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火をもたらす男(1)

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この話は、アランが籠女の話が大好きで話の中身を信じている、ということを籠女が知るようになってから話された物語のひとつです。籠女は泉のそばにすわり、ひざを抱えてスカートが風でふくらむのを押さえながら、アランは折った小枝を焚き火にくべながら、時間が許す限り話された不思議なお話の数々があり、そのどれもが小さな子供が聞くのにちょうどいい長さの物語でした。火をもたらす男の話は、アランを大喜びさせ、アランはこれを家の近くにときどき迷いこんで来る、カンプーディのインディアンの子供たちと、遊びの題材にしたりするほどでした。夜になってベッドにはいったとき、風がビュービュー吹いていて、窓の外の夜空に輝く星をながめているときなど、心によく浮かんでくるお話でもありました。

 そのお話をアランは、何回も何回も聞いたし、何回も何回も思い浮かべていたので、とうとう、自分が物語の一部になってしまったように感じられたりもしたのですが、母親は空想のしすぎよ、とアランに言うのでした。そう、この体験はそうやってアランのもとにやってきたのです。アランは父親といっしょに山でたきぎを集めるために、二日間の旅にでました。ふたりは野営するための毛布をたずさえて行きましたが、アランにとってそのような旅は生まれて初めてのものでした。子供たちが『夕べの雪』と呼んでいる白ギリアスの花が咲く頃で、そのジャコウのような香りが、アランをつつむ薄暗がりの夕闇の中、あたたかな大気と混ざりあって漂っていました。
 アランはキャンプファイアーの松の木がパチパチ、カサコソ音をたてるのを聞き、火が奥の方で輝いては燃えつきていくのを見ていました。みあげれば、しっ黒のビロードに星がちらばり、一つまた一つと落ちては、大空に光の尾を流していきます。小さな風がセージの頭をなでていき、暗闇に咲く草花の上をふわふわと通り過ぎていきました。そのすぐ近くを水流ほとばしるクリークがはしっていて、川底の石の間を陽気な声をたてながら流れていきます。その流れの中を、なじみ深い別の声が立ちのぼり、こちらに近づいて来る気配です。少年は毛布にくるまって横になり、くり返し聞こえるその調べが何だったか思い出そうとしました。すると突然、その音は二つにわかれて、籠女がアランを呼ぶ声が聞こえてきました。名前を呼ぶのは籠女にまちがいないと、アランにはわかりましたが、姿は見えません。それであわてて立ち上がってみました。少年はそのとき、自分がアランであることはわかっていましたが、姿は『火をもたらす男』と後に呼ばれるようになる物語の中の少年であることにも気づいていました。肌は浅黒くつやつやしていて、肩のところで切ったまっすぐの黒髪は束ねられ、裸で、鹿皮のきれはしを木の皮のひもで腰に巻きつけていました。少年は細長い丸石を皮ひもでしばりつけた棒切れを手にもって、メサや山をあちこち走りまわりました。このときには、少年は自分が、籠女が前に話してくれた、火が部族にもたらされる前の、人も獣もともに同じことばで語り合い、コヨーテは友達であり、人々の助言者だった時代にいることがわかりました。『火をもたらす男』と呼ばれるようになる少年と、鋭い叫び声をもつ荒れ地の灰色犬は、森の近くの谷あいの平地で肩をならべて、部族の男たちが素手で川の魚をつかまえているところや、女たちが尖った石で根っこを掘っているのを見て過ごしました。夏はこんな風に食料も豊富でしたが、冬が来ると、雪の中を裸で走りまわったり、岩影に群れ潜んだりと貧しい暮らしでした。これを見て少年が心を痛めていると、コヨーテがそれに気づきました。




