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ナ・イヤン・ウイッテ、
最初のウサギ追い(1)

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 籠女が背に大きな籠をしょって、メサを登ってやって来きました。後ろにはカンプーディの子供たち、コーン型の籠を肩からぶらさげた女たちが連なっています。アランはそれを見て、手をたたいて大喜び、小道を走りでて行きました。
 「ウサギ追いを見にいく」籠女は、籠帽子の縁からキラキラしたすばしっこい黒い目をのぞかせて言いました。アランはハゲタカのメリーゴーランドを見に行ったあの日以来、籠女のことを恐れる必要はないとわかっていましたが、他のインディアンたちがまだ少しこわかったので、籠女の横をスカートのはしをつかんで歩きました。女たちはアランのことを見ては、白い歯を見せ、ざっくりとした黒髪を後ろにはらいながら笑いころげていました。女たちはいやな感じで笑っていたわけではないのに、アランは自分のことを言い合っているのだと思いました。やがて丘の下のあばらやから男たちがいっせいに出て来るのが見えてきました。男たちはみんな徒歩でしたが、年老いた10人あまりの男たちは小さな跳ね小馬に乗って、脇腹をけり上げながらすごいスピードでやって来ました。男たちは黄色い砂ぼこりをあげながらメサを駆けのぼってきて行きました。西の方にむかって男たちは点のように小さく見えなくなり、その間を何かが走り抜けていき、いま縄のように太かったと思ったらそれは尻尾を振りたてながら空中に溶けていきました。そして男たちは馬から飛び降ると、メサの上で何か探しはじめました。アランは籠女のスカートを引っ張りました。
 「あの人たちが何してるのか教えて」とアラン。
 「ヤナギの二また杭に網を仕掛ける」籠女が答えました。若者と年の少しいった男たちが、メサを横切るように、人三人分の背丈くらい間隔をおいてセージのやぶの中に一列に並んでいきました。何人かは腕に銃をかかえ、その他の者はこん棒を手にしていました。みんな楽しそうで、笑い合ったり、互いに声をかけあっていました。そして一斉に行進するような歩みで、茂みをたたきながら前へ前へと進みはじめました。やがてセージの茂みからウサギが一ぴき跳ね上がり、大きな歩幅で男たちの前に走り出ました。網の向こう端でも、ごろごろ石のウォッシュから別のウサギが跳ね上がり、やせた脇腹を天に向けました。
 すると猟をしていた男たちはワーッと歓声をあげて手をたたき、一人が歌を歌い始めると、歌は列にそって男から男へと伝わっていきました。そしてインディアンが歌のときよくするように少しかがんで、からだを揺らしながら、スタッカートのリズムで足を踏みならしながら前へ進んでいきました。ウサギたちは茂みの中から飛び出して、男たちの前を草の波が起きたように走っていきました。ウサギたちが耳を後ろになびかせながら宙を跳ねていくと、叫び声と笑い声はますます大きく、歌声は高まりました。風がその歌声をずっと後ろの方にバラバラと立っている女や子供たちのところに運び、女子供はそれを拾い上げて、こんな歌を返しました。


 でもどの男たちも、好きなところから歌い初め、好きなところでやめるといった風でしたし、ウサギが足元から現れたり、飛び越えていったり、砂地に投げ出されたりすると、リフレインは何度も乱れました。また歌は歌詞のあるところも、狩りをしているようではなく、アランにはゲームをして遊んでいるように聞こえました。
 「ヘーヤーヒ、ヒ!捕った、とった、白とった、とった」
 「ナ・イヤン・ウイッテ!」クックッと笑いながら籠女。「ナ・イヤン・ウイッテ!ナ・イヤン・ウイッテ!それは昔とおんなじ、さあ見てごらん、見えるだろ」



ナ・イヤン・ウイッテ、
最初のウサギ追い(2)

