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18. 古い科学、新しい科学


 出会ってごく最初の頃から、イグウォンがぼくよりずっと注意深く、とことん突きつめて学習をしていることに気づいていた。ぼくの場合は、一日の終わりに、大きな問題を残さず講議を書きとめることができて、それが何を意味しているのか理解できていれば、それで大満足だった。一方、イグウォンは学習したことを考えつづけ、さらなる不明点、さらなる疑問を発見してみせるので、ぼくらは一度覚えたことを何回も何回も最初にもどって考え直さなければならなかった。終わりのない議論だった。イグウォンはすべての教科にわたって真剣だったけれど、物理学と化学を最重要事項と見ていることは明らかだった。エーテル、物質、エネルギーといった難しい概念を自分のものにしようとする熱意にぼくは心打たれた。イグウォンはときにこの問題の本質を理解するために、翌朝の生理学や解剖学の講議に間に合わない可能性があっても、夜を徹して取りくもうとした。
 こういう夜は、ぼくら二人ともひどくお腹が減って、部屋の前の路地を毎晩通る蒸しまん売りの声を心待ちにした。蒸しまん売りはどの家の、どの階の生徒が真夜中過ぎまで勉強し、空腹に耐えているかを熟知していた。売り子の歌声は最初遠くの方から聞こえてくる。ちょうど蚊が近づいてくるときみたいに。だんだん声は大きくなって、ぼくらの部屋の窓の真下まで来ると、ぴたりとやむ。売り子が入れ物を下に置き、ふたを引き上げる音が聞こえた。イグウォンは含み笑いをしてよろい戸を開け、あんの入った蒸しまんを二つ手にした。売り子の声はふたたび遠くなり、ぼくらは教科書に戻った。
 科学関係の教科書にまじって、イグウォンの書棚にはほんの少しの軽い読み物があり、なかでも日本語訳されたヨーロッパの小説類は、ぼくが著者名くらいしか知らないものだった。ある日ぼくは哲学に関する本を書棚から見つけた。その中の1册「存在の原理」を取りだし、読みはじめた。それは日曜日のことで、イグウォンは級友のところに出かけていて、ぼくはひとり部屋に居残っていた。ぼくはその本に夢中になり、午後の間中読みふけった。夕方戻ったイグウォンはぼくが本に没頭しているのを見て、最初喜んでいたが、あまり哲学的なことに心を奪われるのはよくないと注意した。それはやるべき他の勉強の気をちらすからと。イグウォンは、東洋人はなにかにつけ、非現実的な思惑に囚われがちだと思っていた。
 そうだったとしても、その本をあきらめるのは辛いことだった。そこには人間が自問しうるもっとも深遠な問題が扱われていたから。そのようにぼくには見えた。その本を放棄すること、もう二度と読まないと決心することはたいして利にかなっていなかった。すでに読み終えた部分のことをあれこれ考えてしまうからだ。それで2、3日たって、イグウォンの忠告を無視して、その哲学書を書棚からふたたび取りだした。
 「ぼくらがヨーロッパ人から遅れをとっている近代科学っていうのは」 ある晩イグウォンはこう話しはじめた。「抽象概念から生まれたものじゃなくって、自然に対する実地の知識から得られたものなんだ。それこそが自然科学の真実であり、同じことが医学にも言える。ぼくらの祖先はいつも人体を古代の思想家たちの視点からしか理解してこなかった。大胆にも人間の体を切り開いて、中の器官を自分の目で観察したのは西洋の科学者たちだった。彼等は憶測や想像をやめて、どこに心臓や腸はあるのか、静脈や動脈はどのように人体に配されているのかを見ようとした。その大胆さ、勇気に近代医学の成果は負っているんだ。それは昔の知識の百倍もすごいものなんだ」
 イグウォンもぼくも土着の古い医術をもった知り合いがいなかった。これまでぼくらは、医術を他の伝統的なものと同様、時代遅れの役立たずなものとしてみなしてきたけれど、それを学ぶ必要に迫られることもなかった。古い医学校には学究的な姿勢や科学的な視点がないことはわかっていた。ぼくらが聞いていたのは、古い医術の師になるには、最低10年は学ばなければならず、そのために医学の徒はみな髪が白くなっているということだけだった。
 あるとき珍しい古い写本が手に入った。イグウォンはおじさんが昔風の医者だったという友だちを訪ねたことがあった。おじさんが残した本はみな焼かれてしまったが、1册だけまぬがれたものがあり、それをイグウォンはぼくらの部屋に持ち帰った。ぼくらは本を1ページずつていねいに繰りながら見ていった。そしてそこに解剖学を扱った章があるのを見つけた。さまざまな角度から見た人間の体が筆描きの絵でたくさん載っていた。体の表面にたくさんの線と点が描かれ、難しい名称が記されていた。線は生命線と呼ばれていたが、その経路は動脈とも静脈とも重ならなかった。本の巻末に体の内部が筆描きの絵で添えられていた。それぞれの器官はざっと簡単に、まるで画家の下書きの絵のように描かれていた。胃と心臓の外形はぼくらの学校の教科書と一致していた。いっぽう肝臓は、驚いたことに、7つの小さな葉で左肺から心臓にかけて並んでぶらさがっていた。それは小さな循環システムを表わしているようだった。