火をもたらす男

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 「みんな、寒さから逃れる方法がないから、耐えるしかないんだ」少年が言います。
 「オレは、寒くない」とコヨーテ。
 「きみには、ぼくたちと違って、苦労して狩りで手に入れなくても、上等の毛皮のコートがあるからさ」
 「それなら、走りまわるんだ」助言者コヨーテが言いました。「そうすれば、温かい」。
 「走りまわっているさ、疲れ果てるまで」と少年。「でも小さな子供や年老いた者たちもいる。その人たちはどうしたらいいの?」
 「こいよ」コヨーテが言います。「オレの仲間たちと一緒に狩りに行こう」
 「狩りはしない」少年が答えました。「ぼくの仲間たちが寒さから逃れる方法を見つけるまではね。助けてよ。ねぇ、助言者さん」
 答えずに、コヨーテは走り去りました。少しして戻って来ると、まだ少年は悩んでいるようでした。
 「方法はあるぞ、なあ、オレの友達」コヨーテが言います。「おまえとオレとで、いっしょにやらなきゃならんぞ。かなり、きついぞ」
 「ぼく、がんばるよ」と少年。
 「頑丈で、足の速い男女百人、いりようだ」
 「わかった」。少年は力強く答えました。「だいじょうぶ」
 「それには」とコヨーテ。「ビッグ・ウォーターのそばの『燃えさかる山』へ、おまえの仲間に届ける火を取りに行かなくちゃならん」
 少年が聞きます。「火ってなに?」
 するとコヨーテはしばらくの間、火とは何かを少年に説明するために、考えこんでいました。「それは」とコヨーテ。「花のように赤い、でも花ではない。獣というわけでもないんだが、草地を走り抜け、森で荒れ狂ったあげく、何もかも食いつくしてしまう。どう猛で、ひどいことをし、かってに居座るやつだが、ひとたび石で囲んで小枝を与えてやれば、おまえの仲間は救われ、暖かくいられる」
 「どうやって見つけだすの?」
 「燃えさかる山にそいつのねぐらがあるが、火の精霊たちが昼も夜も番をしている。ここから百日はかかる旅になるし、火の精霊たちが嫉妬深いのを知って誰もそばに行こうとはしない。しかしオレなら、獣というのは火を恐れていると思われているから、やられることなく近づくことができるかもしれない。そして燃える火を枝にとって、おまえに持ってこれると思う。それでおまえは、家まで間違いなく火を運ぶために、強力な走者を一日一人で百日分、用意しておく必要がある」
 「行って見つけてくるよ」と少年。しかし、これは言うほどには易しくありませんでした。多くのものは怠け者で、また多くのものは恐がっていました。が、従えない本当の理由というのは、仲間たちの言うには、「われわれの聞いたこともないものを、どうしてこの子が知っているんだ」というものでした。それでもついには、人々は寒さに耐えられず、言うことを聞き入れました。
 コヨーテがどのように火の受け渡しをするかを説明しました。少年とコヨーテが先頭を行き、それに足の速いものたちが続き、その後ろに他の人々が速い順に並んいくのです。みんなは家を後にし、そそり立つ雪のギザギザ峰を越え、川の流れに導かれて、薄暗くザワザワと恐ろしげな風のうなり声が聞こえる大きな森の方へと下って行きました。日が暮れて夜を過ごしたところには走者を一人残し、次の夜には次の者を、というように一日一日を進んでいきました。乾いてひび割れ、蜃気楼がゆらゆらと水をたたえている大地の上を、向こうの端が青いもやの中に消えて見えないほど広い広い平原を、みんなは横ぎって行きました。そしてとうとう、こんもりと連なるその先の丘に到達し、そしてまたこれを越え、百日目になってやっと、燃えさかる山のふもとでゆれているビッグ・ウォーターの砂地へとやって来ました。





火をもたらす男

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 その山は険しく尖った円すい形をしていて、もくもくと燃えさかる煙が空にむかって立ちのぼっていました。夜になる頃には火の精霊のダンスが始まり、燃えさかりはいちだんと赤味を増していき、ビッグ・ウォーターのところまで迫ってきました。
 すると助言者コヨーテが、じきに火をもたらす男と呼ばれるようになる少年に言いました。「あそこから燃え木を取ってくるまで、ここで待っていてくれるか。走る準備をしっかりしてな。戻ってくるのに少しかかるが、それからいっときもぐずぐずするな、火の精霊たちがオレを追いかけてくるだろうからな」。コヨーテは山を登って行きました。火の精霊たちはコヨーテがやって来るのを見て、その姿があまりにみすぼらしいので、笑いころげました。からだはやせ、毛皮もここまでの長い旅の間に汚れてよれよれになっていました。あさましくて、けちで、取るに足らない風体でいつものこそこそ歩きをしているのが、いまこのときほどコヨーテにとって有利に働いたことはないでしょう。それで火の精霊たちは笑っているだけで、まったく気にもとめませんでした。夜がふけて、火の精霊たちが山の外に出て来たところを見計らって、コヨーテは山に入って火を盗み、燃えさかる斜面を走り降りました。火の精霊たちは逃げるコヨーテを見つけるや、怒りで真っ赤になって流れ出し、蜂の大群のような音をたてながら、コヨーテの後を追いかけてきました。
 少年はコヨーテたちが走って来るのを見て、すっかり緊張しきって、今か今かと自分の持ち場に立ちつくしました。コヨーテは燃え木を口にくわえて走ってきたので、火花はコヨーテの両脇にそって光の線を流し、まっくら闇の山を横切っていく流れ星のようでした。少年はその後ろからついてくる火の精霊たちの歌い声を聞き、コヨーテの苦しそうな息づかいが闇を近づいてくるのを耳にしました。そして良き獣は少年の足元にあえぎ伏せ、燃え木を口から落としました。少年はそれをつかむと、くるりと向きをかえて、矢をいったように走り始めました。家の方に向かって飛び出した少年のうしろを、火の精霊たちがパチパチ音をたて、歌いながら追ってきました。次の走者が待っているところまで、精霊たちが追いかけてくるのに負けない速さで少年は走りました。燃え木は走者たちの手から手へと受けつがれていき、火の精霊たちはといえば、雪の山を下っていく間に、やぶで身をズタズタにされていきました。火の精霊たちはそれ以上進めず、火も衰え、一方、後ろに火花を流しながら走る元気な走者たちは、燃え木を前にかかげ、夜には輝く星のように、うだる暑さの日中には赤さを募らせ、日没のうすあかりの中では青白いすみれ色を輝かせて、平和な自分たちの土地へと持ち帰ってきたのです。コヨーテの指示どおりに、みんなはそれを石の中に囲いこみ、温まり、料理が作れるようになるまで、小枝をつぎ足していきました。この民に火をもたらした少年は、死ぬまで『火をもたらす男』と呼ばれました。その後、この名にふさわしい者はなかったので、この名はコヨーテに与えられました。この話が真実だという証拠に、コヨーテのやせた脇腹の毛には、燃えたぎる山から燃え木をもってきたときにできた黄色い焼け焦げが残っています。火の方は、朝の光が訪れるまで、どんどん燃えさかり、明るく輝き、パチパチと陽気な音をたてて続けていましたが、アランはといえば、コーヒーポットの火がパチパチ鳴る音で目を覚まし、そのそばには朝食の準備をする父親がいたのでした。

(2003.12.25.改稿)

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