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クオナの糸ごよみ
1825年、ヤカマの若い娘、
クオナが、白人の毛皮商人と結婚した。
娘は、自分の暮らしの中の出来事を
母親のミカがくれた、糸ごよみに
記していった。
結びこぶ
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ミオワの息子、チャウミウンが
わたしにハチドリの心臓を置いていった。
赤くて、ちいさくて、水晶のよう。
わたしの心臓がキュンとなる、キュンとなる
この新たに現われた男が
わたしを湿った地面に押したおしたから。
動物の皮の壁をみつめ、炎がゆらめくのを見ながら、
暗がりで脈うつわたし。
2個の結びこぶ
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わたしたちは大きな川に通じる
石だらけの急流を漕いで行く
パトウがお天とうさまの方にむかって背のびして
遠い遠いところで、だいだい色になっていく。
かあさん、わたしはもう娘じゃないの。かあさん、
わたしは結婚して、森の家に住むために旅立ったの。
かあさん、わたし、かあさんがくれたニンジンの根っこ
ちゃんと持ってるよ。
かあさん。
*大きな川=コロンビア川 *パトウ=アダムス山
青いより糸
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わたしは、わたしの男のとなりで横になっている、
じっと、雨が窓ガラスを洗う音を聞きながら。
チャウミウンがわたしに残していった
ハチドリの心臓。
赤くて、ちいさくて、水晶のよう。
そのとなりに、小さなシカ皮の小袋
紅スズメの花ひとつ、
ヤクヨウニンジンの茎いっぽん、それに
白いブルードルートの花ふたつが、入ってる。
ふりたての雨みたいに、甘いにおいがする。
*紅スズメの花=北米産の深紅のキキョウ(cardinal flower)
結びこぶ
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地面がかわいて、ひびが走り、はちがブンブンいって、
マツのそだつ匂いがする。森の中で、
わたしの男がシカやクマを狩猟する。その間、
わたしはキノコやミント、山ウズラの実、ホコリタケ、
カンゾウ、赤いニワトコの実を集める。
髪の毛の結びこぶ
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湿った雪が屋根でかたまる。
金属の刃もので、毛皮をはぐ、
大切な皮をいためないように注意して。
やわらかくて温かい毛皮が
わたしの手の平を愛撫する。
濃い青のビーズ
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わたしが生まれる前、かわいた雪が
大地をおおいつくした。人々は泣き叫んだ
風が引き裂かれるような声で。男たちは
弓を手もとにおき、猟をやめた。
でもヘラジカは灰をはらって
やわらかな若芽を食べていた。
赤ん坊の鼓動を感じる
お腹の中で、つるつると動くウナギみたい。
*かわいた雪=火山灰
結びこぶ
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料理用のやかんの後ろから、
ちっちゃなムササビが顔をだした。
母親をさがしてみた。
でもどこにもいない。
ムササビの子にミルクをやったら
元気になった。
よごれた床を掃いていたら、
その子が首の後ろにのっかって、
わたしの太くて黒い髪をギュッとつかんだ。
枯れ草の結びこぶ
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イナビカリが夜を切り裂き、
木をまっぷたつにした。割れた木が
燃えだし、乾いてバサバサした草に燃え移った。
風が火を押し流し
小屋の上をかすめていった。
炎が木のてっぺんからてっぺんへと跳び移る。
森がまっ赤になっていく。
わたしはだいじょうぶ、川の中に、
水の流れが押しよせる中にいるから。
白いより糸
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小さなムササビが野いちごや草を
食べるようになる。強く、
じゅうぶんに大きくなった。
棚の上からわたしのひざまで、
スイと、部屋を横ぎって、飛んできて、
わたしの大きくなったお腹の上をはいあがり、
ふくらんだ胸の上で休む。
この子は居るわけにいかない。この子は
自分の家に帰らなくては。夜、
大きな大きな「永遠に生きる木」に連れていって
ムササビの子を放す。
青いより糸
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かあさんが一人でわたしに会いに来た。
4、5日が過ぎて、赤ちゃんが
すぐそばまで来ているよう。かあさんが言う、
「チャウミウンが他の人と結婚したよ。奥さんは
娘を生んだ、ルメムサっていう」
かあさんはわたしに言う、こどものために
がんばるようにと。こどものために
わたしは強くならなくちゃ。なれなかったら
どうしよう。
青いビーズ
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かあさんがわたしの手を握って、
薬草をふりかけ、大きな声でうたう。
鋭い痛みと、いなびかりで
からだ中が焼きつくされる中、
わたしはいきんで、赤ん坊を押し出す。すると、
天がさけて、日の光が
わたしの生まれたての息子に降りそそいだ。
クワリスシムとかあさんの腕の中でよばれた子。
その子は朝の草みたいにぬれている。
結びこぶ
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夫は誇らし気だ。
テンとオオヤマネコの毛皮をならべて
赤んぼうの寝床をつくる。
そして黒衣の男に
息子の顔に灰をこすりつけさせる。
紐
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黒土を掘り返して、
根っこを掘りあて、肉の厚い球根を引き抜く。
夫は商いをするため、仲間たちと家を出る。
クワリスシムは芋虫みたいにくるまれて、
揺りかごの中で眠っている。
黄色のより糸
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籠には
不吉な動物男が編まれていて
その中で、赤い石が湯を沸かしている。
二人の軍人が、黄麻布につつまれて、
老いた雌馬にのせられた、
夫のからだを連れ帰る。
結びこぶ
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聞いて。わたしは小川のさざめき
ほどのものでもないの?
見て。わたしは冬のヘラジカの足跡
ほどのものでもないの?
感じて。わたしはかすかな風
ほどのものでもないの?
結びこぶ
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わたしは馬に荷造りして、家に向う。
風は無言。道はのぼり坂。
眠っているような雪の吹きだまり。
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