| 目次 | はじめに | 著者について |



マハラ・ジョー 第2章(1)

| 2へ進む3へ進む | 4へ進む | 5へ進む | 6へ進む |


 ウォルターが十五歳になると、父親は約束していたとおりライフル銃を与え、こんな注意をしました。
 「すばやく、確実に撃つ練習をするんだ。それから、馬に乗って出かけるときは銃を忘れるな。インディアンたちとのもめごとが、いつ起こるとも限らないからな」
 ウォルターは馬でいちもくさんにカンプーディに向いました。どんな素晴らしい贈ものも、ジョーに見せないうちは心から喜べませんでした。野営地には年上の男たちのグループがいて、捕ってきたシカを四つ裂きにしていました。その中にスカーフェイス(傷顔)と呼ばれる男がいて、ウォルターを見てまゆをひそめました。
 「見ろよ」とスカーフェイス。「あいつらはこんなガキどもに銃をもたせるんだぜ」
 「父さんがずっと前から約束してくれていたことなんだ」とウォルター。「誕生日のプレゼントなんだ」
 男のいじわるな言い方に、ウォルターは言いようもなく腹がたってきて、インディアンたちにはプレゼントを見せない、と思いました。
 ウォルターはジョーを呼ぶと、二人で黒岩のところにある洞穴に向かいました。そこは二人が小さなころから、宝ものをかくしたり、遊びの計画をたてた場所です。その洞穴の中で見たライフルをジョーはうつくしいと思い、手の中でひっくり返しながら感嘆の声をあげました。二人はしばらく的を撃つ練習をしていましたが、灰色リスを狩りにオーク・クリークに登ってみることにしました。そこで二人はレイヨウの群れを見つけ、レイヨウたちに導かれて、丘の稜線をいくつも越えてリトル・ラウンド・バレーの奥深くへとやって来ました。気がつくとそこは家から二十キロメートルも離れた場所で、ちょうどお昼どき、二人は腹ぺこでした。レイヨウは捕まえられなかったものの、四匹のリスと一匹のライチョウを手にしていました。二人の少年は、おいしい水が飲める泉のそばの静かな場所で火を起こしました。
 「きみが使いたいときいつでも、ぼくのライフルを持っていっていいからね」とウォルター。「でも、カンプーディのだれかに貸すのはだめだ。とくにスカーフェイスにはね。父さんが、あいつは白人と何かというと騒ぎをおこすやつだって言ってる」
 「騒ぎをおこすのに、だれの助けもいらないんじゃないの、白人たちは」とジョーが言いました。「自分たちで始めるのさ」
 「それはインディアンたちの思い違いだ」とウォルター。「もしインディアンが牛を撃たなかったら、白人はインディアンにかまったりしないよ」
 「でももし白人がぼくらの土地に先にやって来て、ざわざわドシドシやって獲物をみんな追っぱらってしまったら、いったい何を撃ったらいいのさ?」パイユートの少年がたずねました。
 ウォルターはそれにはなんとも答えませんでした。ウォルターはジョーやジョーの父親とときどき猟に出かけたので、食べるものも食べず遠くまで歩いて行くことの意味や、牧場主たちがライフルで獲物をおどろかせたせいで、腹をすかせた女や子どもたちの待つカンプーディに手ぶらで帰らなければならないことがあるのをよく知っていました。
 「あれは本当のことなの?」少ししてウォルターが聞きました。「スカーフェイスが谷間のインディアンたちの問題の種だってことは」
 「なんでぼくにわかるのさ」とジョー。「ぼくはまだほんの子どもだし、大きな獲物ひとつ捕ったことがないんだ。まだここの長老たちに認められた存在ではないんだ。それに古かろうと新しかろうと、そういういがみ合いがぼくらに何の関係があるの?ぼくたち、誓いあった兄弟じゃないの?」
 二人はそれぞれ相手の捕った獲物を食べて、夕飯を終えました。それは当時のパイユートの習慣で、若いうちは自分の殺した獲物を食べてはいけないというものでした。家の方に戻るとき、二人は、オオツノヒツジが山をくだった後、雪が降り始める前に、ワバンまでの一週間の旅の許しをもらう計画をたてました。



