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マハラ・ジョー 第1章(1)

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『三本松』のカンプーディ、『トレ・ピノス』とスペイン語で言った方がわかるかもしれませんが、そこに一人のインディアンが住んでいました。一族のあいだで女の服を着て歩きまわる男として知られており、マハラ・ジョー(女のジョー)と呼ばれていました。男は50歳になろうという年齢で、静かでやさしい顔をしていました。男の仕事をするときには、ブルーのオーバーオールの上に着たドレスの裾をたくし上げて働いたものですが、お祭りやダンスのときは、他のマハラ(インディアンの女)たちがするように、ウエストにリボンを、頭にハンカチを巻いていました。白人たちについて知識があり習慣をよく知っていることで皆から一目おかれていましたが、顔にきざまれた深い悲しみのしわが、女の服装が実は耐えがたい恥の証であることを人々に思い出させました。この話はパイユート一族のあいだでは恥の話として伝わっていますが、あなたが物語を終わりまで読んで、どうして男が女の服を着るようになったかの本当の理由を知ったなら、そんな風には思わないかもしれません。

 五十年前(1840年頃)、トレ・ピノスのあたりの谷間は、北はトゴバ、南はビター・レイクまで広がるいちめん牧草と黒緑色のセージの海で、そこをシカやレイヨウが草を食べ尽くしながら移動していました。シエラからの水量のある川という川が流れこんでいる辺りがパイユートのカンプーディ(集落)で、ここの人々が知っている白人といえば、山岳地帯を行き来する部族たちからのうわさ話くらいのものでした。しかし少しして白人の牧場主たちは牛や馬の群れを追ってシエラの山道を越えてパイユートの牧草地までやって来ました。インディアンたちは牧場主たちがこの地へやって来るのをじっと見守っていました。それはあまり愉快なことではありませんでしたが、一族の長老たちの忠告で、がまんをしていました。夜となく昼となく、人々は薬草をつくり、白人たちが立ち去ってくれるよう祈りました。
 トレ・ピノスの谷間に最初にやってきた牧場主の中に、ジョー・ベイカーという若い妻をつれた男がいて、カンプーディからそう遠くないところに家を建てました。枝編みの小屋から小屋へとうわさ話が走り、インディアンの女たちは遠巻きに、でも興味しんしんにこの若い妻の様子を見ていました。その年が終わってしばらくして、干し草が白っぽくへたってきたころ、六十キロメートル南のエズウィックの砦から、一人の医者が馬を駆ってやって来ました。医者は人々の前を目にもとまらぬ早さで駆け抜けていきました。それから三日目の夕方のこと、ジョー・べーカーがカンプーディに向かって歩いて来ました。悲しみに沈んだ顔でした。ジョーは籠の中に何かくるまれたものを入れ、小屋のある方に近づいて来て、女たちを心もとな気に見ました。夕食がそろそろ始まる時間で、マハラの女たちは火を囲んですわり、鍋を見ていました。ジョーは子どもの世話をしている若い女の方に向かって歩きはじめました。女は明るく楽しそうな顔つきをしていて、子どもは生後半年くらいのようでした。女の夫はそばに立って妻と子を見おろし、ほこらし気でした。ジョー・ベイカーはそのマハラの女の前にひざまづくと、巻いた毛布を開きました。男が若い妻に見せたのは、生まれたばかりの顔中しわだらけの、泣き叫ぶ赤ん坊でした。
 「この子の母親は死んだんだ」と牧場主の男。若いインディアンの妻は英語がわかりませんでしたが、なにが起こったのか知るのにことばはいりませんでした。女は赤ん坊を哀れみをこめて見てから、夫の方におずおずと目を移しました。ジョー・ベイカーは歩いて行ってライフル銃と弾薬ベルトをパイユートの男の足元に置きました。インディアンの男は銃を取りあげ、指をかけました。妻はそれを見てほほえみ、自分の子を置くと白人の小さな子を胸に抱きあげました。その子はワッと言って妻に吸いつくと、泣きやんで静かになりました。若い妻は声をあげて笑いました。
 「ほら、この食いしん坊を見てよ」と言い、「ほんとにこの子真っ白だわ」と感心しながら毛布を赤ん坊にじょうずに巻きつけました。
 牧場主は、インディアンの中の少し英語が話せる者に呼びかけました。
 「この人に、この子のめんどうを見てくれないかと、聞いてみてくれ。この子の名はウォルター。この子に必要なあれこれをしに家に来てもらって、この子が順調に育っていけば、毎月、おれの飼っている牛の群れから元気な子牛を連れていっていい」。それで話は決まりました。



