|
第7章 父さん
数カ月して、父さんが病気でたおれた。父さんは旅に出ていたのだけれど、一日、二日したら戻ってきたので、家中が動揺した。父さんの病気が何なのか、ぼくは知らなかった。ただ、部屋にじっと臥せっている父さんの姿を見ただけだった。父さんは目を閉じて、口をきかなかった。母さん、おばあちゃん、スアムのおばさんが、父さんの寝ている周りにすわっていた。医者が次々に家にやって来たけれど、誰も父さんを良くすることはできなかった。一晩中、そして次の午前中いっぱい、父さんは寝たきりだった。寝入っていたわけでもなく、母さんが薬を飲むよう声をかけると父さんはそれに応えていた。夕暮れ近くになっても、良くなる見込みはないままだった。母さんは弱り果てて、自室に連れていかなければならない状態だった。死んだような静寂が家をおおっていた。女たちは父さんの部屋に、男たちは部屋の外の外廊下に集められた。口をきくものはいなかった。おばさんひとりが、何度も何度も、父さんに薬を飲まそうとしていたが、父さんはそれさえ飲み込めないようだった。
母さんは自室で休んでいた。母さんはよくなっていたけれど、しゃべろうとはせず、ぼくの手をきつく握りしめるばかりだった。おばあちゃんが部屋に入ってきたとき、母さんはこう叫んだ。「おかあさん、わたしたち、これで終わりなのね」。おばあちゃんは母さんの言うことを聞いていなかった。すわると、ぶつぶつと独り言を言いはじめた。ちょうどそのとき、二番目の姉さんのオジニがやってきて、今朝呼びにやった新しい医者が来たことを告げた。スアムとぼくは父さんの部屋に急いだ。
この新たな医者は評判高く、あちこちで引っ張りだこの男だった。男は数週間、患者を診るためにぼくらの町に滞在していて、ちょうど帰ろうとしているところだった。ぼくのところの使いの者が何度も頼んでやっと家に連れてくることができた。医者はちょっと間、父さんを診て、おばさんにこう言った。
「患者はもう助からない。このまま逝かせてあげたほうがいいのでは」
「どうか、助けてください。お願いします」。おばさんが泣きついた。その顔は患者よりも青ざめていた。おばさんは服のそでで、今日会ったばかりの医者を抱きとめ、帰ろうとするのをとどめた。「何かひとつくらいできることは、あるでしょう」
医者は再び患者の前にすわった。脈を診て、胸を診、それから体を診た。
「できることをやってみましょう。でも、うまくいかなくても、わたしを責めないでくださいね」
医者はポケットから革のケースを引き抜き、その中から長い針を取り出し、それで最初、患者の上唇を次に下唇を刺した。それからその針を肋骨の下のお腹の中に、深く、すばやく差し入れた。しばらくそのまま置いた後、ゆっくり引き抜いた。
「もし助かるものなら、夜までに何か徴候が出るでしょう」、こう言って、医者は部屋を出ていった。
夜が来た。家中の者は希望を捨てていなかった。父さんは悪くなっているようには見えなかったから、それを頼みの綱にしていた。父さんは朝と変わらず静かに横たわっていた。父さんがわずかに手を動かしたとき、外はすでに暗くなっていた。ぼくらは父さんの動きをかたずを飲んで見守った。突然、父さんは目を開けてまわりを見まわした。安堵のため息が部屋に流れた。父さんは再び目を閉じ、顔を左側に向けたので、こちらから顔が見えなくなった。父さんは気持ちよさそうな寝息をたてて、眠りはじめた。
「義兄さん、助かったのね!」おばさんはそう言うと、涙をどっと溢れさせた。おばさんはひとりでは立ち上がることもできず、助けられて自室に帰っていった。
少しして母さんも父さんが良くなったことを聞いた。父さんの部屋にやってきたけれど、回復しつつあることが信じられないようだった。母さんは死にそうな様子で、体じゅうを震わせていた。次第に落ちつきを取りもどした母さんは、食事の準備や医者への伝言を理由に、みんなを部屋から出した。スアムとぼくは部屋にいって寝るように言われた。ぼくらはすぐに眠りに落ちた。真夜中にぼくは目を覚まし、病室にかけつけた。父さんはすわって、母さんと話をしていた。ぼくは二人に飛びついた。父さんがぼくを膝の上で抱きしめた。母さんは少ししてぼくを自分の方へ引き寄せた。ぼくは父さんから目を離すことができなかった。何度も何度も、父さんが本当に助かったことを確かめずにはいられなかった。そのうちぼくは父さんの布団のとなりに横になり、そこで眠ってしまった。その間も、父さんと母さんは、奇跡を起した医者のことを静かに話し続けていた。