マハラ・ジョー 第2章(2)

| 1へ戻る3へ進む | 4へ進む | 5へ進む | 6へ進む |


  ベイカー氏はウォルターの話をきびしい顔つきで聞いていました。
 「おまえなぁ」と父親。「いきなり、こんな長い旅の話をもちかけてくれるなって思うよ。インディアンたちとの間がいまみたいな中で、おまえをあいつらといっしょに行かせるなんて、とても安全とは思えんよ。まるまる一週間ってのもな。だがもうおまえたちは話し合いをしていて、それはカンプーディでも広まっているだろうから、もし私がだめだと言ったら、この私がなにか疑っているように思うだろうし、それが私がいちばん恐れていることを引き起こしかねないからなぁ」
 「ジョーといっしょなんだから、父さん、ぼくのことを心配することはないよ。だってぼくたちは兄弟の誓いをしてるんだから」とウォルターは言い、ワバンへの最初の旅から帰ってきたとき、矢造り男の小屋で、二人がどんな風に互いの腕の血を混ぜ合ったのかを話しました。
 「いいか」と、こんな話ははじめて耳にしたベイカー氏。「インディアンたちがそういう迷信だらけの中で暮しているのは知っているさ。だがな、私はパイユートたちが白人について言うことをあまり信じてないんだ。しかし、よかろう、猟をしに行くがいい。ハンクをいっしょに連れて行け。それとジョーの父さんもだ。ただし五日以上の旅はだめだ」
 ハンクはベイカー氏のカウボーイの一人で、ワバンの頂上まで狩りの旅に行けるのを大変喜びました。月曜日になって、一行はベイカー牧場を出発しました。二人の少年はごろごろ岩の斜面を馬に乗っていくあいだ、この道を登っていった最初の旅の話、ウィンネデュマのふもとに矢じりを取りに行ったあの旅の話や、あのときあったいろいろなことを話しました。二人の視界の下には薄紫のかすみをたたえた谷が横たわり、はるか向こうトレ・ピノスのクリークのそばには、カンプーディの茶色の枝編みの小屋が、セージの茂みに点在するたくさんのスズメバチの巣のように見えていました。荷馬を連れたハンクとジョーの父親は山道のはるか先を歩いていました。ジョーとウォルターは自分たちのポニーをのろのろと追っていました。ポニーたちはけわしい坂をゆっくりと、鼻づらを互いのわき腹にこすりつけながら登っていくのでした。二人の少年は、いっしょに仲良く馬で行くのが具合わるいかのように、あるいはワバンの上り坂では、霧のように湧いてくるこの谷の部族たちの怒りが立ちのぼって、楽しかった雰囲気を曇らせでもしたかのように、顔をそむけあっていました。
 「ジョー」ウォルターが話しかけました。「父さんが言うには、もし白人開拓者とパイユートのあいだで戦いがおきたら、ぼくたちが交した約束をきみが守らないだろうって」
 「それは白人の言い分だろ」とジョー。
 「じゃあ、守れる?」とさらにウォルター。
 「ぼくはパイユートだから」とジョー。「自分の仲間は守りとおす。それと自分のことばもね。ぼくはきみとは戦わないよ」
 「ぼくだって同じさ。だけど、父さんに、きみが約束をやぶったって思わせたくないんだ」
 「心配ないよ」とインディアンの少年。「絶対にやぶったりしないから」



マハラ・ジョー 第2章(3)

