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メリー・ゴー・ラウンド(1)

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籠女はその日、入植者の妻のたのみで、泉に洗濯に来ていました。すっかり籠女と仲のいい友達になっていたアランは、焚き火のためのヤマヨモギを集めていました。コヨーテもそばにやって来ていました。よく晴れた、見晴しのいい朝で、ときどきパイン・マウンテンから吹きおろす冷たい突風をのぞけば、暖かでここちよいお天気でした。紫ルピナスが谷間に湖をつくり、野生のアーモンドが山の斜面で、これが最後とうす紅色に燃え盛っていました。泉のまわりではブドウのつるが、満開の花々とやわらかな葉でたわわになっています。東を見ると、開けた空に大きく突き出たメサの上で、ハゲタカたちがメリー・ゴー・ラウンドをしています。アランはハゲタカが太陽の真下で円を描いて回っているのを見ると、いつもメリー・ゴー・ラウンドのようだと思いました。ハゲタカたちは、いま低く低く、ボサボサした羽のほつれが見えるくらい低く飛んでいたかと思うと、今度は高く高く、大空の中の小さな点になって、ぐるぐると回りつづけていました。

 「なんであんなにグルグル回っているの?」アランが籠女に聞きました。
 「夕食を待ってグルグルしてるけれど、テーブルの仕度はまだだから」。籠女はあまり英語がうまくありません。アランには籠女の話がちゃんとわかりましたけれど、他の人にはどうでしょうか。小さな少年にはハゲタカの夕食がどんなものなのか、考えてはみたけれど、うまく想像できませんでした。蜃気楼のせいで水が波うってみえる高いメサの上は、アランには静かで平和な魔法の場所のように見えました。セージの根っこのところにできた砂の山に頭をのせ、すっかりいい気分で横になって、何時間もメリー・ゴー・ラウンドを見上げていることがよくありました。見ていると、やっと目が届くくらいの空高いところから新たに加わって、いっしょに吊り下がって回りながら、空の彼方に消えいりそうになるものはあっても、輪から離れていくものはいないことにアランは気づきました。そして群れはときどき、メサの縁より低く沈んで、アランの視界から消えたので、何をしているのかと心がかき立てられました。
 その朝も、泉でアランはヤマヨモギの焚き火の番をしながら、ハゲタカたちを見ていました。そこにコヨーテがやって来て、そっちの方角に向かって行ったのです。頭の片一方をつりあげるようにして、歩きながらメリー・ゴー・ラウンドを目の端で見ているような格好でした。
 アランはその小さな灰色の獣が、泉にいる自分たちに気づいていないと思っていましたが、そうではなかったのです。15分ほど前、寝ぐらのある雨溝から這い出てきたとき、コヨーテは少年と籠女の姿を見つけていて、銃をもっていないことを確認していました。銃がコヨーテの道筋の方に置いてあるのを見て、アランたちのそばまでやって来たのです。そこは泉の反対側で、コヨーテは片足をあげてしばらく休み、こっそり見つからないようにアランたちをのぞき見ていました。コヨーテはメサの方にむかって歩いていき、一度とまってこちらをふり返り、それからぐるぐる旋回するハゲタカを見上げ、また歩き始めました。
 「あいつ、どこに行くの?」とアランが聞きました。
 「あー」と籠女。「あいつも夕食に行く。あいつらがいっしょに、メサのところで食べるのはいいこと」
 アランが行く手を目で追っていると、コヨーテは立ちどまり、肩ごしにこちらを誘うように見たのです。それでアランは突然あのメサの上へ行って、メリー・ゴー・ラウンドがどうなっているのか見てこようと思いました。籠女はたらいの上にかがみこんでいて、アランが出ていくのに気がつきませんでした。アランがいないのに気づいたときは、家へ帰ったのだろうと思いました。アランはコヨーテの後を小走りでついていくうちに、黒セージと丸石だらけの見知らぬくぼ地のところに来ていました。それでもアランは、黒い羽がバサバサとはばたいている地点の上のところをめざして、歩いて行きました。メサに登る斜面はとても険しかったので、アランはじょうぶな潅木をたよりにして登っていきました。コヨーテを追いながら、メリー・ゴー・ラウンドをめざして、どんどん進んでいきました。




メリー・ゴー・ラウンド(2)

