「あなたは主を避難所にしたのだから、、、、主は天使にあなたの行く道すべてを守るよう指令を与えるだろう。天使たちは自らの手で、あなたが石に蹴躓くことのないようあなたを支えるだろう」
詩篇 91篇9節ー12節
ある教会の中、土曜日の遅い午後。信徒席は空で、いつも聖職者が座っている演壇も人がいない。舞台の中央にマイクが置かれた説教台があり、壁の近くにグランドピアノがある。ハンナという名の音楽好きな十八歳の女子学生が、教会のピアノで練習をしている。
主任牧師が登場。
牧師は白襟の黒い衣装に身を包んだ、敬けんで古風な聖職者である。よく使われた重そうな聖書を手にしている。牧師はハンナを見て、歩をとめる。ハンナは牧師のお気に入りである。
牧師(にっこりして):こんにちは、ハンナ。ハンナ(ピアノをとめて見上げる):ああ、牧師さん。
牧師:熱心に練習しているんだね。
ハンナ:はい。「聖者が街にやって来る」を最高の出来で弾きたいんです。
牧師:そうだね、「何事も練習の賜物」ということを君は知ってるんだね。(牧師は舞台を横切り説教台の後ろに立つ)
わたしがいないと思って練習しなさい。明日の説教を準備してるだけだからね。牧師は聖書を説教台の上に置いて、ページを繰って使えそうな節を探し始める。ときどき化学の試験の暗記でもするように、もごもごと口の中で何か言う。またボールペンである一節に下線を引いたりする。
ハンナ(牧師を見て):あのう、牧師さん、最近は聖書のどんな節も、インターネットで簡単に探せますよね。自分の使いたい聖書の版から選べるし。
牧師:ああ、、、そんなことを聞きましたよ。教会の若いメンバーの一人が、教会のホームページを作ったらどうかと言ってきてね、インターネットならいろんな素晴らしいことができるとね。その若者が言うには、インターネットから説教をダウンロードして、それをカスタマイズすれば時間の節約になるって、信じられないことですよ。新しい技術というのは、我々をいったいどこに連れていくんだろうねぇ。教会っていうのは、この温かくて心地いい場所に、毎週日曜日の朝、近所の人たち皆が集まって心を清く高め、それで一週間を過ごすものなんだ。今じゃ教会はどこも説教の間は、コンピューターや携帯電話の使用を禁止している。皆がより親密になるためにあると思っていた科学技術は、わたしたちをバラバラにしてはいまいか。「我々はミサイルを導き入れることで、人間を誤った方向へ導いた」 そう言ったのはマーチン・ルーサー・キングだ。
ハンナ:でも牧師さん、テクノロジーは悪いことばかりじゃないでしょ。たとえば、教会の高性能のPAシステムがなかったら、大きな説教の催しはできないと思うし。そうじゃない?
牧師:そうだね、確かに。1979年にやった教会聖職者の巡礼の旅を思い出すよ。リフト・バレーにある田舎の姉妹教会へのね。たくさんの聖職者が参加してね、どこでも教会の車の一行が通れば寄ってきて騒いだものだよ。ショッピングセンターで食べものを買おうと車を止めたら、ものすごい数の村人たちが我々の車を取り囲んでね、その場でにわか仕立ての説教をやることにしたんだ。スピーカーやマイクや発電機を車から取り出してね、日暮れまで熱狂に包まれて説教したよ。何百人もの様々な年齢の村人たちが、そこでキリストに心を捧げたんだ(深いため息)。あの日々というのはね、、、ハンナ、79年のあの大説教のことは覚えてるかな?