| 1へ戻る2へ戻る | 4へ進む | 5へ進む | 6へ進む |


  ベイカー氏はワバンへの狩りにむかう息子のあとを心配げに見ていました。そして一時間ごとに山道を見上げては、息子の姿が見えはしないかと気づかうのでした。それが起きたのは、三日目の終わりのことでした。インディアンどうしのもめごとで、それは始まりました。スズメバチたちは矢が飛びかいはじめると、茶色のクリークのそばの巣からいっせいに飛び出てきました。戦いはコットンウッドではじまりました。ワバンにいた一行は狩りの二日目が終わったところで、居留地の後ろの丘のくぼみのところから、青白いけむりが柱のように立ちのぼり、空のうす青の中へゆっくり舞いあがっていくのを見ました。
 けむりは静かにあがっていました。ただそれだけのことでした。緑の森で休みなく焚かれる火から上がる濃いけむりでした。昼前になって、別のけむりがオーク・クリークの河口からあがり、つづいてツナワイから三番目があがりました。けむりは波うち、互いに手まねきして呼びあっているようでした。
 「合図の焚き火だ」とハンク。「戦いのしるしだ」
 そのときからハンクはライフルの引き金を半分おこし、いつも持ち歩いていましたし、ジョーの父親から目をはなさないようにしていたようです。その日の夜までに、その細長い谷間のあちこちで七つのけむりの木がのびていき、天に向かって白い枝を広げていきました。朝にはあった狩りの楽しみは、もう消えました。ウォルターは父親が心配しているに違いないと思い、心をいためました。一行は山を下りはじめ、ハンクはインディアンを先頭にたたせました。オッパパゴーのふもとから離れたところで、黒く濃い大量のけむりがあがり、下の方が炎で明るくなっていました。流れてくるのは、どこかの牧場主の家が焼ける臭いだったかもしれません。少年二人は恐ろしさで胸をどきどきさせていました。ひそひそ声で話をし、自分たちのポニーをそばに呼びよせました。
 「ジョー」ウォルターがささやきました。「もしこれが戦いだとしたら、きみは行かなくちゃね」
 「そうだな」とジョー。
 「それで戦うんだ。そうしないと、きみはおくびょう者よばわりされる。もしきみが逃げたら、殺されるんだ」
 「うん、たぶんね」とジョー。
 「それか、きみはみんなに女の服を着せられるんだ、あののろまのトゴナティみたいにね」これは矢造り男の話にでてきた男の話でした。「だけど、きみは戦いはしないって、約束したじゃないか」
 「いいかい」とインディアンの少年。「ぼくは、もし白人がぼくを殺そうとしたら、そいつを殺す。それは間違いじゃない。でもぼくはきみやきみの父さんたちとは戦わないよ。ぼくの誓いだから」
 白人の少年は手をのばして、先頭のポニーのわき腹に置きました。インディアンの少年の手が後ろに伸びてきて、ウォルターの手のそばでポニーの背中をなでました。それから二人はだまってポニーに乗って進んでいきました。
 昼近くになって、二人は下の山道を馬乗りが走っていくのを見ました。狭い谷あいの小道を出たり入ったりしていたので、何回も男たちは見えなくなりました。そして大きな森のふちで、その男たちと面と向かい合いました。馬乗りはベイカー氏と連れの五人でした。男たちは緊張した顔つきでライフルを構えていました。
 「何をしようっていうんだ?」インディアンのジョーの父親が、カラマツの木の下のベイカー氏のところまで馬を寄せながら声をかけました。
 「息子を連れにきた」と牧場主。
 「戦争なのか?」
 「戦いがはじまってる。来るんだ、ウォルター」
 少年たちはじっと立ったままおびえていました。それからゆっくりとハンクとウォルターが馬を引いて、ベイカー氏たちの一行に合流しました。インディアンのジョーと父親は山道を前へ進みました。
 「撃っちゃいかん」ジョー・ベイカーが自分の一行に言いました。
 「さよなら、ジョー」ウォルターが声をかけました。
 ジョーは振りむきませんでした。でもジョーが一行の前を通り過ぎるとき、ハンティングシャツから出た右ひじのすぐ上に、かすかな傷あとがあるのを二人とも感じていました。ウォルターも、フランネルのシャツの下に、同じものがありました。



マハラ・ジョー 第2章(4)

| 1へ戻る2へ戻る | 3へ戻る | 5へ進む | 6へ進む |


 ベイカー氏はインディアン同士が戦うのはかまわないと思っていました。部族同士の争いごとがいちどきに納まるのはいいことだとさえ思っていましたが、そこに息子が巻きこまれるのはごめんでした。家に着いてベイカー氏がまずやったのは、夜までに息子を砦にひそかに送りだすことでした。そしてウォルターは他の牧場主の家族たちといっしょに、強じんな護衛のもと山々を越えて行き、母方の親戚の家に行きつくと、そこで学校にやられました。ウォルターは二度とトレ・ピノスにはもどってこなかったので、このお話にももう登場しません。
 最初にけむりが上がったのは、パイユートたちの憎しみの感情が燃える炎となったときでした。インディアンたちは女や子どもを気持ちのいい開けた斜面から連れ出し、岩に囲まれた人知れぬ場所、奥深い峡谷の中に隠しました。そこでみんなは、矢に羽根をつけ、シカの腱で弓のつるをよっていました。深刻な事態がつぎつぎ起こっており、子どもが年長者に自由にものを聞く習慣もなかったので、ジョーはウォルターがよそにやられたことを知りませんでした。父親とまだ牧場にいるとばかり思っていました。この思い違いがなかったら、このお話はこれで終わってしまったでしょう。
 もしかしてあなたは、こう思ってはいませんか。ジョーの方が友達想いだったと、二人がいっしょに育ったことをのぞけば、ウォルターは白人であり、自分自身も、ジョーに対しても自分の方が上だと常に思わせていたと。でも、ウォルターもジョーとなんら変わりありませんでした。食卓ではジョーを自分の椅子にすわらせ、自分のベッドを貸そうとし(ジョーは慣れないベッドに笑いころげましたけれど)、自分は床に寝たりしていたのです。これらの行ないは、カンプーディの人たちからは、とても親切で名誉なことと思われていました。ウォルターは本を読むことでさまざまな知識を得ていましたが、それはすばらしい魔術のようでしたし、またジョーに字を書くことを教えもしました。だからジョーは紙に字を書いて送ることを覚えたし、それはジョーがウォルターに教えたレイヨウやヘラジカやシカの足跡を読みとる術より、はるかに賢そうなことでした。インディアンの少年にとって、白人の少年は、かつての矢造り男の話の勇士や賢者の再来のようなところがちょっとありました。だから戦地のうわさ話が野営地をかけぬけるたび、ジョーの心は激しくゆれました。