それにしても、なんという医者なんだ! 本当に奇跡を起す人なんだ。その後、ぼくはその医者が、ぼくの町はもとより国中で多くの人々を生き返らせたらしいということを聞いた。かつて一度だけ、医者はすでに埋葬された人さえ、生き返らせたと言う。でも悲しいかな、医者が要求する治療費は法外なもので、貧しい人々は決して頼むことはできない。ある日、医者はある村で金持ちの患者を診て帰る途中、五十キロを下らない重さの石を当てられた。医者の押しつぶされた体は城壁のすぐ下で発見された。誰がやったのか、わからずじまいだった。溜めこんだ金貨の大袋が石に変わったのだ、と言う人々が少なからずいた。
父さんはゆっくりゆっくり回復していった。秋、冬の間ずっと、細心の注意をはらって看病を受けた。痛風なのに今まで休むことなくやっていた仕事も、今回はまったくすることができなかった。父さんは外界からきびしく遮断されていた。公的な付き合いはいっさいしないで、ごく親しい友人たちが家を訪れるくらいだった。最初のころ、父さんは医者のさしずや家族の言うあれこれに従うことをきらっていたが、今は体を休める必要があるとじょじょに納得していった。終いには、この世帯の暮らしを変えることにも納得した。家庭学校は閉鎖され、生徒たちは各家庭にもどり、二度と来ることはなかった。外庭はかつてのようにさびしく静まりかえった。家に残ったのは、スンピルという若い秘書と、パンという年老いた使用人と、スノクという守衛の三人だけだった。
家族会議が開かれた。スアムはどうなったかって? スアムは中国語を学ぶために学校を続けた方がいいということになった。地方の村に、古典を教える良い学校のあるところに、スアムの母さんといっしょに移っていくことになった。おばさんは父さんが今まで管理していた農場の一つの世話をすることになっていた。子ども時代のすべてをともに過ごしたぼくら二人、スアムとぼくにとっては、これが初めての長い別れとなった。ぼくの町からヤンダンポー(龍の湾)までの道のりを、一時間以上かかって、スアムといっしょに歩いた。一艘の舟が海をわたって、ごつごつ岩の向こう岸へとスアムを連れ去った。自分の母と姉さんのドゥルツェの間にすわって、スアムは舟の帆が上がっていくあいだ、心配げにこちらを見ていた。やがて舟はゆっくりと青い波間に漂うように出ていった。
ぼくらの家が縮小すると、生活は昔のような暮らしぶりにもどっていった。とはいえ父さんは、いろいろな変化にさらされていた。父さんは仏教文学とその礼式を家のものに紹介しはじめた。毎夕、数時間、父さんは祈りの時間を過ごすようになった。雨、風、来客、家庭内のいざこざ、何もそれをさまたげることはなかった。父さんはサンスクリット語で祈っていたので、ただの一言さえぼくは理解できなかった。だけれども、ぼくはその祈りが父さんのこの先の健康のためなのだと感じていた。
母さんはといえば、喜んでいた。母さんは仏教の教えを心から信じていたから。夏が来ると、母さんはシンクワンサ(神の寺の光)へ行って、そこでお祈りをしようと言い出した。母さんはこの僧院から僧侶を呼んで、さまざまな儀式や供物のことを学んだ。結局はその計画は、次の夏まで延期された。ぼくはそのことが残念だった。
ぼくらの小さな町を取りかこむ山々には僧院や神社が点在していたけれど、寺はまだ見たことがなかった。一度として仏陀にお供えをしたことはなく、寺で祈りを授けてもらったこともなかった。家の前に立って祈りの言葉を投げかける托鉢僧たちが、平凡に暮らす町の人々を信仰に近づけることは難しかったようだ。年に一度、聖なる仏陀が十九回瞑想をしたのちに沐浴して、説教を始めたという四月八日の日にだけ、仏教徒の祭りがぼくらの町で行なわれた。
大きな、ときに家の高さの四倍もあるような木が、中央通りに沿って据えられた。幹は色とりどりの布でおおわれ飾られ、枝々からはたくさんの色鮮やかなリボンが屋根の方に、地面の方にと張られていた。夜になると色紙でつくられたちょうちんが、渡した綱やリボンから下げられ、虹色に花咲く庭の中を歩いているような気分になった。