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 メサの上はとても暖かくて、晴天にもかかわらず、青い霧がかかっていました。メサの向こうはるか遠くには山々がやわらかな稜線を見せ、そのそばには、海から現れたイルカの背中のような低い丘の連なりがありました。メサにはアランの肩ほどのずんぐりした潅木がまばらに生えていて、少し開けた場所には、黄色い花をつけたウチワサボテンが広がっています。離れたところにぽつんと立っているのは、この地域で「領主様のキャンドル」と呼ばれている茎の長い白鈴のユッカです。アランは低木の茂みにはばまれて、コヨーテの後を追いかけることができなくなりましたが、コヨーテの夕食の場所と目星をつけている辺りに向かう家畜道をみつけ入って行きました。太陽が高くのぼり、メサの大気が熱さでゆらめいている中、アランは重い足どりで歩いていきました。
 アランがその日と次の日さまよい歩いた距離は、泉から30キロはあったと思われます。歩き始めてわずかの間に道に迷ってしまったのかもしれませんが、どちらにしても、アランの頭は茂みの上からほんの少し出ているだけでしたし、どこから見ても同じに見えてしまう低い丘のほかには、なんの目印もない場所でした。ハゲタカはといえば、空気を震わせながら、空高くかすみの彼方に上昇していました。アランはのどが渇きはじめ、疲れてきて、お腹もペコペコでした。家へ帰ろうと戻りはじめましたが、歩いても歩いても行き着かず、やっと自分が道に迷ったことに気づいたのでした。アランはやみくもにあたりを走りまわりましたが、そんなことをしても何の足しにもなりません。アランは泣いては走り、泣いては走りしているうちに、目がふさがり息ができなくなって、ついにその場にうっぷしてすすり泣きをはじめました。お母さんに会いたい、背中に籠をしょってメサを歩いてくる籠女に会いたい、と心から思いました。この時には、逃れようもない暑さになっていて、そのうえ近くにはわずかに葉のついた低木すらないところまで来てしまっていて、熱さのために流れる涙さえ乾いてしまうありさまでした。アランはしゃくりあげ、くちびるはかわいてひび割れていました。夜がやってきて涼しくなっても、アランは空腹でぐったりとなり、夜の闇が恐くて震えつづけていました。メサの向こうでは、コヨーテたちが遠ぼえをはじめていました。
 一方、入植者の小屋では、その夜はだれも眠りにつくことができませんでした。最初にアランがいないことに気づいたのは、正午近くのことでしたが、だれもアランがどこへ行ったのか見当もつきませんでした。母親は息子は泉に行っていると思っていましたし、籠女は母親のもとに帰ったと思っていたのです。小屋のあるあたりはメサと丘のふもとの方にむかって広く開けた土地でしたし、谷にむいた方は、何もない青白い砂地がのびているだけでした。
 入植者は息子がカンプーディに行ったのではないかと思いましたが、そこにもアランは来ていませんでした。インディアンの誰ひとりアランを見かけたものはありませんでした。午後3時になる頃には、インディアンの人々みんなが外に出て、泉のあたりをアランの足跡を探しまわっていました。そうしているうちに、辺りはみるみる暗くなって、捜すのをやめざるおえなくなりました。




メリー・ゴー・ラウンド(3)

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 次の朝、お日さまが登り始めるころにはもう、アランのことが大好きな籠女は、何か新しい知らせはないかと、あばら屋を出てきました。そして籠女が今日の天気をみきわめよう空を見上げたとき、ハゲタカたちが空を斜めに横ぎって、メリー・ゴー・ラウンドを始めました。とつぜん、籠女は前日のアランの質問を思い出し、ビーズのような目をキラキラと輝かせました。籠女はポニーを柵から出してインディアン風にまたがると、編み細工の水筒を肩にかけ、ふところに食べ物を一包み入れて、出て行きました。籠女はハゲタカが空に円を描いてぐるぐる回っているところに向かって、メサの縁を登っていきました。
 朝になってクレオソートの茂みの下で目を覚ましたアランは、自分がいま、前の日に目指していた場所の近くまで来ているに違いないと思いました。サボテンの茂みをこそこそ歩くコヨーテがいて、ハゲタカたちが頭のすぐ上で大きく輪をえがいていました。暑く、もやのかかった朝で、地面は白くひび割れ、じゃりがごろごろしていました。アランの右手向こうには、静かな青い水たまりが横たわり、広々とした川の水がやさしく波をたてて、音もなくそこに流れ込んでいました。コヨーテがそこに向い、肩ごしにこちらを振り返ったので、のどがからからのアランもそれに従いました。このまだ幼い男の子はちゃんと今の自分の状態がわかっていました。自分が道に迷ったこと、とてもお腹がすいていること、お父さん、お母さんをはやく見つけなくてはいけないこと。前の日、自分は山の方に向かって歩いてきたのだから、その反対の方へ歩いていかなければならないと思いました。アランは前の晩にインディアンたちが歌うコヨーテの歌を聞いたような気がするので、カンプーディーからそんなに遠くはないはずだと思いましたが、静かにやさしく波うつ小川で、水を飲むことになるとは想像もしませんでした。アランの少し先で、コヨーテが水の中に消えて見えなくなりました。頭だけ水面から出てきましたが、コヨーテが肩を動かすと、水がふくれあがりました。どういうわけか、アランは水に近づくことができません。水の流れは渦巻いて、アランのところで逃げ去り、気がつくと自分の後ろに水たまりがあります。それが蜃気楼の湖と川であることを知らなかったので、いったいどういうことなのか、アランには考えようもありませんでした。湖の端に木が並んでいるのが見えましたが、そこから流れる湿って涼しそうな大気は架空のものでした。コヨーテはいつもアランの前を歩いて、道を示しました。そして長細い鼻ずらを天にむけて、悲しそうに泣くのでした。アランにとってコヨーテの鳴き声は犬に似ているけれど、少し恐いものでもありました。でもいま、コヨーテはアランにわかる言葉で話しかけてくるように思えるのです。アランがあとで母親にこの話をすると、疲れとのどの渇きのせいで熱に浮かされていたのよ、と言うのです。でも、籠女は信じてくれました。
 「ホー、ホー」とコヨーテの鳴き声。「来い、来い、わたしの兄弟よ、狩りに行こう、来い」