マハラ・ジョー 第1章(2)

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 ウォルターはすくすくと大きくなって、父の家で寝起きできるようになりましたが、インディアンの女「エビヤ」は毎日その子の世話をしにやって来ました。エビヤの息子はその子の兄でした。ウォルターは英語を学ぶ前に、パイユートの言葉を覚えました。二人の男の子はいつもいっしょでした。でも、小さなインディアンの子はまだ名前がありません。パイユートのあいだでは、名前に値することを成すまでは名前をもらえないのが習慣でした。
 「ぼくには名前があるのに」とウォルター。「だからこの子にも。ジョーって呼ぼうっと。ぼくの父さんの名前だよ、いい名前でしょ」
 ベイカー氏が牛の放牧で家を離れるときは、ウォルターはカンプーディで寝泊まりしました。ジョーの母親はウォルターにシカ皮のシャツを作ってやりました。このころにはウォルターはお日さまや風にさらされて小麦色の肌になっていて、目の色だけが白人である名残りのようでした。ウォルターは幸せいっぱいでした。ここで言っておかなくてはならないのは、この二人の過ごした日々の何もかもをお話しするわけにいかないこと。ジョーが女の服を着るようになった物語を語るようにはね。二人して初めての猟に出たことも、トレ・ピノスのクリークで二人が何を見つけたのかということも、ここではなし。
 マハラ・ジョーにまつわる出来事、それは矢造り男の話にはじまります。矢造り男は昔の戦いのときのケガでひざが悪く、そのためいつも小屋の脇の日影で、集落の若者たちがトゴバから取ってきた黒曜石を研いでは矢じりをつくり、川沼のアシの茎にそれを付けて弓矢に仕立てていました。男はウォルターとジョーに、泥沼の中を行ってアシを取ってくるようなだめすかしました。沼地は男の足に悪いからです。二人は男と取り引きし、猟のための矢をもらったり、男の昔話をねだりました。一抱えのアシは三つの矢になり、二抱えのアシはお話に変わりました。お話のほとんどは素晴らしい猟の話、そして昔の戦争の話でしたが、冬が来て、草むらで立ち聞きするヘビの姿もなくなると、男は不思議な物語を話しはじめるのでした。男の子二人は足先を温かな灰の中につっこんで横になり、矢造り男の話がはじまるのを待ちました。
 「ワバンの頂上に立てば」と矢造り男。「大きな丸石が谷を東へ西へと、見おろしているのが見える。ちょうどパイユートとショショーニの境界線のところだ。丸石の高さは大男の百倍くらい、厚みは馬六頭分以上もあった。その影は斜面をおおいつくした。朝にはパイユートの人々の方に向かって影をおとし、夕べにはショショーニの地に落とすといった風だった。谷のこっち側、カンプーディが建ちはじめるあたりから、並んでいる松の木が重なり合うようにいっせいに上流の方に向かって伸びているのが見えるだろう。ほら、長い枝が丘の方に腕を張り出しているだろう。風向きのせいさ、と言うものもいるだろう。しかしおれはこう思う。山を少しでも早く目覚めさせるために、ああやって腕を伸ばしているのだとね。さあ、話してやろう、何が起きたのかをな」



マハラ・ジョー 第1章(3)

