24. 到着
朝になって気づくと、コンパートメントはぼくとポングン二人になっていた。他の人々は夜の間に降りてしまったのだろう。灰色の朝の光の中、北にむかって進んでゆく車窓を、田畑や川、村や丘がどんどん行き過ぎていった。「これがヨーロッパだよ」とポングンはにっこり笑って言う。またここに帰ってこれてとても嬉しそうだった。次々窓の外にあらわれるものを説明していった。田畑、家々、教会、人々の服装や乗り物にいたるまで。ポングンはこう言う。フランスの家の屋根はドイツのよりずっとくすんでいる、ドイツの家の屋根はフランスのものよりずっと赤いんだ。またポングンはフランス人とドイツ人の違いについても説明した。
ぼくらは数回汽車を乗り換えて、夕方近くにライン川を渡った。汽車は夜を超えて走りつづけ、最初の2、3ヶ月を過ごすことになっているドイツ中部の小さな町に到着した。ポングンは最初にヨーロッパに来たとき、この町にしばらく滞在したという。新しい環境に慣れるにはこれくらいの小さな町に住むのがいいんだ、とポングンは教えてくれた。いろいろ学ぶのに、大きな街にいるよりずっと楽だと。ぼくらは散歩に出た。大きな公園を通りぬける。朝の光が明るい葉色の緑から降りそそぎ、この世のものとは思えない光景を編みだしていた。川を渡って、横道に入っていった。少し歩くと庭木戸の家の前まで来た。「ここが家だよ」 ポングンがほほえんだ。ちょっとためらった後、ポングンはベルを押した。
少しあって女の人が中から出てきて、ポングンを温かく出迎えると、ぼくらを中へ招き入れた。ぼくらは2階の大きな部屋に上がっていった。長いこと女主人とポングンは話し合っていたが、ぼくには話の中身がわからなかった。喜んでここに滞在させてくれるそうだよ、ポングンは言った。
ポングンは1週間くらいぼくと共にここにいて、いろいろ教えてくれることになった。その後、夜汽車に乗ってまたフランスに戻る。駅に向かって歩いていくときに、ポングンはヨーロッパの習慣に慣れるようぼくにさとした。なかでもぼくがもっと人と話すよう薦めた。「きみはさあ、いろいろ考えてるのに、口に出すのはほんの僅かだ」 笑顔でポングンが言った。「東洋では昔からの美徳かもしれないけど、西洋では違うんだ。きみがあまり口をきかないと、ここの人たちは話のできないやつと思うばかりか、横柄な人だと思いかねない。なんでもいいんだ、話すことは。内容じゃないんだ。今日の天気でも気候のことでも、食べ物でも服でも。この地球に生きているかぎり、哲学的問題だけが話すべきことじゃないだろう。ヨーロッパ人も同じようにこの地上で暮らしてて、世間話しをするのが大好きなんだ」 ポングンの心からの忠告にもかかわらず、ぼくはいまだ話す勇気を持てないままだ。ドイツ語の語彙の少なさから、人からみっともないと思われはしまいか、人を傷つけはしまいか、と怖れていた。それでなるべく人と会うのを避け、家でポングンが薦めてくれたドイツ語上達のための本を読んで過ごした。
最初に読んだのは「緑のハインリヒ」。ポングンが読みやすいからと薦めてくれた本だ。辞書をいちいち引きながらなので、ゆっくりとしか読み進めなかった。難しい文章に出会うと、理解するのに数時間も要した。どうにも解釈できないときも、自分一人で解決するしかなかった。読んでは考え、読んでは考え、目が疲れて字が読めなくなるまで、一日中ひとりで読書をつづけた。ひと休みしようと本を脇に置いた。窓の外は庭になっていて、緑がぼくの目を癒してくれた。そしてまた本に戻り、1行また1行と苦労して読み進んだ。