 ぼくらはその原始的な解剖図を見てほほえんだ。でも著者が実物を一度も目にすることなく描いたその解剖図を誉めるわけにはいかなかった。昔の医者たちが解剖をしたことがないのは知っていた。体の内部がどうなっているかを知る手立ては、手でさわること、指を使って体の表面から探ることのみだった。
 この風雅な医者たちは病人の体にさわることをめったにしなかった。耳を患者の胸につけたり、器官をたたいて音を聞くこともなかった。医者たちは患者の顔を見て、患者自身の訴えをいろいろ聞き、脈をはかるだけだった。そして助手に作らせる処方薬を書きとめる。治療に必要な薬草、根っこ、植物が診療室にずらりと保存されており、丸薬、液薬、軟こうが医者の管理の元で作られた。患者のためにされることはそれだけ、外科手術も、注射も、X線治療もなかった。唯一、患者に生命の危険があると思ったときには、針を患者の体に突きたて、つぼに当たるところにそれを差し込むことがあった。
 どうしてこんなにも長い間、こんな単純な医術を学んできたのか。学生たちは人間の存在の意味についてずっと哲学したり、あれこれ考えてきたのか。それとも薬草の効能について学ぶ日々だったのだろうか。
 古い医術の本で、人体の解剖について記述したものは見たことがなかった。そういう本を手に入れることは不可能で、医者たちはみな古い医術の本をまるで秘蔵の本であるかのようにしてそれに従っていた。
 
 人間の体は神聖なものと考えられていた。魂が去った後はなおのこと。体は土に帰り、自然と完全に調和するのだ。そうすることで、その命も後世の人々も災いなく過ごすことができる。このような理由で、たとえ医者であっても死人の体を解剖することは自然の摂理や魂に対して反することなのだ。以前はこの学校でも、まだ学生がすべて朝鮮人だったころは、解剖実験に参加することをみな拒んだそうだ。学生たちは近代医学が、時代遅れの朝鮮の原始医術に比べて、数段優れていることを知っていたから、それを学ぶことを切に望んでいた。にもかかわらず、死体を、死んだ人間の体を解剖をすることに対して、重い罪の意識を抱えていた。
 ぼくらの国に最初に西洋の文明の紹介が試みられたのは、ほんの数十年前のことにすぎなかい。古い考えからぼくらが、しばしの間自由に生きてきたとはいえ、ある冬の夕べ、初めての解剖実験をするために恐ろしい建物に連れて行かれたときは、どうにも不安でしかたなかった。イグウォンとぼくは他の6人の同級生たちと、大きな机の上に置かれた若い男の棺台におそるおそる近づいた。男は来るべき恐ろしいことにまったく無抵抗だった。台から少し離れたところで、ぼくらは全員立ちどまって、青ざめた人間を見つめた。大地の下深いところで静かに眠るかわりに、冬の昼日中、金属板の上に裸をさらして寝かされていた。イグウォンが凍った視線をよこし、ぼくの手をにぎった。
 「この臭い!」 イグウォンは気持ち悪そうにつぶやいた。
 教授がやってきて、今日は腹部の器官を原位置で見ますと説明した。人体を解剖するのは人間の尊厳を犯す行為ではありません、そう教授は言った。教授の視点から見れば、ぼくらは科学という祭壇の上で、遺骸をさずけられ、死人に対して名誉なことをなしていることになるのだ。教授はだれかあばら骨のところの皮膚を切ってみる勇気のある人はいませんか、と聞いた。だれもしばらく動かなかった。ついに一人の学生が自分の器具を手に、前にゆっくり進みでた。そして指示されたように事をなした。その後ぼくらは順番に事をなしてゆき、最後に大網がきれいに空になるまで、全員で作業をして終えた。
 この間に手術台の照明の下で、あらゆる器官を見た。そして街が闇に包まれるころ、家路についた。家についてから、ぼくらは食事をことわり、その夜中口をきかずに過ごした。身のまわりのあらゆることが、勉強も、人生観も、自然も、人間の暮らしも、すべてが意味のない醜いものに感じられた。学校を後にしたときは、すぐにでも温かい湯につかり、自分の体を洗い浄めたかった。と同時に、自分の裸の体を見たり、手で自分の肉にふれるのが恐ろしかった。じっと横たわり、今日の午後のぞっとするような記憶を忘れようとつとめた。イグウォンは机の前にすわり、次から次へと不安げに本を繰っていた。ときどき「ぞっとする」「野蛮」「おそろしい」などの言葉を発していた。とうとうイグウォンは興味をひく本を見つけた。イグウォンはそれを止まることなく読みつづけた。ぼくは眠りに落ちた。少しして目を覚まし、また眠り、そうやって一晩中、断続的なまどろみを行き来していた。その間ずっとイグウォンは本に向かったままだった。
 「ぼくら、ほんとうにこのまま医学をつづけるのか?」 イグウォンが翌朝ぼくに聞いた。
 「わからない」 ぼくは答えた。