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まがったモミの木(1)

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ピプシッサワ、ときに王子のマツとも呼ばれるこの植物は、茶色の大石の下に住んでいるマーモットの半分くらいの高さです。一方モミの苗木は、一年目には王子の松と同じくらいの高さになります。つまりこの時期、この二つはちょうどいい仲間になるというわけです。マーモットとピプシサワはその後、背が高くなりませんが、銀モミの方は大地に立っているかぎりどんどん背丈をのばし、一直線に天に向かっていきます。苗木二年目の年、その年は天候にめぐまれた年で、モミはマーモットと同じ背丈まで成長し終え、まわりを見回しはじめました。

 銀モミの森は、小川のところから始まって、上は長葉の松のあたりまで丘の斜面に広がっています。木々が密集しているところでは、地面は千年の昔からの腐葉土におおわれ、灰色小タカが風の吹きわたる薄暗い森の中を飛びまわって狩りをしています。モミの若木や苗木をはさんで、少し向こうの開けたところには、シモツケソウ、ヤナギラン、ヨウシュトリカブト、コロラドオダマキの茂みがありました。銀モミはマーモットくらいに成長してさらに一、二年たったころ、あることに気づきました。その斜面に生えているモミがみんな曲がって立っていたのです。根元のところが曲がり、斜面の下にむかって身をくねらせていました。まっすぐに生えてこそ、モミなのに。
 「まっすぐに生えなくちゃ、モミじゃないよ」と銀モミの苗木がつぶやきました。「ぼくのからだの繊維が、モミというのはまっすぐ生えるものって言っているよ」。モミは自分のそばの母モミが、高く高く天にむかって、星をまとった大枝を太陽と風にさらして伸び上がっているのを見上げました。
 「ぼくは、まっすぐに育つさ」モミの苗木が言いました。
 「うーん、そうとはかぎらないのよ」と母モミ。そう言われてもモミの苗木は、そんなことはないと信じていましたから、冬のあいだ、雪にくるまれながら、そのことをずっと考え続けていました。銀モミの峡谷はその年、大雪になりました。上空の高いところから、母モミは枝をゆすって雪をふわりと下に落としました。とてもやさしく、そっと落としたので、苗木もピプシサワも平気でした。
 モミの苗木は、若木と言えるくらい大きく成長したころに、また新たな発見をしました。母モミも、幹を曲げ始めていたのです。若木はほんとうにがっかりしました。そして母モミにそのことを告げたくありませんでした。昔の友だちのピプシサワに言おうかとも思いましたが、そのとき若木はピプシサワよりずっと大きくなっていたので、自分があの銀モミだとわからせる自信がなくて、マーモットに話しかけました。マーモットだって今のモミと同じ背たけではありませんでしたが、巣の上の茶色の大石に登れば、モミの若木と同じくらいの高さになりました。マーモットというのは話じょうずではないものの、ちょっとした思索家で自分の意見をもっていました。
 「ほんとうは」と銀モミ。「こんなこと誰にも話したくないんだけど、でも、きみは昔からの友だちだから。母モミの幹が曲がってるの、見えるだろう?きみも知ってのとおり、ぼくたちモミはまっすぐに生えるものなんだ」
 「それは」とマーモット。「雪のせいじゃないの」
 「そうかな、マーモットくん」と若木。「きみはまちがってるよ。雪はふわふわしてて、気持ちよくて、むしろからだを守ってくれるものだよ。ひと冬中、雪の中で過ごしてみて、わかったんだ」
 「グルーゥルー」不機嫌そうにマーモット。「ほー、そんなこと言いだすおまえなんか、食っちまった方がよかったかな」
 このことがあってから、小さなモミは自分だけでこのことを考えるようになりました。マーモットのことがとても恐くなり、それは球果をつける前の若いモミにとって食べられてしまうことほど恐ろしいことはないからです。でもマーモットは、冬のあいだ、雪の下から出てくることはありませんでした。初雪が山に舞った日以来、家に入って扉をとざし、緑があたり一面に芽吹きはじめるまで、一度も姿を表しませんでした。




まがったモミの木(2)