ハンナ:いいえ。まだ生まれてなかったし。この教会にも、わたしの生まれより古い聖書がいくつもあるでしょう。
牧師:そのとおり、そのとおり、、、君がまだ子どもだってことをつい忘れていたよ(再びため息をつき、考え込むような素振り)。この教会をやっていくには、わたしは年を取り過ぎたのかもしれない。もう退職して、神様のところへ行く準備をしたほうがいいのだろうね。
ハンナ:ちょっと年をとったからって、死ぬことまで考えなくても、、、。まだまだ先はありますよ、神さまだけがご存知でしょう。
牧師:わかってないね、お嬢さん。わたしはね、神様と会いたいんだよ、そこに行きたいんですよ。わたしのこの世での仕事はもう終わったと思う。わたしの魂が、天使たちに迎えられて天国への階段を昇り、死も苦痛も病気もない世界へと消え去る日を待ち望んでいるんだ。
そのとき合図でもあったように、突然の苦痛が牧師を襲う。牧師は片手で胸をつかみ、少しよろめき顔を苦痛でゆがませる。
ハンナは椅子から驚いて立ち上がり、心配そうに牧師に近づく。
ハンナ:だいじょうぶですか、牧師さん。
牧師は発作から回復し、なんとか元に戻る。
牧師:だいじょうぶ、だいじょうぶ、もう平気だよ、、、ちょっと胸が痛んだだけだよ。向こうに行ってちょっと横になったほうがいいかもしれない。ピアノの練習に戻りなさい。わたしのような老いぼれのことは心配しなくていいから。
ジャックが登場。
ジャックはハンナと同じ年ごろで、二人は「永遠の」友である。ジャックはスポーツウェア風のもの(スニーカーにトラック用ジャンパーなど)を着ているが、本物ではない。Tシャツには、ヒップホップのグループG-UNITの名があり、その歩きは足にバネでも入っているようなヒップホップ風。身につけているものは、MP3(イヤーフォーンコードが両耳から垂れている)、野球帽、携帯電話、それにどういう理由からかサングラスをかけている。
ジャック(ハンナの方に歩きながら):ヨーッ、元気か、H?
牧師:H?
ジャック:あん? ハンナの頭文字だよ。ジェイZがビヨンセのことを「B」って呼んでんのと同じ。
牧師:「C」っていうのは聞いたことあるかな。
ジャック:C?
牧師:教会(Church)の頭文字だよ。キミもここに来て、若い子たちがイエス・キリスト(Jesus Christ)のことを「JC」って呼んでるのを見てごらん、どうだね。
ジャック:またそれか。なんでまた、皆オレのやなことをやらせようとするんだ。
牧師:どうしてか? それは皆、キミがドラッグやら人殺しやらをしでかさないか、気にしてるからだよ。それにな、わたしがキミのことを知らないなんて思っちゃいけないよ、若いの。この教会でキミとハンナを洗礼したのはこのわたしだ。だが毎週日曜にここに来るのはハンナだけだ。息子よ、キミも救世軍の活動に参加するんだな。
ジャック:オレはもう入ってるよ。
牧師:じゃ、どうして教会に来ないのかね?
ジャック:特殊作戦部隊にいるからさ。
牧師:なんだそれは。そんなんじゃあ審判の日には、一つの冗談もなく「泣き叫び歯がみ」することになるだろう。ルカの福音書第十三章二十八節からの引用。
ジャック:「わたしに審判をくだせるのは神だけだ」 ヒップホップMC、トゥパック・アマルの言葉。
牧師:いいだろう、若いの。もうキミを審判したりはしない。自分の役割を果たしてきただけだ、これからは聖霊なる神にすべてを、、、ん、どこに行こうとしてたか忘れてしまったよ、ハンナ、このエミネムがやって来る前(ジャックのことを非難じみた仕草で指さしながら)、わたしはどこへ行こうとしてたのかな?
