ここは、南印度


宮田京之亮


ここは、南印度
漆黒の椰子林をぬって
スピードをあげながら
夜行バスが転がって行く

窓の外を見上げれば星々
遠く黒々とした地平線を
ミミズのような列車の灯りが近づく
時折過ぎ行く集落の
家々の温もりにも似て

ここは、南印度
世界はまるで
太古から醒めぬ甘い夢のように
去る者は去り、物言わぬ
ささくれ立った岩くれだけが
祈りと栄華の記憶を留め
踏切を待つトラックの運転手は
窓から腕を垂れて、今夜も笑っている

ここは、南印度
山羊たちは、体を丸めて眠り
象は虹を跨ぐ夢に落ち行く
聖者の心に映ったのは
如何に生きて死すべきか
という、死活における問いであったか

併走する列車の鉄格子ごしに
様々な印度人のシルエット
彼らの姿が近づいては
やがて、元の椰子林の中へと
消えて行った

ここは、南印度
“あらゆる実在は、空である”
緑色の小さなトカゲが
羽虫を追いかける
そのぎょろついた瞳で
私に笑いかけるのだ



宮田京之亮
1979年生まれ。京都造形芸術大学芸術学部卒業。詩人、シンガーソングライター。アルバムに、『The Lost Cowboy』、『Dazzle Of Lights』等がある。歌の宴、"Song for a Friend"、機関誌、"Songwriter's Republic"を主宰。近年は主に、日本アルプス、ネパール、インド、チベット文化圏等での生活を通し、歌と詩の奥にあるものを訪ねる旅を続けている。
http://catsberryrecords.at.webry.info


Copyright by Kyonosuke Miyata
Photograph Copyright by Kyonosuke Miyata




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