、そう思ったかもしれません。最初の砲弾をはなったとき、ダムは大爆発を起こしました。戦艦は破裂弾(はれつだん)をつかっていました。丸太と丸太の間で爆発し、いちばん太い丸太をこっぱみじんにしました。2発目は最初の砲弾のすぐとなりで爆発しました。3発目は2発目のとなりで爆発しました。砲弾はダムの端(はし)から端まで打ち壊(こわ)しました。川幅いっぱいのダムは、すべて壊され、なにも、なにも、なにも、なくなりました。戦艦が昨日のように煙をあげながら岸辺までやってくると、船乗りたちは笑いをかみ殺しながらワニたちをからかいました。

「見ろよ!」 ワニたちは水から出てきて言いました。「おれらは死ぬぞ。蒸気船は毎日やってきて、行ったり来たりする。一ぴきの魚もいなくなるぞ」

赤ちゃんワニたちはしくしく泣きはじめています。もう三日もごはんを食べていないのです。悲しみに打ちひしがれたワニたちが岸辺に集まり、老ワニがなにを言うか待ちかまえました。

「ひとつだけ手がある」 老ワニはそうはじめました。「大トラナマズ*のところに行って、話してみよう。わしが若かったころ、あいつと海まで旅をしたんだ。あいつは2隻の戦艦が戦っているのを見た。それで不発の魚雷(ぎょらい)を家に持ちかえった。あいつのところへ行って、それをもらえないか聞いてはどうだろう。大トラナマズはたしかにわれわれワニをきらっている。でもわしはあいつと、うまくやっていた。あいつはいいやつだ。少なくとも、われわれを飢(う)え死にさせたくはないだろう」

ほんとうは、何年か前に、あるワニがその大トラナマズのかわいがっていた孫(まご)を食べてしまったのです。そのせいで、大トラナマズはワニのもとを訪れたり、お客に呼んだりするのをことわってきました。それでも、ワニたちは一団となって、大トラナマズが住んでいる土手の下の大きな洞窟(どうくつ)に向けて出発しました。2メートル近くもある大トラナマズがいますが、この魚雷(ぎょらい)持ちの大トラナマズは、そういう種類でした。

「大トラナマズさん、大トラナマズさん」 洞窟の入り口でワニたちは声をかけました。誰も中には入っていこうとしません。孫を食べちゃったことがありますからね。

「だれだい?」と大トラナマズが答えました。

「わたしたち、ワニです」 ワニたちが声をそろえて言いました。

「ワニとはつきあわないんだよ」 大トラナマズが不機嫌(ふきげん)に答えました。

それで二本歯の老ワニが一歩前に進み出て、こう言いました。

「どうしたんだよ、わしだよ、トラさん、ワニやんを忘れたのかい? 若いころ川をいっしょにくだった友だちだよ」

「あーそうかそうか、きみか。最近はどこでどうしていたんだい?」 大トラナマズは昔の友の声を聞いて、びっくりしながらも喜びました。「わるいわるい、きみとは知らなかった。なにがあったんだ? おれになにをしてほしいんだい?」

「きみが見つけたほら、あの魚雷のことでお願いにきたんだ。戦艦がこの川を行ったり来たりして、魚をみんな追い払ってしまったんだよ。すごくでっかい船だ、なにからなにまで、装甲板から銃からすべてがでかい。ダムをつくったんだよ、でも壊されてしまった。もう一つダムをつくった。それも吹き飛ばされた。魚はみーんないなくなって、われわれは一週間近くなにも食べてない。魚雷をきみがくれたら、なんとかできると思うんだ」

これを聞いて、大トラナマズは長いこと考えていました。そしてこう答えました。

「魚雷の件はわかった、いいだろう。きみらがおれの初孫(はつまご)にしたことは忘れよう。しかし一つ問題がある。魚雷を扱(あつか)える者はいるのか?」

ワニたちは口をつぐみました。だれひとり魚雷など見たこともなかったのです。

「じゃあこうしよう」 大トラナマズが声をあげて言いました。「おれがきみらに同行(どうこう)しよう。おれは長いこと、魚雷と暮らしてきたからな。魚雷のことならなんでも知ってる」