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 メサの砂ぼこりのせいなのか、砂から立ち上がる熱の矢のためか、あるいは籠女が手をアランの肩に置いたからなのか、アランが男たちの方をふたたび見ると、みんなさっきとまるで違ったかっこうをしていました。帽子を脱ぎ、上半身ははだか、シカ皮のズボンをはいていました。クーガーの皮でできたしっぽ付きの矢筒を肩に掛けていましたが、その中には黒曜石の矢じりにワシの羽根をつけた矢が身を尖らせていました。どの男も手に弓かヤリをたずさえていました。きらきらとしたビーズと色とりどりの貝殻の飾りが、男たちの髪の上で輝いていました。ウサギが男たちの足元をバッタのように何匹となく走って行き、歌と雄叫びは荒々しく、野性味をおびてきました。「これはいったい何なの?」アランが聞きました。
 「ナ・イヤン・ウイッテ、ナ・イヤン・ウイッテ」籠女は笑いながら答えました。「わかったわかった。この歌のお話をしてあげよう。どの歌にもみんなお話があるから。何の歌かわからないものもあるけど。銃のそばに近づかない方がいいから、アランこっちにきて坐る。ここでお話しよう」
 そこでアランはヤマヨモギをしなるように折り曲げてその上にすわり、籠女はひざをかかえて地面の上にすわりました。
 「ずっとずっと昔」と籠女。「人と獣が話ができたころ、ウサギ族ほど仲が良くて、あんなにいっぱいウイキアップのそばにいるものはなかった。わたしたちの首長たちの中にはナ・イヤン・ウイッテの遊びをわたしたちに教えたのはやつらだと言っている者もいる。ほんとうのことなのか、わたし知らない。だけど、あいつらほどずる賢くこの遊びする者もいなかった。遊びの仕方はこう。まず2本の棒きれがいる。シカの前足の骨のかけらならもっといい。手に握れるように小さくなめらかにしたもの。一方は真っ白、もう一方は黒く塗ってしるしをいれたシカの腱つきのもの。この二つを競技者は手から手へ渡していく。見ている者は白い方がいまどこにあるのかを当てる。当てたものがみんなの持ち物を勝ちとる。とても面白い競技。人間どうしのときは、何度かやっているうちに互角になる、あるとき一人が勝てば、つぎは別の人が勝つから。でもウサギ族とやると、そうはいかない、ウサギ族がいつも勝つから。それで人々はみんなで力を合わせ、あらゆるインディアンの部族たちが、ウサギ族と戦うために一つになった。みんなはメサの上に2列に長く並び、その列の間には持ちもの全部が高く積み上げられた。ビーズや貝殻のかざり全部、羽根製品やすばらしく装飾されたシカ皮全部、美しい仕上げのモカシン全部、矢筒、弓矢、毛布全部、籠、ゴザ。そこで人々は朝日とともにゲームを始めた。昼なっても続け、夜なれば火を焚いて続けた。夜中も続け、朝がやってきてゲームは終わった。インディアンたちはすべてを失った。」「アイ、アイヤ!」と籠女。



ナ・イヤン・ウイッテ、
最初のウサギ追い(3)

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 「ずっとずっと、あの日の悔しさをウサギ族は忘れないだろう。インディアンたちが初めて、どうやってウサギ族を負かしたらいいか、ともに考えることを始めた日を。まずみんなはミルクウィードを集めた」。籠女は腕をのばすと、そばに生えている白い花に青々とした葉のすらりとした植物の茎を引き抜きました。「その茎を裂いて」と籠女は草を石の上に置いて、軽く棒きれで打ちつけて、「それから柔らかくて白い繊維を引き出して、それを糸のように巻いていった」
 籠女は繊維を片方の手で引っぱり、反対の端をひざにねじりねじり巻いていきました。「こうやって糸にして、それから網に編んでいく。網目はちょうどウサギの頭が通るようになっていて、体は通らない。それに網はウサギがぴょんと一飛びで逃げ出すには幅広で、長さだってメサの半分をおおわんばかり。そこである日、網が張られ、さっき見たみたいにウサギ追いが始まった。インディアンたちはこれまでの怒りを思い出し、ウサギ族をののしった。そうやってナ・イヤン・ウイッテの歌は作られた。さあ、あっちに行って、どうやってウサギ族をしてやるのか見に行こう。昔どおりのことがこれから始まる」
 このときには男たちの列は、メサを横切って着々と網に向かって進んでいました。ときどきウサギは向きを変え(びっくりしてそうなるのですが)、男たちが歩み進んでくる間を走り抜けました。もっとも近くにいる者が走ってきたウサギを撃ち、獲物は女たちが拾いあげるためにそこに残されました。すでに最初の方のウサギたちは網のところにいて、網を見て引き返そうとして、ハンターの方にむかって跳びはね、また網の方に逆戻りしました。ウサギたちがキーキーとするどい声をあげて狂ったように走りまわっている通り道の両端を、年老いた男たちがふさぎました。何匹かは頭だけ網目につっこんでいました。ウサギの習性としてあともどりができないので、もがいて大声をあげ、さらに網にからまりつきました。めくらめっぽうの逃げ足で網に飛びかかり、地面に投げ出されて気絶するものもいました。
 それから男たちは仕事をするために、とても大切な仕事のために、歌うのをやめました。ウサギの乾燥肉や毛皮でつくる毛布など、冬の食糧や保温用の貯えで小屋を満たしていくのです。男たちは獲物の最後の始末をするため、こん棒や銃の端をつかってウサギの息の根をとめました。女たちが子供をつれて出てきて、男たちが額に汗してウサギを殺していくそばで、獲物を入れた籠を次々に積み上げていきました。ウサギのほとんどはアランがジャックラビットという呼び名で知っているウサギでしたが、籠女がつかみ上げたのは小さな太ったワタオウサギでした。
 「これは小さなタボット」と籠女。「夕ごはんに食べるといい」。アランの心はまだ最初のウサギ追いの話をぐるぐるしていました。「でもあの話、ほんとうのこと?」アランはありがとうを言う前に、こう籠女に聞きました。
 「お話がほんとうだっていう、これが証拠」と籠女。「あの日以来、ウサギ族が道でインディアンに出会ったら、いまのウサギがそうするように、一目散に逃げていく。それはナ・イヤン・ウイッテと最初のウサギ追いがあったから」。と言って籠女は笑いました。でもアランはもらった獲物を肩にかついで、メサの上をゆっくりと戻りながら、まだよくわからないのでした。

(2003.9.21.改稿)

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