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 それからいく冬もたたないうちに、モミの木はじゅうぶんに成長し、大きくなったモミの木がみんなそうなるように、木のてっぺんに緑の十字をかかげ、冬のあいだを雪の上で過ごしました。いまでは、このモミはいろいろなことを知っていました。そのひとつは、マーモットのことです。
 「ほんとにまったく、あいつはたいしたホラ吹きだ」とモミの木。「なんであんなやつが恐かったのか、不思議だな」
 そのころのモミの若木は、チラチラと降りはじめた初雪の中、シカが丘のふもとの牧草地に降りて来るのを見ましたし、山ヒツジがひどい嵐のさなかに、切りたった崖の後ろで大きな角をのん気そうにふっていたのも見て知っていました。春になるとクマたちが小道に出てきて、枯れた木の皮をはいでは、そこに巣くうムシや幼虫を食べているのを見ました。そしてマーモットが、巣穴からなにくわぬ顔つきで出てくるのもちゃんと見たのです。
 冬がまたやって来て、モミは雪の重さを感じるようになりました。雪がしめって重く、枝にまといつくと、小さなモミはブルブルふるえて声をあげました。
 「枝を垂らしてごらん」と母モミがきしみながら言いました。「ほらこうやって、わたしのように。雪が落ちるから」
 そこで若木は、扇状に広がった枝を幹の方に垂らしました。すると雪の輪っかがすっぽりと下に落ち、幹のまわりに白いリースができました。でも雪が斜面を深くおおっているときは、枝の上の雪を峡谷の方にすべらせ、つよく押し出さなければなりませんでした。
 「もげそうだ」モミの木がさけびます。「折れてしまう」
 「まげるのよ」と母モミ。「からだを曲げるの。そうすれば折れないから」。若いモミはおじぎするようにして幹をまげましたが、つぎの春がやってきて樹液がからだ中をかけめぐると、再び幹をまっすぐに立て直し、星形をいっぱいつけた枝をのびのびと伸ばすのでした。
 「なーんだ」モミの若木は言いました。「まっすぐに伸びるのはたいしたことじゃないじゃないか。ちょっと努力すればいいだけさ」
 というわけで、モミは冬には雪をふりはらいながら、幹をまげて耐え、春には強くまっすぐに伸びあがり、と楽しい日々でした。そうこうするうちに、モミは上の方の枝がうずうずするようになりました。
 「なにかが始まっているんだ」とモミの木。わくわくするようななにかが。モミは五十歳になっていて、球果をつける時がやってきたのです。五十年ものあいだ、銀モミはただただ枝を伸ばすだけの毎日、そこに新枝を十字に加えていくだけの毎年をくりかえしてきたのです。そしてモミの渦巻きのてっぺんの枝にやっと、つややかな青紫の球果を実らせ、枝の先っぽにクリスマス・キャンドルをのせたような見栄えになったのです。モミの若木が球果をもった最初に年は、たった三個の実りでしたけれど、それでもモミはとても誇りに思いました。そう、銀モミはもう若木ではなく、一人前のモミの木になったのです。





まがったモミの木(3)

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 球果を育てるまでにこんなに長い年月をささげなければならないものは、他のことをあれこれ考える機会をもたたないものです。このころには銀モミは、幹から枝をいっぱいに広げ、球果の枝を5本にまでふやしていました。マーモットは王子のマツとも呼ばれているピプシサワの木にこんな風に言ったものです。銀モミの友だちだったあのピプシサワとは違いますよ。マーモットの方もそうですが。でもその子孫で、親たちから銀モミの話は伝え聞いていました。
 「オレが思うには」とマーモット。「あのモミもついに、まっすぐに伸びなくなってきてるんじゃないかな。冬の雪の後で、元どおりになるようには見えないもの」
 「まあっ」とピプシサワ。「思うんだけど、雪のふる前に、種を熟させて地面に埋めておくのがいちばんってことよね。そうしておけば、なにがきても安心だもの」
 そして、マーモットのモミについての予想は正しかったのです。モミの幹は雪のふきだまりの重さで、地面にむかって曲がりはじめました。そしてそのわん曲は春が来ても戻ることはなく、そのまま幹に定着しました。もうモミの木がどんなにそうしたいと思っても、まっすぐに立っていることはできないのです。いえ、ほんとうのことを言えば、当のモミの木だって、そんなことは望んでいませんでした。さらに五十年たったころ、暗い森の高いところで頭を揺すりながら、銀モミは自分の姿を誇りにさえ思い始めました。
 「たいしたことではない」銀モミは若いモミに言いました。「楽しそうな顔をして、つらいときを耐えていくのもね。長い長い一生を送ってきたんだから。今じゃ、前みたいに大雪がふることもなくなった。でもこの幹の曲がりぐあいを見たら、ぼくがどんな重さにずっと耐えてきたのか、わかるだろう」
 でも若いモミたちは、年とったモミの言うことなんかに、耳をかそうとはしませんでした。ひたすらまっすぐに、伸びていこうと、強く心にきめていたのですから。

(2003.12.25.改稿)

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