ぼくは寺というものが見たくてたまらなかった。なかでもシンクワンサは、両親がたびたび話をしていたから。ある晴れた日の朝、出来心から、二人の男の子が寺に行くのについていくことになった。朝の散歩から家に戻ろうとしていたとき、西門の近くで、以前の学校友だちに出会った。ぼくがどこに行くのかと聞いたら、「神の光」だよとこともなげに答えた。その名を聞いたとたん、ぼくの心はとらえられ、いっしょに行こうという誘いにすぐ乗った。
ぼくは意気揚々と歩きはじめ、何が起こるかなんてひとつも心配していなかった。それに、なんて素晴しい遠出だったことか。すぐにぼくらは小さな町を後にして、峡谷の奥深くへとどんどん入っていき、気がつけばまわりじゅう山に取り囲まれていた。太陽が容赦なく照りつけ、ぼくらは大汗をかいていた。これくらいのこと、ぼくらは平気だった。やっとのことで木々に囲まれた中庭が見えるところにたどり着くまで、しっかりと歩きとおした。木々の向こうに、灰色の屋根がちらちらと見えていた。それがシンクワンサの屋根だった。
ぼくは寺に着くまで、木々がすでに長い影を落としているという事実に気づかなかった。日はもう西の空低いところにあった。連れの少年たちに、すぐに町に帰ろうと乞うた。遅くなったらいけないからと。少年たちの答えは、どっちにしてももう遅いから、ここで一夜過ごすしかないというものだった。ぼくの両親はぼくがどこにいるのかまったく知らなかったから、とにかく帰るよう頼むしかなかった。戻ろうと主張したけれど、無駄だった。少年たちがしたいのは先に寺を見ることだった。ぼくらが言い争っているうちに、日はどんどん沈んでいき、やがて若い僧があらわれて、夜道を帰るのは危険だからここに留まるようぼくらを引きとめた。ぼくは従うしかなく、生まれて初めて、山の中で悲しみの一夜を過ごした。
たくさんの仏像の並んだ荘厳なお堂も目にはいらず、僧侶がぼくらにその説明をしてくれているのも聞いていなかった。ふるまってくれたご飯を食べることもできず、ただ、家のある小さな町をぼくの視界からさまたげている山々をじっと見据えていた。どこにも開けた谷間は見えず、ちらりとも懐かしい海は見えなかった。険しい山々が頭上にそびえ、夕べの鐘のとどろきが、山かげのあいだにわびしく消えていく。僧侶たちは黄色い袈裟に着替えて、数珠を手首に巻き、夕べの祈りをするために中庭に入ってきた。壁際にぐるりと置かれた奉納台の上には、何千というろうそくがあり、その光がお堂の外に漏れていた。僧侶たちと死者の遺族たちが、死者の魂に向けて祈りの声を上げていた。
短い間をおいて、祈りは夜を徹してつづけられた。夜が明けはじめると礼拝者たちはお堂の外に出て、中庭を囲むようにしてしずしずと行列で回りはじめた。百人は下らない僧侶たちがきらびやかな祭服を着て、女性たちは喪服に身をつつんでいた。人々は手に手に木の盤を持ち、その上には筒に丸めた紙が乗せられていた。死者たちの魂がそこに留められている(そのようにぼくは理解した)のだ。夜明けの薄明かりの中、人々の輪の中心では、聖なる大火がやわらかに輝いていた。覆いをかけた鐘がゆっくりと荘厳な音を響かせ、僧侶たちが死者への祈りを朗誦し南無阿弥陀仏を唱えていた。いま、死者の魂はこの地を離れ、もう一つの世界へと向かう。木魚の律動と朗々とつづく歌声に引きづられて、ぼくら三人は輪をいっしょに回った。夜がゆっくりと明けてゆき、人々の顔が見えるようになり、山に淡い光があたりはじめた。祈りは最高潮に達し、激しい感情の高まりが礼拝者たちをとらえた。東の空を見れば、山の上に赤々と朝日が昇り、その日一番の来光がぼくらの元にとどいた。僧侶たちが祈りを唱和している中を、女たちが次々に火の中に魂の名残りの筒を投げ入れていった。これが死者との永遠のお別れになるので、あちこちですすり泣きむせび泣きがはじまった。ぼくら三人もいっせいに泣きはじめた。やわらかなくぐもった木魚の音が朝に溶けていき、僧侶たちは南無阿弥陀仏を唱和しつづけた。
この夜の体験にたいそう心動かされたぼくは、それから山を離れて家路に向かった。