マハラ・ジョー 第2章(5)

| 1へ戻る2へ戻る | 3へ戻る | 4へ戻る | 6へ進む |


 戦いはコットンウッドのあたりから始まり、野火のように広がって、行く先々の牧場をなめつくし破壊していきました。ストーン・コーラルでは、白人たちがパイユートに強く抵抗し、屈強な戦士たちを陣地の境界線に配しました。そしてインディアン側は北部で破れ、まだ若い少年たちがとうとう戦いに加わり、女たちが弓のつるを作らなければならない事態をむかえました。ウォルターの父親はベイカー牧場を指令棟として明け渡し、北部のカンプーディは結集して、そこを攻撃しました。インディアンたちは大して勝ち目を信じていませんでしたが、ひたすら、大雪と飢えがやって来る冬の前に、白人をできるだけ殺そうとしていました。
 この時には、ジョーの父親は死んでいました。そして母親は息子に矢のつまった矢筒と新しい弓を持たせ、戦闘へと送りだしました。
 ジョーはよその村の男たちの中にまじって、戦いに胸を熱くさせ、充分に弓の手入れもし、死んだ父親のことを想うのでしたが、話し合いの場で、自分がどこを襲撃するのかを知ると、友達のことが思い出され、気持ちは再びゆれました。インディアン兵たちはリトル・ラウンド・バレーのそばに野営していて、ジョーはかつてウォルターとそこでした話のことを想いました。戦いの一行は丘の稜線をどんどん越えてゆき、ジョーはワバンの上の白く輝くウィンネデュマを目にしました。そして少年の日の冒険のことを、見知らぬ大男の不思議や、矢造り男の小屋で二人してした話、そのあとで交した二人の誓いを思い出しました。
 インディアンたちはトレ・ピノスに面した渓谷を降りて行きました。そこで一行は牧場から逃げ出した馬たちの群れを見つけました。その中にウォルターが以前に乗っていたまだらのポニーがいました。ジョーが呼ぶと、そのまだらポニーはジョーの手元にやってきました。それでジョーはウォルターが死んだのかもしれないと思い、ポニーのたてがみに頭を寄せました。するとポニーはビーズの目を向けて、ジョーの耳もとでやさしくいななきました。
 一行は暗くなるまで渓谷にとどまりました。ジョーは太陽がすっかり落ちて暗くなってから、丘の上のもやの中をウィンネデュマがどんな風に泳いでいくのかと、じっと見守っていました。それは自分の心の中の暗い影を見つめているようでもありました。と、そのとき、少年の心はティンネマハのとなりに静かに立つ、あの偉大な酋長のもとへと高く引き上げられました。「ぼくは忘れない」ジョーは言いました。「ぼくも、あなたのように、忠誠を誓います」このときジョーは、ウィンネデュマに起きたのと同じように、自分にも奇跡を期待したのかもしれません。
 夕闇の中、馬に乗ったインディアンたちはトレ・ピノスのクリークまで降りてきました。一行が廃きょとなったジョーの父親の家のところに来ると、ジョーの心はふたたび熱くなりました。そして矢造り男の家の前を通り過ぎたとき、ジョーは誓いのことを思い出しました。突然、ジョーはポニーをぐるりとまわし、わけのわからない行動にでました。ジョーのわきにいた男が弓に矢をたくわえ、少年の胸に向けて射りました。
 「おくびょう者め」男がささやきましたが、年長のインディアンは男の腕に手をかけました。
 「矢を無駄にするな」年長者が言いました。ポニーの群れが前進しました。ジョーはこれから自分がどうなるか、すぐに悟りました。ジョーはうらぎり者でおくびょう者、と呼ばれ、殺され、追放者となるでしょう。それでも、ジョーは誓いあった兄弟と戦いたくありませんでした。誓いを守ろうとしたのです。
 矢の雨が前進するパイユートから突然はなたれました。ジョーは自分の矢を手から取り落としました。ジョーはもしかして、この矢の先に、自分の兄弟がいるのではないかと思いました。弾丸が飛ぶ矢に応えました。ジョーは仲間の戦士たちが馬から転げ落ちるのを見、傷ついたポニーたちが叫ぶのを聞きました。
 ジョーはいま矢が撃てたなら、と思いました。撃つことがいやだったのではありません。おくびょう者と呼ばれるよりましでした。でも、もしウォルターと父親が戦いの後に出て来て、ジョーを見つけたら、二人はジョーが約束をやぶったと思うにちがいありません。