部屋の外には夏が来ていた。花々が庭や道々に咲き乱れ、いい香りがあちこちで漂っていた。ぼくはほとんどの時間を部屋で過ごした。外へ出かけると気持ちが落ち着かないからだ。この習得の難しいドイツ語という言葉を勉強のためにいつか使えるようになるのか、見当もつかなかった。出先でドイツの人々に囲まれているとき、いつも自分が見知らぬ世界にいるのを痛感した。夜遅く、外が静かになってから、ぼくは出かけた。川べりを歩いたり、柳の下のベンチに腰かけたりした。静かな川の流れを見ていると心が休まった。この水の流れは、ずっと先まで続いていて、いつか朝鮮の西海岸(ヨンピョン島やうら寂しいソンニム湾とか)にたどりつくのだろうか、などと考えた。遠い夏休みの日々、真青な夏空の下、湾を渡って家に戻る道すがら、海に浮かぶあの島を眺めるのはなんと幸せだったことか。すぐに北の方にごつごつしたスヤン山があらわれて、小さな船はヨンドンポの入り江にゆっくりと入っていく。迎えにきてくれた友だちと再会し、おしゃべりしたり冗談を言いあいながら懐かしい草原を横切って、母の待つ小さな町へと向かうときの、言いようのない幸せな気持ち。
母さんはいつも、門の前でぼくを待っていた。「母さんのところに、やっと戻ってきたんだね」、にこにこしてそう言ったものだ。母さんが幸せそうに笑っていると、ぼくも嬉しかった。それから友だちみんなで河原に行って水浴びしたり、母校の校庭でテニスをして遊んだ。夜になるとよくうちの庭に集まって、おしゃべりしたり音楽をやったりした。マンスはすばらしい音色で笛を吹いた。ヤンマは読んだばかりのトルストイの小説の話をするのが好きだった。キソプはだまってみんなの話を聞いて、にこにこと笑っていた。みんなはぼくの母さんのことを「おばちゃん」と呼んでいた。そして懐かしいクオリ、みんなはクオリに熟したメロンを畑から取ってきてくれと、しつこく頼みこんだものだ。友だちとそうして過ごしているとき、母さんがいつもそばにいて、幸せそうにぼくらに食べ物や飲み物の世話してくれたもの。その母さんはいま、どうしているんだろう。寝ている時間か、それとも起きているんだろうか。だれもいない庭に一人佇んで、寂しい気持ちになってはいないだろうか。今ではもう手を差し伸べることさえできない遠くへ、見知らぬ世界に旅だってしまった、弱く、気落ちしているひとり息子に会いたがってはいまいか。
ダリアの花がいたるところで咲きほこっていた。午後の光の中、花々は輝いていた。秋が来ていた。朝夕は肌寒さを感じた。最初の本を読み終えて、次のケラーの本「格言詩」にとりかかっていた。辞書を引く回数も少なく、こちらの方が読みやすかった。秋はあっという間に本格的になり、夜霧が川の上にたちこめ、、落ち葉が風に舞い上げられた。きっと母さんは今ごろ、収穫の始まったうちの地所のどこかにいるにちがいない。トルダリおばさんのいるソンニム、あるいはスアムのところのカンモルか、それともソクタムの山の中だろうか。ぼくは一度しか行ったことがない村で、そこは山深いところにあった。狭く険しい道を長い時間かけて登り、大きな、石だらけの河床を渡っていく。
故郷からの手紙が来ていないだろうかと、毎日郵便局に通った。いつも手ぶらで家に戻った。もう5ヶ月も手紙を受け取っていなかった。日に日に気落ちの度合いは深まった。ぼくの手紙は配達されていないのではないか、そして来る年も来る年も1通の手紙も家から受け取ることなくここで暮らすことになるのだろうか。
ある日、郵便局からの帰り道、一軒の家の前で立ちどまった。庭に1本の木があった。ホオズキの木だった。赤い実が日射しの中できらめいていた。どんなにこの木がぼくを喜ばせたことか。小さかったころ、裏庭にあったこの木を眺め、実で遊んで過ごしたもの。まるで故郷の家の断片を目の当たりにしているようだった。長いことそこで思い出に浸っていたら、中から女の人が出てきてどうしたのかと聞いた。子どもの頃の思い出のことを、できるかぎりのドイツ語を使って説明した。その人は枝を一枝折ると、ぼくに渡した。どんなに嬉しかったことか。
それからすぐに雪が降り始めた。ある朝起きて、町の城壁から吹き降ろされる雪を眺めていた。この雪は故郷の町やソンニム湾に舞う雪と同じものなのだ。その朝、故郷から初めての手紙を受けとった。一番上の姉さんからで、この秋、短い闘病生活の後、母さんが最後のあいさつを残して逝ったことが告げられていた。
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