家に帰って、叱咤と罰をなんの弁解もなしに受けいれた。あの宗教的体験はぼくを強くゆさぶった。あの日を超えて、ずっと大人になった気がしていた。父さんはすぐにぼくを許し、ぼくが見たことのすべてを話すようたのんできた。父さんはそれを聞いてとても満足げに見えた。そして夕べの祈りの一部をいっしょに祈ることを許してくれた。また、ヤンズ渓谷に散在する、多くの著名な詩人たちが訪れ、歌の中で賛美した僧院や寺のことを話してくれた。
ちょうどその頃、ぼくは中国語の授業で唐王朝の詩人の作品を読んでいた。でも本の中の物語や詩を読むよりも、父さんの口から聞く話のほうが好きだった。唐王朝の武勇伝やさまざまな秘話が話された。当時、たくさんの不遇の詩人がいて、川に身を投げた美しい娘たち、恋人を想って辛い日々を送ったという。物悲しいメロディーが岩影や木立を抜けてさびしい谷間を渡ってゆき、悲しい別れの歌がドンチン湖にかかる夕べの靄の中をさまよった。
月の美しい夜には、井戸のある中庭の桃の木の下に父さんの席が用意された。そこで話された父さんの話は、今までで一番詩的で美しいものだった。疲れをみせることなく話しつづけ、ときに自作の詩を披露することさえあった。父の威厳のようなものは、消え去っていた。いい韻を見つけると、父さんははしゃいだ。ある夜、父さんはいっしょに盃を酌み交わそうとさえしたんだ。
それはあるきれいな月夜の晩におきた。ぼくがお酒を飲むなんてことを許すはずのない母さんがいない夜だった。父さんがあんなに楽しんでいるのに、お酒を飲むことに母さんは反対だった。それで時々、二人の間で争いがおきた。でも母さんは父さんに従い言うとおりにし、夜の盃を出ししぶったりはしなかった。父さんと二人、小さなテーブルについた。お酒と盃二つ、それに果物籠が父さんの前に置かれていた。母さんはいつも遅くまでぼくらといっしょにいて、徳利が空にならないよう世話をした。その夏の晩は、母さんは女たちとの読書会に出ていて、その場にいなかった。
月は、空っぽの元校舎の屋根の上に高く昇り、雲ひとつない夜空を明るく照らしていた。二つの中庭をしきる塀がくっきり黒い影を落としていた。人の姿ひとつ見えず、人の声ひとつ聞こえなかった。大きな屋敷は静まりかえっていた。素晴しい話を語るにこやかな父さんから、命の輝きと生き生きした感情がぼくに流れこんだ。夜が深けるにつれて、父さんはもっと飲み、もっとわくわくする話をしてくれた。いったいいくつの詩や歌を披露してくれたことだろう!
「偉大なる朝鮮の詩人、キム・サッガズの名を聞いたことはあるか?」父さんが聞いた。
「ない」ぼくは、次の話にわくわくしながら答えた。
「その詩人の父は南部の州の総裁で、重要な要職にある人だった。そこの王は良くない支配者で、すぐに悪評が広がった。力みなぎる総裁は三万の素晴しく腕のたつ射手たちを率いていた。彼らとともに、総裁は王を倒すべく、ソウルに向けて進軍した。三つの州がすでに総裁に賛同の意を表明していて、北への進軍をとめるものはなかった。軍の先頭が、新たな進撃の町へ入ったとき、道端で総裁を待っている一人の男がいた。男は武装なしで、手には何も持っていなかった。勝利の征服者の馬に向かって走り寄り、手綱を奪おうとはしたけれどな」
父さんは盃をのぞきこんでそれを空けた。ぼくはお酒を注ごうとしたけれど、徳利は空だった。
「もうないのか?」父さんは聞いた。そう聞くときに、ちょっと(これをなんと表現したらいいのか)、なんとも悲しそうな表情になった。
ぼくは悲しい気持ちだった。
「ぼくが取ってくるよ」と言って、徳利を持って立ち上がった。
父さんは笑って、ぼくの手を取った。
「おまえは勇気があるな」そう言って、さらに「母さんにできるだけよくするんだぞ。そうすればもう少しだけ入れてくれるだろう」と付けくわえた。
「待っててよ、もう少し、お酒を取ってくるさ」とぼくは答えた。
ぼくは徳利いっぱいの酒を持って戻り、父さんに注いだ。父さんは嬉しそうだった。
「その対戦者は誰だったの?」ぼくは聞いた。
「それをおまえに問いたかったんだ。それほどまでに勇ましい者は誰だったと思うか?」
少し考えてからこう答えた。「王自身?」