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 「ずっと昔のこと、この谷に住むパイユートはすべて、酋長のウィンネデュマと呪術師のティンネマハというニ兄弟に治められていた。二人とも大変かしこい男で、どちらも相談なしに一人で何かするということはしなかった。二人は部族の者たちに、争いごとをしないで、兄弟のようにしっかり守り合うことを教えたので、この地は平和だった。その頃は白人のことなど聞いたこともなかったし、獲物も充分にあった。若者は年寄りを尊敬していて、今みたいなことは何一つなかった」
 矢造り男の話がここまでくると、少年二人はつま先をもぞもぞさせ、男の矢を持って逃げてしまうよ、というそぶりを見せました。二人にとってパイユートの秩序の低下などどうでもよかったのです。面白い話が聞きたかったのです。そこで矢造り男は、パイユートとショショーニの間で戦いが始まるところまで、話を急がせました。というわけで、ウィンネデュマは戦闘帽をかぶり、ティンネマハは薬草をこしらえます。二人がパイユートの人ひとりひとりを兄弟のように結びつけたなら、この戦いに勝てるにちがいない、そのように話は部族の戦士たちのあいだに流れました。
 「そうだったかもしれない」と矢造り男。「しかし、最後には、みんなの心は水に変わってしまった。二つの部族はワバンの頂上にともにやって来た。そう、いま、大きな丸石のあるところ、二つの部族の境界線がある場所だ。どちらの戦士も、相手の呪術への恐れから自分の土地を退こうとはしなかった。だから部族たちは戦った。ワシたちは、弓のつるがブーンとうなる音を聞いた。そしてホワイトマウンテンから矢が振り降ろされた。ハゲタカが戦闘の臭いをかぎつけ、ショショーニの土地からやって来た。その羽は雨雲のように黒々としており、矢の下をかけ声ひとつかける素早さでくぐりぬけていった。パイユートの人々は弓の扱いがうまく、ショショーニの放った地中の矢を引き抜いて、射り返したりした。それを恥じたショショーニ一族が、日暮れどきになって呪術師たちのところに行って頼みこむと、中のひとりが(普通の矢では利きめがないので)ティンネマハに向けて魔の矢を放ち、矢は見事にのどに突き刺さった」
 「それが起きたとき」と矢造り男は続けました。「戦士たちは戦闘前にしたためていた言葉を忘れてしまった。呪術師に背を向けて、兄弟のウィンネデュマ以外のみんなということだが、ワバンから逃げ出した。ウィンネデュマはティンネマハのとなりに並んだ、それが二人の習わしだったからな。どんなことが起ころうとも、相手を見捨てないと。戦いを続ける者はもういなくなったが、ウィンネデュマは今なおりっぱな酋長だったので、ショショーニたちは捕らえることを恐れた。日が沈んで、ショショーニたちは闇の中に大きなかたまりを見た。そして『まだ、あいつは立っている』と言った。でも朝の光がやってきたとき男たちが見たのは、大きな岩のかたまりだった。今そこにある、あの岩だ。逃げて行った戦士たちはと言えば、みんな松の木に変えられてしまった。そうなってもなおそいつらは臆病者だったから、腕を山の方へと競うように伸ばしている。 それが」と矢造り男。「どうやって大きな岩がこのワバンの頂上にやってきたのかという話だ。でもそれは私や、私の父親の時代よりもっと前のことだ」。少年二人はウィンネデュマを見上げ、ちょっと恐くなり、このお話をすっかり信じました。



マハラ・ジョー 第1章(4)