最初の仕事は、魚雷をダムのところまで運ぶことでした。ワニたちは列になり、うしろの者が前の者の尻尾をくわえる、という風にして一列に並びました。列は全長400メートルにもおよびました。

大トラナマズが魚雷を川の中におしだし、その下にもぐりこんで背中に乗せ、水面近くにもちあげました。そして列のいちばんうしろのワニの尻尾をかむと、前進!と合図を送りました。大トラナマズは魚雷を水面にたもち、ワニたちが前で大トラナマズを引いて泳ぎました。こんな風にしてかなりのスピートで進んでいったので、魚雷のうしろには大きな波がたちました。そして次の朝までに、ダムのところまで戻りました。

留守番(るすばん)をしていたワニの子どもたちが、戦艦はもう流れをのぼっていったと報告(ほうこく)しました。しかしこれを聞いて、ワニたちはむしろ喜びました。さあ、新しいダムをつくるときがきた、前のものよりずっと頑丈(がんじょう)なやつだ、蒸気船をわなにかけてやろう、そうすればやつらはもう家に帰ることはできない。

ワニたちはその日一日じゅう、そして夜の間も、ダムづくりに専念(せんねん)しました。堤防(ていぼう)といっていいくらいのぶあついダムで、ワニが頭を入れるすきまもないくらい、丸太でぎっしり詰(つ)まっていました。朝になって戦艦がやってきたとき、ちょうど工事がおわりました。

そして今度も、手漕ぎボートで8人の男と指揮官が近づいてきました。ワニたちはダムの陰(かげ)でワクワクしながら待っていました。前足で水をかいて姿勢(しせい)をたもちながら、今回は下流の側(がわ)にいました。

「おい、ワニどもよ!」と指揮官が呼びかけました。

「なにか?」とワニたち。

「またダムかい?」

「一回でうまくいかなければ、何度でもどうぞ!」

「このダムをどけろ!」

「だめです!」

「だめだって?」

「だめってことです!」

「よおしわかった。いいかワニどもよく聞けよ! いうことをきかないなら、このダムも壊してやる。だがな、四つ目のダムをつくる面倒(めんどう)がないように、ここらへんのワニ全員を撃ち殺す。そうだ、一ぴき残らずだ。メスも子どもも、でかいやつも小さいやつも、太ったのやせたの、そこにいる二本歯のおいぼれワニもな」

老ワニは、指揮官が自分をぶじょくしているとわかり、こう答えました。

「お若いの、きみの言うことは正しい。わたしはたった2本の歯しかない。ちびて割れてる1、2本をいれなければな。だがな、この2本の歯で昼メシに何を食うか、知ってるか?」 こう言いながら、老ワニは口をおおきく、おおきく開けました。

「ふん、なにを食うつもりなんだ?」 船乗りのひとりがたずねました。

「そっちのボートにいるちっぽけな海軍将校(かいぐんしょうこう)だよ」 そう言うと老ワニは水にもぐり、姿を消しました。

そうこうするうちに、大トラナマズが魚雷をダムの真ん中まで運びこみました。四ひきのワニが魚雷をすばやく川底に沈(しず)め、水面にあげる指示(しじ)がくるのを待っていました。それ以外のワニたちは、いつものように岸辺に沿って集まり、目と鼻だけ水から出していました。

ボートは戦艦に戻りました。男たちが戦艦に乗り込むのを見て、大トラナマズは魚雷のところまでもぐっていきました。

突然、大きな爆発音がひびきました。戦艦が発砲(はっぽう)をはじめ、最初の砲弾がダムの中央に当たり、爆発しました。大きな割(わ)れ目ができました。

「いまだ! いまだ!」 大トラナマズが鋭(するど)い声で指示しました。魚雷をつっこむすきまができたからです。「魚雷をあげろ、あげろ!」

魚雷が水面に出てくると、大トラナマズはそれをダムの割れ目に差し込み、すばやく片目をつぶって狙(ねら)いを定(さだ)め、歯で魚雷の引き金を引きました。魚雷のプロペラが回転しはじめ、戦艦めがけて飛んでいきました。