ハンナ:胸の痛みを癒そうと横になるって。
牧師:ああ、そうだった。じゃあな、子どもたち。正しいことをしなさい。
牧師退場。
ジャックがハンナのところに飛び込んできて、ハンナは自分のものだとでも言うように腕を肩にまわす。
ハンナ(ジャックをはねのける):ちょっと何やってるの? ここは教会よ。
ジャック:だけどすごく会いたかったんだよ。オレのビヨンセ、オレのアリシア・キーズ、オレの大事なひとなんだってば。(ジャックは話しながら、ハンナの髪をなでたり、手を握ったりしようとするが、ハンナはそれをさせない)
ハンナ:ほんとにやめてよ! それに昨日、家の裏であたしたちがやったこと、流刑地の娼婦になったみたいな気分だった。お祈りが恐いわ、神さまにわたしのこと見られたくないもの。
ジャック:だけどオレらがやったのってキスだけだよ。
ハンナ:そうかもしれないけど、舌をつかったキスはあたし初めてなの。まだあのこと、考えてるのよ。どうしてか罪を犯したみたいに気がとがめるの。
ジャック:だからオレ、教会っていやなんだよ、来たくないんだよ。牧師ときたら、何であれオレは罪深いって感じさせるからな。
ハンナ:あたしは好きよ、教会が。みんな教会では礼儀正しいし、それは神さまに見られてるって感じがするからよ。
ジャック:ほらな、そうなるだろ、H。ブリョが今日、ヤツの部屋でちょっとした集まりやるって、オマエと行きたいんだよな。
ハンナ:ダメ。ピアノの練習で忙しいから。
ジャック:ん、なあってば。
ハンナ:もう、あたし嫌いなの、男の子たちとアルコールが同居してる場所って。最悪の組み合わせよ。
ジャック:わかったよ、H。オマエのせいでオレのハートはこなごなだ、でもそれも悪くないな。じゃあ、教会の後でアシタ会おうよ、いい?
ハンナ:わかった。
ジャック、ハンナをきゅっと抱いて出ていく。
ジャックの去った静けさの中で、ハンナは静かに「聖者が街にやって来る」をピアノで弾く。それが1、2分つづく。
舞台の脇のどこかから明るい光がサッと差し込む。少しの間ドアから舞台に向かって光が放たれる。それは戸外の太陽が一瞬部屋を明るくしてまた、元にもどったような見映え。ハンナはあまりに鍵盤に夢中で、それに気づかない。
天使が一人、登場。
天使は木のように背が高い。いや文字通りそのままではなくて(そりゃあんまりだ)、存在感充分なくらいの高さという意味。その男、天使は長い白いローブを着ていて、すそが床についている。肩甲骨のところから長い白鳥の羽のような翼がのび、ひざの後ろにまで垂れている。天使は滑るようにすっと近づき、しばしハンナのピアノに耳を澄ます。
天使:正確さは増したね、でももっと力を抜いて滑らかに弾いたほうがいい。手首のところでささえてね。
ハンナはピアノをとめて、奇妙な侵入者を見上げる。
ハンナ:誰なの?
天使:聞かなきゃわからない?(異様に大きな翼を見せながら言う) こんにちは、わたしは天使です。翼をもった神の使者、ご存知でしょう?
ハンナ;これってなんかの冗談? ジャックがあたしを驚かせようって雇ったの?
天使:違います。わたしは本物です。天国からやって来た天使です。
ハンナ:それをわたしに信じろって? あなたが天国からやって来てその羽はニセモノじゃないって。
天使:そうです。こちらに来て、自分で羽を見てみたらどうです?
ハンナは椅子から立ち上がり天使の方に行く。そして天使のまわりを注意深く、ネコが狙った獲物に手を出しても大丈夫か量るように、ぐるりと回る。ハンナは乳白色の羽にさわり、本物だと判断すると次は羽の付け根のところに手をやり、なでてみる。天使はくすくすくねくね笑いながら肩を揺らす。
天使:くすぐったいよ。何してんだい?
ハンナ:調べてるだけよ。
ハンナはさらにあちこち調べ、天使は女子高生のようにくすくす笑い続ける。
ハンナ:うーん、そうねぇ、この羽は本物に見える。でももっと確実な証拠が見たいわ。わかった! ジャックとわたしは昨日、家の裏で二人きりだった。もしあなたが本物の天使なら、わたしたちが何をしてたか言ってみて。
天使:二人がキスしてたときのこと言ってるの?