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 矢造り男は年をとっていきました。寒い季節にはひざが痛み、冬のカモ狩りで少年たちが矢じりをどんどん使い果たしていくのに、矢造りが追いつかなくなりました。ウォルターの父親は15才になったらライフル銃を約束してくれていましたけれど、それは何年も先のことでした。トレ・ピノスの裏の峡谷にてっぺんが大きく割れた岩がありました。若者たちが馬を駆って猟に出るとき、そこに向かって矢を射り、その割れ目に矢が入れば幸運の印でした。少年たちはぶどうのつるをはしごにして岩によじ登り、古い矢じりをさがし出しました。二人はそこでこんなことを思いついたのです。
 「戦いのあったワバンの上には、もっといっぱい矢じりがあるんじゃないかな」とウォルター。
 「ああ、ぜったいあるさ」とジョー。
 「それを探しにいこうよ」白人の少年が言います。でももう一方の少年は、ウィンネデュマの矢の圏内にパイユートの誰一人行こうとする者はいなかったので、賛成しかねていました。それでも二人はそのことを話し合いました。
 「どれくらいまでなら行ってもいい?」とウォルター。
 「強い男の射った矢が届くあたりまでなら」とジョー。
 「きみがそこまで行ったら」とウォルター。「残りはぼくが行くよ」
 「二日はかかる旅になる」とパイユートの少年は言いましたが、それ以上反対はしませんでした。
 出発したのは、うららかな春の日のことでした。牧場主は川べりの牧草地へ出ており、ジョーの母親はタブース摘みにマハラの女たちみんなで出かけていました。
 「15才になって、ライフルを持つようになったら、何にも恐いものはないだろうなぁ」とウォルター。
 「でも、そうなったら矢じりを探しにいく必要なくなるよ」とインディアンの少年。
 二人はまる一日、これでもかというゴロゴロ石とやぶ木の間を登っていきました。前方の尾根の上に、二人は白く輝くウィンネデュマを見つけました。ところが二人が苦労して谷を降りていき、反対側の斜面を登ってみると、もとの尾根の方に白く光るものは移っていました。
 「沙漠の蜃気楼みたいだ」とウォルター。「近づくと遠ざかるんだ。行ってみると、そこにはもう水はないんだ」
 「それって、魔術だ」とインディアンのジョー。「魔術にさからうと、悪いことが起こる」
 「きみがもし恐いんなら」とウォルター。「どうしてそう言わないんだ?そうしたいんなら、帰ってもいいんだよ。ぼくは一人でも行くから」
 ジョーはなにも答えようとしませんでした。二人とも暑くて疲れきっていましたし、辺りの静けさに気押されてもいました。二人はだまったまま別々に歩き続けました。ときどき岩影ややぶ木にさえぎられて、互いの姿を見失いました。やがて二人がハイメサの上に出てみると、あたりにウィンネデュマはまったく見あたりませんでした。蜃気楼なのか、魔術なのか、どちらかの言っていたことの証のように。二人はそこで立ち止まって相談したらよかったのでしょうが、互いに腹をたてていたので、だまって歩き続け、このような高地ではよくあるように、日はまたたくまに暮れていきました。二人はだんだん近寄って歩くようになり、恐しさを感じはじめてもいました。とうとうインディアンの少年が立ちどまり、やぶ木の枝を集めて寝場所をつくり始めました。ジョーが二人が入れる大きさの隠れ家を作り上げたのを見て、ウォルターが話しかけました。



マハラ・ジョー 第1章(5)

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 「ぼくたち迷子になったの?」
 「今はね」とジョー。「でも朝になれば、道は見つかるさ」
 二人はシカの乾燥肉を食べ、枝編み水筒の水を飲み、恐怖と寒さから身を寄せ合いました。
 「なんであの石は見つからないんだろう?」ウォルターがささやきました。
 「わからない」とジョー。「どこか行っちゃったんだよ」
 「ぼくたちのこと、つかまえようとするかな?」
 「しらない。ぼくにはヘラジカの歯があるんだ」とジョーは言って、首からかけたお守りを握りしめました。二人は、はるか遠くの山肌を岩がころがり落ち、くだけ散る音を聞いて身震いしました。風は松の木々のあいだを走りまわっていました。
 「ジョー」ウォルターが言いました。「きみが恐がってるなんて言って、ごめん」
 「ぼくも」パイユートの少年も言いました。「ほんとは、ぼくだって恐いよ」
 「ぼくもだ」もう一方もささやきました。「ジョー」長い沈黙の後、ウォルターが口を開きました。「もしあいつが追いかけてきたら、ぼくらどうする?」
 「二人いっしょにいよう」
 「あのニ兄弟みたいに、なにがあってもだよ」と白人の少年。「いつまでも、ずっとだよ」
 「ぼくら、ニ兄弟だもんな」とジョー。
 「誓える?」
 「ヘラジカの歯にかけて」
 二人は順番にヘラジカの歯を手ににぎり、ウィンネデュマが岩のところから来ようとも、ショショーニが二人を見つけても、何が来ようと、二人はいっしょと誓いをたてました。それでやっと二人は落ちついて、手をつないで横になりました。
 「だれか歩いてるのが聞こえる」とウォルター。
 「松林の風の音だよ」とジョー。
 小枝の鳴る音がしました。「あれは?」一人が聞きます。
 「キツネかコヨーテが通ったんだ」ともう一人。でもそうでないことはわかってました。じっと横になったまま、二人は息をつめ、恐怖で胸をどきどきさせていました。何者かが闇の中を近づいてくる気配を感じていました。じゃりの上を歩くモカシンのかすかな足音、やぶ木をかきわけて進むシュッシュッという音。そして闇の中から大きな何者かが現れるのを見ました。それはやって来て二人の前に立ちふさがり、暗がりの中で、インディアンの形に大きくふくらみました。大男は二人に話しかけましたが、聞きなれない言葉だったせいなのか、二人の恐怖が大きすぎたせいなのか、どちらも言葉を返すことができませんでした。



