Red Lake から

大竹英洋

2006年3月に届いた、大竹さん発行のメールニュースからの転載です。写真は大竹さん撮影のRed Lakeの町です。

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Hidehiro Otake Photography News 1, Mar, 2006
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 みなさまこんにちは。

 カナダにやってきてから早いものでもう7ヶ月がすぎました。いま暮らしているオンタリオ州北西部のRed Lakeという町はカナダ横断道路から北に外れること車で2時間半、ほぼ道路の終点に位置しています。1925年に金が見つかり、ゴールドラッシュの最 盛期となった1936年の夏には、探鉱者や物資の輸送のため、湖上に35機の水上飛行機が待機し、毎日平均100回の離発着を繰り返すという世界で最も 忙しい空港だったそうです。ブームは終わったとはいえ、つい最近も新しい金の鉱床が発見され、世界でも屈指の生産量を誇る金鉱の町として知られていま す。しかし、気候の厳しさと交通の不便さが人々を遠ざけているのか、現在でも町の人口はわずか4700人。商店街と呼べるものもひとつしかなく5分も歩 けば端についてしまいます。ふらりと立ち寄るようなところでもなく、カヌーや釣りでにぎわう夏や秋以外は、遠い海外からはもちろん、隣のアメリカやカナ ダ国内の観光客を見かけることもありません。

 そんなところですから、日本から一年間写真を撮りにやってきたなんて言っても、最初の頃はずいぶん不思議そうな目で見られました。オオカミやカリブー やクマたちが歩き回る森も、ここに暮らす人たちにとってはたんなる裏庭に過ぎないのでしょう。ぼくが撮影しているウッドランド・カリブー州立公園に一度 も行ったことがないという人だって、べつに珍しくありません。それでも、年明け早々に地元の新聞でぼくの記事が取り上げられ、その後、ミュージアムでス ライドショーをしたり、ラジオにインタビューされたり、はたまた地元の高校や小学校の授業に呼ばれて体験談を話しているうちに、顔と名前を覚えてもら い、今朝も白い息を吐きながら登校中の小学生が「おはようヒデ!オオカミ見た?」なんて声をかけてくれました。

 帰国まで残すところあと半年もないですが、人も自然もひとつひとつの出会いを大切に過ごしていければと思っています。


 さて本日、『たくさんのふしぎ』から2冊目の写真絵本が出版されました。これまで更新ニュースでもお伝えしてきたウッドランド・カリブー州立公園での カヌーの旅の話を写真と文章で綴ったものです。

 そもそもぼくがこのRed Lakeにやってきたのは、ミネソタで知りあった親友のウェイン・ルイスにつれてきてもらったのが最初でした。ウェインはふだん大工の仕事をしています が、14歳のときから40年以上ものあいだ、ノースウッズでカヌーの旅を続けてきた熟練のカヌーイストです。若い頃はまるで競争するかのように何マイル も漕ぎつづけたそうですが、いまはルートの困難さや距離よりも、"How we go"、つまり「どのように旅をするか」ということをとても大切にしています。そして、この森から生まれたヌマヒノキのカヌーにのって、キャンバスの リュックとテント、それに革靴やウールのシャツなど、昔ながらの自然素材の装備をなるべく使い、まるでそこに暮らしているかのように3週間という長い時 間をかけてじっくりと旅をします。それは、ウェインの言葉を借りるなら「自然とより近く、深くつながっていたい」という願いをこめた旅なのです。

 ウェインと初めてであったのも湖のほとりでした。ぼくがキャンプの帰り支度をしているところに近づいてきて、声をかけてくれたのです。風景にとけ込ん でしまいそうな穏やかな色の服に身をつつみ、立派なあごひげをたくわえたウェインを見たとき、なんだかまるで絵本から森の妖精が飛び出してきたのではな いかと目を疑いました。そして、よく使い込まれた美しい木のカヌーが、これまでの旅と森への思いを静かに物語っていました。それからすぐに親しくなり、 旅の話を聞いているうちにぼくは、ウェインが愛する森と湖の世界を、ウェインのやり方で見てみたいと強く思うようになり、2004年の5月、湖の氷がと けたばかりのノースウッズへカヌーの旅に連れていってもらうことをお願いしたというわけです。

 この本を通して、長くきびしい冬のあとにやってくるノースウッズの春の気配とともに、40年以上旅を続けても興味のつきることのない、世界の広さとふ しぎさを感じてもらえればと思います。

 大竹英洋


●写真絵本『春をさがして カヌーの旅』が出版されました。

春をさがして カヌーの旅
たくさんのふしぎ 2006年4月号 (3月1日発売)
文・写真:大竹英洋
レイアウト:白石良一、小野明子
出版元:福音館書店


大竹英洋
写真家。1975年生まれ。1999年から約3年間にわたりミネソタ州ノース・ウッズの森に通い、小屋で生活しながら森の写真を撮りつづける。その間、自然写真家ジム・ブランデンバーグ、冒険家ウィル・スティーガーらと親交を深める。2002年4月より生活の拠点を東京に戻し、ギャラリー展示や出版により作品を発表。「森ノ星」(2004年、葉っぱの坑夫刊)、「ノースウッズの森で」(福音刊書店・たくさんのふしぎ2005年9月号)を出版。2005年8月より1年間の予定で、オンタリオ州ウッドランドカリブー州立公園に最も近い町Red Lakeに滞在し、カヌーの旅やキャンプをしながら撮影をしている。
ウェブサイト:Hedehiro Otkake Photography

Copyright by Hedehiro Otkake
Photograph Copyright by Hidehiro Otake




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