白黒が明確な状態や、ブルーだとかピンクだとか、はっきり言える状況は、実は本当に稀なことで、
ほとんどは、その間にある、奥深いグレーゾーンや、
青紫だとか、パープルピンクのような、微妙なトーンの途中に、漂っているはずだ。
その中にいる時は、もどかしかったり、はっきりさせたいと思ったりもするけれど、
果てしない階調があるからこそ、ニュアンスが醸し出される。
パリの人達は、自然にそのことを分かって、曖昧なものを曖昧なまま楽しむことを知っているような気がした。
複雑さや面倒くささを敢えて楽しむというか。
それが独特のシニカルなユーモア感覚や大人っぽさにつながっているのかもしれない。
ふと、昔見てもさっぱり理解できなかった、いくつかのフランス映画を思い出した。
対照的に、旅の後半に行ったキューバやメキシコでは、強烈な日差しのもとにすべてが曝され、
きっぱりとした原色と、影だけが際立ち、中間のトーンはすべて白く飛んでしまっていた。
そのきっぱりとした、南国特有の感覚も大好きなのだけれど。
それでも、それだけでは物足りなく感じ、ややこしい色味を味わいたくなる時もある。
逆に、白黒つかない状況(たいていのことがそうなのだけれど)に苛々しそうになった時は、
グレーのない世界なんてどんなに味気ないだろうと考えるようにもなった。
微妙なトーンの中に漂うということは、人生の中で、寄り道のような、贅沢な時間なのかもしれない。
どうしたっていつかは、空の色が混ざり合い、黒くまとまっていくように、はっきりした色にたどり着くのだから。
19. 色のあいまに〜パリ(フランス)