マハラ・ジョー 第1章(6)


 「殺さないで!」ウォルターは声をあげましたが、インディアンの少年はじっと押し黙っていました。男はウォルターを肩にかつぎあげ、高く持ち上げてみせました。「白人か」と男。
 「ぼくたち、兄弟なんだ」とジョー。「二人で誓ったんだ」
 「それで」と男は言いましたが、なんだか笑っているように見えました。
 「死ぬまでいっしょなんだ」二人して言いました。インディアンはぶつぶつと何か言いました。
 「白人は」と男。「やっぱり白人だ」。でもそれは男が言いたかったことではないように見えました。
 「おいで、おまえたちの家に連れ帰ってやろう。みんなワバンのふもとのあたりで捜しまわっているぞ。この三時間というもの、そいつらとおまえたちの両方を見ていたからな」少年たちは闇の中でしっかり抱きあっていました。いま二人はこの男が誰なのかはっきりとわかりました。恐怖と疲れと寒さによる震えで、二人はよろめきつまずきながら歩きました。インディアンは立ち止まると、二人を見ました。
 「二人ともは運べんな」
 「ぼくの方が年上なんだ」とジョー。「ぼくは歩ける」。すると男はだまって震えているウォルターをかつぎ上げ、山を下りはじめました。三人は茂みの中を通り、アメリカカラマツの下をくぐって、長い長い道のりを歩いていきました。男は上半身裸で、肩に矢のつまった矢筒をたずさえていました。バックソーンの枝が男の皮膚をむち打ちひっかきましたが、まるで気にしていないようでした。ついに三人は、赤い灯にぼんやり照らされた平地が見えるところに出てきました。
 「あれが」とインディアン。「おまえたちの村の明かりだ。午後おまえたちがいないのに気づいて、ずっと捜しまわっていた。丘のわたしの場所から見ていた」そう言うと少年を肩から降ろしました。
 「いいか」と男。「白いのと、茶いろいのがいっしょにいると、よくないことが起きる。だがもう、誓いは結ばれてる。それを守っていけ」。男は後ずさりしながら、二人の目の前で闇の中に溶けていきました。少年たちの前方で、焚火が新たなまきで燃えあがるのが見えました。また、いくつもの影が、その形で友達の影とわかったのですが、人影と炎のあいだを動きまわっていました。二匹のおびえたウサギのように、大急ぎで二人は赤々とした場所にむかって走っていきました。
 ウォルターとジョーがカンプーディで一部始終を話すと、矢造り男はもちろんのこと、パイユートの人々みんなは大変驚き、感嘆の声をあげました。
 「それは間違いなく」と矢造り男。「ウィンネデュマだったんだろう。われわれの土地を探りに来たショショーニのやつらだったのではなくてな。なんて不思議なことだ。とはいえ、おまえたち二人は兄弟の誓いを立てたのだから、太古からの教えにしたがって守り通さなければな」。そう言うと男は黒曜石のナイフを取り出し、二人の腕に切り傷をつけ、しみ出した小さな血をとって、互いのものにこすり合わせました。
 「これで」と男が言いました。「二人はほんとうの仲間だ、一つの血をわけ合ったな。こうなるようになっていたんだな。おまえたちは同じおっぱいで育ったんだからな。誓いを守っていけよ」
 「きっとそうする」。二人はまじめくさってそう言うと、腕についた血の跡を自慢げに出して、手に手をとってお日さま輝く外の世界へと飛び出していきました。

2003.9.27.改稿

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