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14. 春
冬のあいだ、前の学校のことや、友だちのこと、みんながぼくに教えてくれたヨーロッパという新世界のことをよく考えた。子どものころ大事にしていた、美しい街並やこの世のものとは思えない立派で背の高い城の写真のことを思い出した。湾に沿って、吹雪の中をほとんど視界を失って歩いているときなど、想像力がふくらんで、はるか彼方の西洋の街並や、そこを行き来する背の高い、明るい髪の陽気な人々が目の前に浮かんだ。その人たちはこの世の心配事や生活の苦しみ、不道徳なこととは縁がないのだった。知の道を追求し、生涯を自然や宇宙への探究にささげていた。もし真に新しい文明にふさわしい教養ある人間になりたいのなら、西洋に行って勉強しなければならない。そこでは人は自らの目であらゆることを見、経験し、あらゆる新しい学問をそれを発見した人自身から学ぶのだ。今までに耳にした西洋の美しい伝説やエピソードの数々が思い出され、そこに行くにはどうしたらいいのかを考えはじめた。 吹雪はおまさり、湾の氷がとけて割れ、消え去った。暖かな日がやってきた。 あるよく晴れた3月の午後、ぼくはシンマクに向けて出発した。シンマクは村からたっぷり2日はある小さな市場町で、そこには鉄道があると聞いていた。そこで汽車に乗ったら、朝鮮の北の国境を越えて、きっともっともっと遠い西の方へ行けるのではないか、そしてついにはヨーロッパに行きつけるかもしれない。それがそのとき知っていることのすべてだった。鉄道ってどういうものなのか、どうやって乗りこむのか、外国に行くにはどんな言葉を習得すべきなのか、ヨーロッパの人たちはお金を使うものなのか、というようなことがまったくわかっていなかった。 その午後中を歩きとおし、夜も月あかりをたよりに歩きつづけた。次の日も歩きつづけ、日が暮れるころ、平原のはるか向こうに町の灯を見つけた。遠くからではあったけれど、ぼくの知っている町とは違う、ざわめきとせわしなさと騒音にあふれた場所だとわかった。大通りの立派な家はすべて日本人に占領されていた。日本人の下駄のカタカタいう音にはすごくいらいらさせられた。その人たちがあげるかん高い声、絶えまなくプープー鳴らす警笛、鐘を振る音、そして人力車や自動車、自転車が群集の中を縫うように走っていた。満州行きの列車は次の朝までないということだけ耳に入れ、町のはずれにある鉄道駅まで無事たどりつくことができた。 このようなものを見たことがなかったので、鉄道駅舎と車線を完全に把握しようとつとめた。翌朝来たときにまちがえないよう、注意深く入り口と出口を確認もした。あちこち歩きまわった後に、町外れの宿屋に寝場所をさだめた。人生で初めてのひとりでとった宿。朝早く起きようと思っていたので、夕食を食べた後、すぐに横になった。前の晩から休むことなく歩きつづけたので、ひどく疲れていた。 疲れ果てているにもかかわらず、よく寝つけなかった。足が痛み、まどろみの中に母さんの姿が何度も何度もあらわれた。母さんには、村の家の小さな机で、簡単な別れの手紙を書いてきた。そうすればぼくのことを探しまわらなくてすむ。このやり方でなくては、母さんはぼくを心配して、行かせてはくれなかったろう。ここへ来る道、手紙のことを思って心が休まった。母さんのことも忘れかけていた。なのに今、ここに母さんが目の前にいるみたいに感じられるのだ。やっと眠りの発作におそわれても、すぐに目がさめてしまい、うとうとしたり起きたりを繰り返した。母さんがぼくの名を呼ぶ声がして、悲し気に手紙を読んで言葉をなくしている姿を見た。いつもソンニムに訪ねてくるとするように、母さんはぼくのほおを両手ではさみ、ほほえんだ。一晩中このようなことが続いた。 子どもの頃の夢を見た。ぼくは外庭でわらの枕に腰掛けて、母さんが染めたばかりの絹の布を干しているのを見ていた。暖かな日射しが外庭を満たしていた。母さんが顔を見せるのをどきどきして待ち、母さんのところに走っていって、うしろから抱きつき、こう言うのだ。 「あててよ、かあさん、後ろにいるのはだーれだ」 母さんは絹の染め布をかけるのを終えて、振り返り、胸のところまでぼくを抱きあげた。 「さあ、だれかなぁー」 母さんはぼくを高く持ち上げて、笑った。「だれだか当てようか? 母さんの金の枝、ひすいの箔。おまえはいつか、素晴らしい詩人になる? それとも絵描きかな。英雄か知事さんかしらねぇ?」 夜が明けるころに、母さんがさめざめと泣いているのを見た。ぼくは母さんのひざに頭をのせていた。ぼくは困惑して、こうささやいた。「泣かないで、母さん。ぼくは行かないよ」 母さんが泣いているところを見たのは一度だけだ。それは父さんの葬式の後、山から降りてきて、墓守の家の外の天幕の中で一夜を過ごしたときのことだ。目が覚めるたび、のぼせと震えが交互にやってきた。 