ハンナ(驚いて):うわっ、大変、本物だわ。
天使:ここに来たときから、そう言ってるじゃないですか。
ハンナ(心配そうに):ちょっと待って、、、それでここに来たんじゃないわよね。わたしを罰するために来るように言われたんじゃないよね?
天使:男の子とキスしたからって? まさか。ちょっとばかり驚いたけど、見たときは飲んでいた聖水を口から吐き出しそうになったけど、罪悪感をもつようなことじゃない。それにきみは若いんだし。氷河を溶かすくらいのホルモンがたっぷり出てるよ。
ハンナ:昨日わたしがやっていたことが見えたなら、それっていつもわたしが何しているか見てるってこと?
天使:見たいと思えば、きみが家の中にいたってちゃんと見えるよ。それにその画像はグーグルアースよりよっぽど精度が高いんだ。
ハンナ:わたしがシャワーに入ってるときもってこと?
天使:ほらほらほら、、、そんなに自意識過剰にならないで。いつもなんか見てないですよ。リアリティTVの24/7じゃないんだから。メッセージの配達もあるし、魂を導いたりもしなくちゃならないからね。いつの日か大天使になるのが夢なんだよね。
携帯電話が鳴る。「主よ御許に近づかん」の着メロ。ハンナは音の出所を探してみまわす(客席の方も)。ハンナの電話ではない。天使があわててローブの中に手をつっこむ。
天使(ハンナに向かって):ちょっと失礼、ぼくの電話だ。(そう言いながら真っ白な高級そうな電話を取り出す)、、、(電話に向かって)ペテロ、誓っていうけどそっちに向かってるって。もちょっと待ってて、向かってる途中なんだから、あと2、3分だよ、いま地球人と話し中なんだよ。(天使、電話を切りハンナに顔を向ける)
天使:聖ペテロからだよ、天国の門のところから電話してきたんだ。まったく辛抱がないんだから。
ハンナ:いい携帯だわ。それ、ブラックベリー?
天使:いや、ホワイトベリーです。イエスの電話って呼んでるけど。
ハンナ:電話をもつことが許されてるんだ。
天使:なんて人間っていうのはおかしなことを考える? われわれ霊的な生きものはテレパシーで会話できるんだ。でもその何が面白い? 普通に話すのと同じだよ。着メロやショートメールで冗談のやりとりする方がよっぽど面白いからね。
ハンナ:どうして聖ペテロはあなたを急がせるの?
天使:こんなこときみに言っちゃいけないんだけど、ここの牧師さんを天国に導くために来たんだ。
ハンナ:牧師さん、死ぬってこと? そんな悲しいことって!
天使:いや、ちがうちがう。悲しいことじゃない。牧師さんは素晴らしい神のしもべだった。家に帰るだけだ。牧師さんはこの地上に70年弱生きたけれど、これからは永遠の恩恵を受けることになる。
ハンナ:あなたはどんな人の魂でも天国に導くの?
天使:特別な人たちだけだよ。VIPのボーディガードみたいなもので。わたしの仕事は悪霊を追い払うことなんだ。誰もが天国に行けるわけじゃないし。ほとんどの人は別の道へ行く。
ハンナ:わたしが死んだら、天国に行ける?
天使:リストをチェックしないとわからない。
ハンナ:いま、そのリスト持ってる?