メリー・ゴー・ラウンド(4)

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 コヨーテとアランの上を大きな黒い羽の影がおおい、しわがれた声が叫びました。「獲物は何?」
 「獲物は、まぢか」と返すコヨーテ。アランはハゲタカとコヨーテが何を話しているのかと、くらくらしながら聞いています。アランは砂の照り返しで少ししか目が開かず、空を見上げることもできませんでしたが、地面の上に、ハゲタカが黒い影を落としているのは見えていました。
 「どこへ行くんだ?」上空の声が叫びます。
 「こいつがへとへとになるまで、にせの水たまりのまわりをうろつくのさ」とコヨーテ。そしてアランはといえば、動きまわる黒い影の迷路を灰色犬が行く後をついていかなければと思っているようでした。恐怖でふるえながらアランは何度も何度も地面に倒れこみ、とげの潅木の隠れみのの中に頭を伏せましたが、また起き上がって歩き続けるのでした。
 「気をつけろ」と空からの声。「ほら、そいつの仲間がやって来るぞ」
 「何が、どこに?」とコヨーテ。
 「馬に乗った茶色いやつだ。女は大きな岩の雨溝から登って来るぞ」
 「道の上をか?」コヨーテは声を荒だてました。
 「道の上じゃないが、こっちに向かって急いで走ってくるぞ」とガアガア声。アランはそれでも興味をしめしません。籠女がアランを助けにやって来るなんて、思ってもなかったので。夕べ過ごしたクレオソートの茂みのところにまた戻ってきたと知って、メリー・ゴー・ラウンドのことを思い浮かべ、歩くと地面がグラグラ、グルグル揺れ動くのは、大地がアランといっしょに旋回しているせいだと思いました。舌は垂れ、くちびるはひび割れて血がにじみ、とがった岩や熱い砂やサボテンのトゲで傷ついた足は水ぶくれができて痛みます。熱い砂とトゲトゲの茂みの中をグルグル回りつづけるアランの、片側には黒々としたハゲタカたちの影、片側にはどうやっても行き着けない蜃気楼の静かな水面がありました。聞こえるものといえば、バサバサいう羽の音と、飢えを訴えるノドを引きちぎるような長い長い叫び声で、アランは辺りを震わせるその鳴き声に閉じこめられそうでした。めまいがメリー・ゴー・ラウンドになり、見せかけの水がタプタプと迫ってアランを取り囲み、地面は消えて、たっぷりの水がアランを運び去り、遠くの方へと押し流していくと、心地よい涼しさがおとずれ、アランの顔を洗い流し、からからのノドを潤しました。目をあけると、そこには籠女がいて、アランの口に編み細工の水筒から水をしたたらせているのでした。籠女が空を舞う黒い羽めざしてまっすぐにやって来て、サボテン平原でアランを見つけ出したのは、アランがいなくなった次の日のお昼でした。籠女はアランを抱えこむようにして馬の背に寝かせ、口に水をしたたらせ、やさしくなだめるように名前を呼びましたが、馬から降ろしたり立ち止ったりはいっときもしないで、アランがメサを登ってきた辺りでかすかな足跡を探っていた、他の捜索の者たちのところにやって来ました。でもアランにとって今起きていることは、籠女が以前のようにコーンウォーターの谷から自分を連れ出している夢に思えるのです。父親がアランを抱きかかえ、母親が泣きながら籠女にキスをしているのを見てはじめて、そうではないことに気づきました。数日たってアランはやっと元気になり、泉より遠くへ行ってはいけないと約束させられました。最初にアランが空を見上げたとき目にしたのは、まっ青な空のもと、メサのはるか上空でメリー・ゴー・ラウンドをするハゲタカたちの姿でした。そしてそのとき、あれがいったいどうなっているのか、あのときにはまだわかっていなかったんだということを、思い出したのです。

(2003.12.5. 改稿)

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