さあいよいよ戦闘のはじまりです。次の瞬間(しゅんかん)、2発目の砲弾がダムで爆発し、別の場所を大きく決壊(けっかい)させました。

そのとき魚雷が自分たちに向かってくるのを船の男たちは見ました。水を泡(あわ)だ立てながらすごいスピードで近づいてきます。船乗りたちは恐ろしくなって大声をあげ、戦艦を動かして逃れようとしました。

しかしとき遅し。魚雷は船の真ん中をつらぬき、大爆破(ばくは)しました。

魚雷がどんな音をたてるか、あなたは想像もできないでしょうね。戦艦を千億(せんおく)ごえの破片(はへん)にまでこなごなにし、銃砲(じゅうほう)を、戦艦の煙突(えんとつ)を、砲弾や手漕ぎボートを、すべてを何百何千メートル先まで吹き飛ばしました。

勝利にワニたちは声をあげて喜びました。そしてダムの方に急いで泳いでいきました。ダムの割れ目から丸太の破片が流れ出し、船乗りたちは必死で岸まで泳ごうとしました。男たちが目の前を泳いでいくのを見て、ワニたちは前足で口をおおって笑いを噛(か)み殺しました。ちょうど三日前に船乗りたちがやったようにして。ワニたちは男たちを食ってしまうのはやめました。食われて当然のやつもいましたけどね。金モールの青い制服姿(せいふくすがた)の男が泳いできたとき、老ワニが水に飛び込みダムの方に向かいました。ガブリ。ガブリ。たった二口で金モールを食べてしまいました。

「あいつはだれなの?」 そうたずねたのは、ものを知らない若いワニでした。学校でなにひとつ学んだことはなく、なにが起きたのか理解(りかい)していなかったのです。

「あれは指揮官だよ」と大トラナマズが教えました。「おれのダチのワニやんはあいつを食ってやると言った、だから食ったまでさ」

ワニたちはダムのざんがいを取り壊しました。もう船は二度とやってこないと思ったからです。

将校(しょうこう)の金モールのとりこになった大トラナマズは、あれを魚雷のお礼としてもらってもいだろうか、と尋(たず)ねました。ワニたちは、老ワニの2本の歯にはさまったモールが取れれば、いいですよ、と言いました。ついでに指揮官のベルトもどうぞ、といってあげました。すると大トラナマズはベルトをヒレの下に巻きつけ、金モールをひげにひっかけて、一時間ものあいだ、ワニの群れの前を行ったり来たりして泳ぎました。ワニたちはサンゴヘビにも劣(おと)らないほど美しい背なかの模様(もよう)をほめたたえ、大トラナマズのみごとな正装(せいそう)に口をあけて見入りました。そして土手の下の洞窟まで、大トラナマズの栄光(えいこう)をたたえて見送っていきました。なんどもなんどもお礼の言葉をのべ、帰るときには3回もさよならを言いました。

住みかにもどると、魚たちが川に戻っているのに気づきました。次の日、新たな蒸気船がやってきました。でもワニたちは知らんぷり。もう魚たちも蒸気船に慣(な)れてしまったのです。だから逃げたりしませんでした。以来、船はこの川をオレンジを積んで、行ったり来たりするようになりました。蒸気船のチャグ、チャグ、チャグを耳にすると、ワニたちは目をあけ、以前はこれを聞くとどれだけ自分たちが恐がったか、でも最後には戦艦を沈めたことを思って笑いあいました。

戦艦のほうはといえば、老ワニが将校を食べてしまってからは、一隻たりともこの川をのぼってくることはありませんでした。


*このお話にでてくる大トラナマズは、南米でsurubíと呼ばれる大ナマズのことです。ナマズ目ピメロドゥス科プセウドプラティストマ属の淡水魚で、日本語ではタイガーシャベルノーズキャットフィッシュと言われています。



パラナ川で泳ぐワニたち



パラナ川(カラー)