天使:わたしはボーイスカウトみたいに、いつでも準備がいいんです。
ハンナ:じゃあ、わたしの名前があるか見てみて。
天使:いや。人間は自分の未来を見ることが許されてないんだ。ほんのわずかな力を手にしただけで、人間は傲慢になって天使を泣かせるからね。
ハンナ:お願いっ。もしリストにあっても、絶対に人に自慢したりしないから。日記にだって書かない。日記にはなんでも書いてるけど。
天使(両腕を胸の前でバツにして):だめです。
ハンナは子どもが甘えるような顔をする。くちびるを突き出し、頭を片方にかたむけ、パチパチと意味ありげにまばたきをする(そう、意味ありげにね)。
ハンナ:お願いっ。ねえ、お願い。
天使:だめです。
ハンナ:教えてくれなかったら、あなたの足首につかまって、行かせないようにするわよ。45キロの重しがついたら、飛び立つことができないから。
天使:他の天使たちが助けに舞い降りてきますよ。こんなわんぱく娘はぴしゃりと叩かれるでしょうね。
ハンナ:わかったわ。あなたがそこまで言うなら。わたしの運命を教えてくれるまで、くすぐるからね。
ハンナは一瞬の間もおかず、さっと天使の後ろにまわって、羽の内側を激しくくすぐり始める。天使はたまらず笑いの発作に教われる。
天使:や、や、やめてってば。くすぐったがり屋なんだから。ちょ、ちょ、や、やっ、やめて、やめてって。
ハンナ:言ってちょうだい、わたしはリストに入ってるの?
天使:な、な、何のリスト? 電話帳?
ハンナはくすぐり続ける。
天使:わ、わっ、わかった、わかった、見てみるから、、や、や、やめてって。
ハンナ、くすぐるのをやめる。
笑いが弱まり、天使はもうひとつのポケットに手を入れ、小さな白い巻物を取り出す。天使は巻物を開き、両手で持ち上げる。
(天使が読む)「わたしには夢がある。いつの日か、黒人も白人も、すべての人が天国で自由に混じり合い」(ここで違う巻物を読んでいることに気づく) おっと、ごめん、これはマーチン・ルーサー・キング牧師が天国の門を通ったときのスピーチだった。キング牧師はすごく喜んでいたなあ。(天使はそれをポケットにしまうと、別の巻物を取り出し、眉をひそめる) これはニューヨーク市の地図だ。あのコンクリートジャングルじゃあ、すぐ道に迷うからな。(それをしまい、また別のものを出す)
(巻物を調べる)ちがう、これはセセ・ウィナンズの歌の歌詞だ。天使は歌が好きだからな、、、えっと、、。
天使は別の巻物を取り出し、それを調べる。
(パッと顔を輝かせる)あー、あった。いい子たちのリストだ。
ハンナ(興奮して):わたしの名前、ある?
天使(目をリストの下の方にやる):ハンナ・ワイリームー。ハンナ・ワイリームー、、、ああ、あった。ハンナ・ワイリームー、ジョージとミルカ、教会の中心人物の娘。
ハンナ(両手を握りしめ、天を仰ぐ):よっしゃー! やったー! ありがとう、JC。あなたに会うのが待ちきれない。
天使(まだ巻物を見ている):あー、ここにきみのクラスメートのハッサンがいる。
ハンナ:でも、あの子はムスリムよ。
天使:仏教徒であったとしても問題はない。その人が他の人たちから尊ばれていれば、キリストはその隣人となり、天国の登録帳のポイントが稼げるんだ。
天使の携帯がまた鳴る。天使、電話に出る。
天使(電話に):そっちに向かってるって、言っただろ。(客席に向かって)携帯の番号、ほんと、変えなくっちゃ。(ハンナに向かって)ハンナ、もう行かなくちゃ。また会おう。たぶんここで、たぶん霊の世界でね。それまで(優しく手をハンナの頭において)キリストのように生きなさい。
天使が出ていく。視界から天使が消えると同時に、明るい光がまた点滅する。
教会事務員のシスター・メアリーが登場。
シスター・メアリーはぽっちゃりした二十代の未婚の女性で、すぐにパニックに陥る性格。シスターは地獄から(この場合、天国かもしれないが)やって来たこうもりのように飛び込んでくる。最後の審判の日であるかのように、腕を前に投げ出し、大声で泣き叫んでいる。
シスター・メアリー:牧師さんが、牧師さんが。だれか救急車を呼んでください!
ハンナ(天使のように静かに):どうしたんですか、シスター。
シスター・メアリー:牧師さんが事務所に来て、鎮痛剤を買ってくるように言ったんです。そしたら急に発作が起きて、倒れちゃって。牧師さん、死んでると思います。動かないし、息もしてないんです!
ハンナ(嬉しそうに):神さま、ありがとう!