マハラ・ジョー 第2章(6)


 ジョーは隠れみのを探しはじめた男たちを押しのけるようにして、後ろの闇の中に引き返し、荒れはてたカンプーディの前を通り過ぎ、黒岩のところへとポニーを走らせました。そこでジョーは、ジョーとウォルターが見つけた洞穴の中に這って入ると、うっぷして泣きはじめました。インディアンではあるけれど、ジョーはまだほんの子どもで、生まれて初めて目の前で戦いを見たのですから。ジョーは誓いのことを思って、気を沈ませました。黒岩の中で次の日までとどまり、牧場主たちとインディアン兵たちがあたりいっぱいに列をなすのを、部族の落伍者としてじっと見つめていました。そして多分これがパイユートの最後のほう起になると思いました。二日目の夜になって、ジョーは秘密の山道を通って山中の野営地に戻りはじめました。もう戻らずにはいられなかったのです。ジョーには、そこで待ちうけていることに向き合う勇気はありましたけれど、昼日中にもどるのは気がすすみませんでした。ジョーの母は戦いの場でジョーが何をしたかを聞いていて、ジョーが近よると非難のことばを浴びせました。「おまえは息子じゃない」母親が言いました。
 ジョーは女や子どもたちのそばに行って、みんながあざけりのことばを投げつけるのを聞いていました。ジョーの心は痛みました。少し離れたところに行ってすわり、こんどは男たちが何を言うか待ちました。消えかかった火のまわりには、生き残ったわずかばかりの男たちがいました。男たちは戦いの化粧を落とし、弓はみんな折られていました。やっと出た男たちのことばも、ひやかしと陰気なあざけりでした。
 「殺されるに値するやつだ」と言ったのはスカーフェイスと呼ばれる男でした。「やつに女の服を着せて、火の世話でもさせようじゃないか」
 それは野営地のみんなの前で実行されました。ジョーはまだ少年で、それもインディアンの少年だったので、誓いの話もせず、自分を守るための反論もせず、じっと口をとじていました。心は波うち、ひざは震えていましたけれど。生涯、ジョーはおくびょう者の印である女の服を着てすごす勇気をもちつづけました。人々はジョーに女の服を着せはしましたが、大笑いするにはあまりに気落ちしすぎていました。そしてジョーは、朝になると調理のたきぎを集めてしつらえるのでした。
 その戦いの後、パイユートと入植民の間で条約が結ばれ、わずかなインディアン生存者たちがトレ・ピノスのカンプーディにもどり、そしてジョーは戦いの最初のころにウォルターがこの谷から連れ出されたことを知りました。でもそのことが女の服のことに何か影響するかといえば、そんなことはありません。ジョーとウォルターは二度と会うことがありませんでした。ジョーは男の仕事をするのが許されるようになっても女の服を着つづけました。そして英語の知識は牧場主たちとの関係の修復に役立ちました。その後、この谷は急速に開拓者たちで埋めつくされ、ゆるくなったパイユートの慣習の元で、マハラ・ジョーと呼ばれるこの男は、だれからもとがめられることなく女の服を投げ捨てることもできたのに、死ぬまでそれを着つづける勇気をもち続けたのです。ジョーは誓いを守るように、刑罰を守ったのです。そしてこのことをウォルターが知らずに過ごしたのは、確かなことです。

2003.9.27.改稿
 

| このページのトップへ |
| 目次 | はじめに | 著者について |