「いい答えだ!」父さんが言った。「王自身が来て、非武装のまま敵に対するのが一番よかったのだろうな。たぶん、他の王だったらそうしただろう。だが、この王は大変な臆病者だった。それは王ではなかったんだ、息子だったんだ。総裁のな。『軍を南に後退させてください』息子は父に請うた。父はこう答えた。『おれの部下になれ、そうすれば千人の兵をやろう』。『いやです』と息子。『あなたは王の信頼を裏切った。ぼくはあなたに従うのを拒否します』これを聞いて、父親は息子をおいて前進した。キム・サッガズは王への忠誠を守ったわけだが、自分の父親に手を上げることはしなかった。それで托鉢詩人になったんだ」
「ぼくだったら父さんを助けたよ」話が終るとそうぼくは言った。
「いいや」父さんは言った。「おまえはまだ小さいからわからないんだ。ひとたび王に忠誠を誓ったなら、人はそれを裏切らないものなんだ」
「キム・サッガズは自分の父親にも服従を誓ったはずだよ。なら父親からの申し出を断れなかったんじゃないの」
「確かにな」父さんはそう認めて、ぼくの理屈に賛成した。「だから息子は父に逆らわず、詩人になって世俗から離れたんだ」
「ぼくだったら父さんのために何かしたかったと思うよ」ぼくは、王のために、自分の父親の元を離れるなんて理解できなかった。
「なんておまえは頑固なんだ!」父さんが声を上げた。
「ちがうよ、だってそれは父さんの考えでしょ。父さんは大人だからって、ぼくよりもこのことを理解してるって言えるの?」
「かしこくなったな。さあ、いい子だ、わたしといっしょに飲もう」
父さんはもう一つの盃を満たした。それは作法としてそこに置いてあった空の盃だった。
父さんの申し出はぼくを混乱させた。それまで、ぼくは酔っぱらいは敵とみなしていたから。母さんがそれを嫌っていたからだ。でも今、ぼくは長く考えることなく、盃を手にとった。
「さあ、飲め!」
ぼくは一気に飲み干した。すぐに、ああ、ぼくの目は涙であふれた。酒が強烈だったから。父さんがすぐになつめやしの実をぼくの口に入れた。それで少しよくなった。
「どうだ、うまかったか?」
「うん」とぼく。
「さあもう一杯どうだ」
ぼくはうなづいた。口がきけなかった。ぼくの体の中は大騒ぎ、のどはといえば詰まったみたいな感じだった。それでもぼくは、父さんがキム・サッガズの詩を一つ、また一つと朗読している間、文句も言わず、静かにそこにすわって聞こうとしていた。
ぼくと父さんが二杯目を空にしようとしていたとき、ぼくの手にはすでに二つのなつめやしの実があった。今度はそう悪くない味だった。楽しんで、意気揚々とそれをかみくだいた。なのに、すぐにぼくの頭はくらくらとして、奇妙なわけのわからない感じになった。それでもぼくは、降参せず、すべて問題なしという風にそこにすわりつづけた。
そのとき母さんがやって来て、ぼくらの宴に加わった。そしてぼくがおかしくなっていることに気づいた。
「ああ、本当だ。うん、確かに変だ」と父さんが言った。「二杯、盃を空けたんだ」
母さんは度胆をぬかれたようだったけれど、何も言わず、ひどく怒っているようにも見えなかった。むしろ呆れた風だった。
「もう一杯、飲んでもいいかな?」ぼくは父さんに聞いた。
「いい加減にしなさい」と母さんが叫んで、盃を取り上げた。
「ああ、かわいそうに」と父さんが母さんにたのみこんだ。「小さな盃の一杯や二杯、どうってことはないさ。孤独の日々に、やっと友を得たんだからな」
「わかったわ。でももうこれ一杯だけですからね」母さんが盃を満たした。
得意になって、ぼくは三杯目を飲み干した。すごく大人になった気分だった。ぼくは父さんの友だちとして、すばらしく頭がよくてたくさんの話を知っているそういう人の友として認められたんだ。
「父さん、詩人にとって一杯の酒がどんな大切なものか、母さんにもわかってもらえたらねぇ」
「そういうことだ」と父さんは言い、母さんはと言えば、ぼくを横目づかいに見ていた。
母さんがぼくに感服しているのか、からかっているのか、よくわからなかった。どっちにしても、まったく気にならなかった。月が煌々と輝き、あたりは桃の香りに満ちていた。ぼくはその日、盃を手に、父さんの友としてそこにすわっていた。
|