シスター・メアリー:わたしの言ったこと、聞いてたんですか? 牧師さんは死んだと言ったのです。
ハンナ:そうよ、で、「神さま、ありがとう!」って言ったの。牧師さんはいつも行きたがっていたところに行ったの。だからお祝いなの、これは。哀しみを引き起こすものじゃないの。
ハンナは嬉しそうに飛び跳ねながらピアノのところに行って、「聖者が街にやって来る」を弾き始める。
シスター・メアリー:ハンナ、あなた気でも狂ったの?
ハンナ(ピアノをやめずに):いいえ、わたしさっき天使と話したの。天使は牧師が天国に行くと請け合ってくれたわ、だから悲しむことなんか何もないのよ。
シスター・メアリー:天使と話したですって?
ハンナ:そう。あのね、今日からシャワーに入るときは、服を着たままの方がいいかもしれないわよ。
シスター・メアリー(客席に向かって):この子は気がおかしくなってるのかしら?
ジャックが登場。
ジャック(ハンナの方に歩きながら):おまえが言ってたこと、ずっと考えててさぁ、それでーー
ハンナ:ジャック! パーティやるのにちょうどいい人が来たわ。ビートをやってよ、アニキ。
ジャック、客席に向かっていぶかしげな顔をして、肩をすくめ、ビートボクシングを始める。
ジャック:ツツ、ツツ、ツツツ、ブーン、ヨー、チェックアウト・ザ・メロディー!
ハンナ(大きな声で合唱のように歌う):オー・ウェンザセインツ、、、、
ジャック(ハンナの歌に挟んで):アッハー??
ハンナ:ゴーマーチニン、、、
ジャック:なんて?
ハンナ:オー・ウェンザセインツ・ゴーマーチニン、、、
ジャック:やめたほうがいいぜ、シスター。聖者が街にやって来たらナニがおこる?
ハンナ:おー、主よ、わたしも仲間に入りたい!
シスター・メアリー:気が狂ってる。あんたたち二人なんなのよ!
ジャック(ヒップホップの調子のまま):こ、れ、は、リミックス、、、上にいる偉大なるオトコをヒップホップでたたえてるだけ。ジャック、きみはわたしのいい子。ワンズ・アンド・ツーのターンテーブルでミキシング!(ターンテーブルがある振りをして、口でスクラッチ音を出しながら、手ではレコードをまわす格好) ボーカルはうちの女の子、ハンナ(ハンナにウィンク)、どうよーハンナ? このリズムでもいっかい、昔みたいにやってやろうぜ、、、
ハンナ:オーウェンザセインツ、、、、
ジャック:ヨー、ヨー、チェッアウザメロディー!
ハンナ:ゴーマーチニン!
ジャック:アッハー?
ハンナ:オーウェンザセインツゴーマーチニン、、、
ジャック、想像のターンテーブルでスクラッチをしてビートボックスをする。
ハンナ:おー、主よ、わたしも仲間に入りたい!
ジャック:オレも神さんの仲間に入りてー。誤解はなしだぜ、教会に来ないからって、オレの人生意味がない、目的ないってわけじゃないんだぜー、ッエッー、、、シスター・ハンナ、リズムでやって、リミックスでやっつけろ、、、
ハンナ(ピアノを弾きながら歓喜の歌を、レイ・チャールズのように歌う):オーウェンザセインツゴーマーチニン!
この子たちは天使じゃなくて悪魔に取り憑かれていると思い、シスター・メアリーはひざを床につき、顔を天に向けて祈り始める。
シスター・メアリー:天にまします我らが父よ、この子たちをお許しください、この子らは何をしているかわかってないのです、、、
シスター・メアリーは狂わんばかりに祈りをささげ、ハンナとジャックはデュエットをつづける。
ー 幕 ー
© 2012 Alex N Nderitu
日本語訳:だいこくかずえ
*この作品で2005年Theatre Company Prizeを受賞。
ンデリツのウェブサイトは、www.AlexanderNderitu.com