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15. 干ばつ
家にもどったぼくを見て、村長はことばが出なかった。ぼくをじっと見つめ、立ちすくんでいた。どこへ行っていたのか、なぜ帰ってきたのか、何も聞かなかった。 「自分の部屋へ行きない」 そっけなくこう言った。 村長の奥さんもまるでよその子を見るようにして、ぼくを見つめるばかり。おばさんが夕飯を部屋に持ってきてくれた。うれしかった。いつもおばさんはぼくに優しくしてくれる。 「帰ってきたよ、おばさん」 ぼくは言った。でもおばさんはことばを返さず、部屋を去った。 ぼくは3日あまり家を離れていた。帰り道は、行きよりも、長く感じられた。さびしい道が果てしなく続き、あたりには小さな丘がときどき見えるだけの退屈な田舎の風景、やっとぼくらの村の山が目に入るまでそんな調子だった。こうして今は、もの音ひとつしない静けさに満ちたこの村に帰ってきた。牛がどこかで啼いている。牡蠣の岩に波しぶきがあたる音が聞こえる。真夜中ちかくに部屋の窓をあけると、打ち寄せる波頭が目にはいり、砕ける白波は生き物のようだった。浜と波はまじりあって区別がつかない。青い月あかりの中、ひっそり眠る茅葺き屋根の家々が、暗い丘を背景に白く浮かび上がっている。2、3日前のできごと、そしてこの静かな村。いったいどっちが夢なのか。 お百姓たちは畑をたがやし、種をまき、野菜を植える。女たちは家で糸をさらし、布を織り、蚕の世話をする。 遠くの渓谷では、カッコウが鳴き、ヒバリが空高く舞い、キンポウゲや野バラがいっせいに花開いていた。 晴れた日が何日もつづき、いつもなら来るはずの春の雨季がなかった。夏の初めになっても乾季がつづき、農民たちは心配をはじめた。土はからからに乾き、田んぼは干上がった。秋の収穫が危ぶまれた。 多くのお百姓たちはこの干ばつが、日本人のせいだと信じこんでいた。あちこちの城壁が壊されたり、歴史的な建物が取り壊されたり、墓が荒らされたりといった他のことと同じように。 墓荒らしは最大の悪事だった。日本人は埋葬されていた高価な磁器を強奪したという。そしてそれを東京に持ち帰り、高値をつけて売ったらしい。どの山にある墓も、暴かれて天にむかって口を開けていた。古代の人々の骨が、山に散らばり、白日の元にさらされていた。道路建設の間にも、野蛮人たちはあちこちの古い墓を冒とくし、破壊した。山の斜面を歩いていると、頭蓋骨や人骨が上から転がり落ちてきて、驚いて逃げ出したという人の話も聞いた。こんな悪事を神様がほおっておくことはないと思った。 干ばつは続いた。どの畑にも一滴の雨さえ降らなかった。あちこちで土に深い割れ目ができていた。村人たちは昼も夜も、水を運びはじめた。村のたったひとつの川は干上がっていたので、何時間も歩いていちばん近い泉まで、あるだけの容器をたずさえて水を汲みに行かねばならなかった。まだ芽を出したばかりのひ弱な野菜を次の日までなんとかもたせようとして。女たちは星空の下、中庭であるいは畑のそばで、ひざまづいて雨乞いをした。ろうそくの灯りのそばに木の台を置き、その上に水を入れた鉢をお供えし、罪のないお百姓をお助けくださいと神様に乞うのだった。 神様は無情だった。毎朝、東から燃えたつ玉のような太陽が昇り、一日中苦しむ大地を照りつけた。 お百姓たちは畑で歌うことを長らくやめていた。沈黙の中で、日中はくわを振り、夜になるとみんなでかすかな雲の痕跡に目をこらした。ぼくでさえ、夜よく眠れず、空を見上げに出ることもあった。みんな深い悲しみにくれ、互いに口をきくこともなかった。 ある朝早く、共に寝起きしていたお百姓に起こされて外に出ると、空模様がかわっていた。雨が湾をおおうように降りこめた。村じゅが喜びで沸きたった。 雨のあとすぐ、また厳しい暑さがもどってきた。米は生きのび、順調に育っていった。耕作は朝早くから夜遅くまでつづけられた。毎日ぼくはかあさんからの手紙を待っていた。かあさんには黙って家出したことを詫びる手紙を書いて送ってあった。かあさんから返事がくるまで、ソンニムにとどまることをぼくは願っていた。村長はぼくに、かあさんはぼくがいなくなった間、ほとんど一睡もせず、ものも食べずにいたと言った。ひとり自室にこもり、だれとも話をせずにいたと聞いて、どれだけの苦痛を与えてしまったかと気を落とした。ある夜のこと、かあさんが村にやってきたと教えられ、驚いた。ぼくがそばに行くと、かあさんは静かにほほえんでぼくを受けいれ、ひとこと、元気にしてる、と聞いた。 次の夜、かあさんと二人で部屋にいると、ぼくが勉強を続けたいとまだ思っているかどうか聞いてきた。 「ううん」 ぼくは答えた。 「よく考えなさい」 「ほんとうに、したくない」 「どうして、勉強したくなくなったの?」 「もしぼくが勉強しようとしたら、いつかソウルに行くことになる」 「そうしたくないの?」 「したくない」 「どうして?」 「かあさんのそばを離れたくないから」 「ソウルに行くといいよ」 かあさんはそう言った。「明日、町に帰りましょう。勉強をつづけなさい」 「そうはしない」 「そうしなさい。やってごらん。かあさんはそう望んでるのよ」 ぼくはよくわからなかった。なんでかあさんがこんなこと言うのか。なんでそうしろと言うのか。ぼくは勉強をつづけたいと、ほんとうに思わないのだった。新しい時代はぼくにとってよそものだと知った、それにぼくには新しい科学への適性もない、そう思っていた。「わかったよ、かあさん、やってみるよ」 最後にぼくは言った。
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