夜が明けはじめ、冷たい刺すような風が平原に吹きつけていた。白壁の小さな駅舎は煌々と灯がともされ、集まった人々で混雑していた。多くは日本人で、ぺこぺことおじぎを繰り返している女の人たちに加えて、兵隊の人もいた。窓口が開いて、乗車券が売り出され、制服を着た人々が列の先頭に陣取った。次に平服に下駄ばきの人々がついた。ぼくは列の最後尾につき、自分の番がきて、満州までの乗車券を手に入れた。 線路の上にはもやが降りていた。氷のような冷たい風が待っている乗客たちに吹きつける。ようやく汽車がうなりながら、汽笛を鳴らしながら、煙りを上げながら到着した。乗客たちがいっせいに客車に突進し、ドアを押して乗り込んだ。すぐに列車は汽笛を鳴らし、出て行った。ホームにぼくを残して。 乗務員がやってきて、ぼくになんで汽車に乗らなかったのかと聞いた。うまく理由が言えないでいると、ぼくの手から乗車券をとって調べはじめた。「奉天まで行くんだと?」と大きな声を上げて、ぼくのことを見つめた。それから詰め所までぼくを連れていって、そこにいる仲間たちにわけを話した。 一番年配の人が名前と年を聞いてきた。 「ご両親はきみが奉天まで行くことを知っているのか?」 疑うように聞いた。 「いいえ」 ぼくは答えた。 「やっぱりそうか」と、厳しい目でぼくを見た。 「満州に行って何をしようとしたんだ?」 「ヨーロッパに行こうと」 ぼくは少し口ごもって答えた。 その人はしばしぼくに目を据えた。「あんな遠いところに行こうってか? パスポートは持ってるのか?」 「いいえ、思いもよりませんでした」 「ふむ、じゃあ、荷物はどうした?」 「何も持ってきてません」 「英語がしゃべれるのか? フランス語は? ドイツ語は?」 「いいえ、準備する時間がありませんでした」 「お金はいくら持ってるんだ? 見せてごらん」 机の上にあり金すべてを置いた。それを見てその人は笑いだした。「おまえは荷物もなしで、英語もしゃべれず、パスポートもなく、ほんの少しの金しか持たずにヨーロッパへ行こうってわけか?」 「はい、そういうことになります」 その人はさらに鋭くぼくを見つめた。「じゃあなぜ、さっきの汽車に乗らなかったんだ」 それには何とも答えようがなかった。ぼくを詰め所に連れてきた若い乗務員が、最初っからこの子はそれに答えないんですよ、と口をはさんだ。 「言ってごらん。なんで汽車に乗らなかったんだ?」 年配の乗務員がまた聞いた。 「あわただしくて、騒音がすごくて、あっという間のできごとだったから」と答えた。 若い方の男が鼻で笑って、前にもそういうことを朝鮮人から聞いたことがある、と言った。「鉄道は朝鮮人にはりっぱなものというより、うるさくて速すぎるものってことかな」 そう若い方が言うと、みんなが笑った。 「でもなあ、おまえの考えはロバでヨーロッパへ行くようなもんだぞ」 年配の男が言った。 「はい、簡単なことではないですね」 ぼくはそう言わざるおえなかった。 「明日また、ヨーロッパ行きをやってみるか? 騒音にめげないで」 「どうするか、まだ決めていません」 これで話は終わった。乗務員は乗車券を取り上げ、その金を払い戻し、ぼくの他の所持品といっしょに置いた。 「さあ、家に帰って勉強を続けるんだ。この国の学校はヨーロッパと比べて、そう劣ってもいない。勉強ができて、学年で首位の成績が取れれば、ソウルかどこかに行って大学で勉強すればいい。ここの大学はヨーロッパのものと比べても見劣りしないし、ソウルには新しい文明があふれてるよ。公共の建物は西洋式に建てられていて、3階、あるいは4階建てのものもある。大学の教授たちは立派な西洋式の背広を着ている。覚えておくんだ、ご両親が行ってもいいと言ったら、ソウルに行くんだぞ。わたしがここの規則に厳密に従うなら、きみのような家出少年はつかまえて、警察の保護のもとに家に送り返さなければならない。でもきみは悪い子には見えないから、特別にとりはからってやろう。お金を持って、家に帰りなさい。気をつけてな。お金は大事なものだからな」 ぼくは宿に戻って、眠った。夕方近くまでそのまま寝てしまった。起きると日はもう落ちていて、部屋はとても寒かった。外の通りはまだ騒々しく、日雇い人力車の叫び声、自転車のベルの音、屋台の商人の物売りの声、中でも日本で人気の常備薬、仁丹売りの声がひときわ響いていた。遠くの方から駅にすべりこむ蒸気機関車の汽笛が聞こえてきた。汽車のとまる金切り音に車掌の号令。今度は反対方向から別の列車が耳をつんざくうなり音をたててやってきた。どこかで警官が男を打ちたたいていた。だれもそのうめき声と許しを乞う叫び声から耳をふさぐことはできない。歩道をカタカタと鳴らす下駄の音、軍歌を打ち鳴らす楽隊。 そんな中、ぼくは家への帰途についた。
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