小さな本、本をめぐる旅

アントニオ・タブッキ著「島とクジラと女をめぐる断片」(1998年・青土社刊)他

今年はちゃんとした夏休みをとりそこねて、旅もせず、ずっと家の周辺でひと夏を過ごすことになりました。それでも3日続きの仕事をしないのんびりする日をとったりしたおかげで、イトーヨーカ堂のセールで1280円で買ってきたアウトドア用のキャンパス地のリクライニングチェアに身をしずめ、久しぶりにたっぷりと本を読みました。それも小説を(わたしは普段、ほとんど小説を読まないのですが)。そしてその読書体験は、旅することに限りなく似ていたような気がします。

始まりはパスカル・キニャールの「ローマのテラス」でした。キニャールはフランスの、一風かわった作風の現代作家です。「ローマのテラス」は1617年パリ生まれの銅版画家が硝酸で顔を焼かれた後、ヨーロッパの都市を点々とする物語で、大きめの文字とたっぷりとった行間でやっと120ページになる長さの本。原典では100ページに満たないかもしれません。この本の放浪性、幻想性に刺激されてか、読み終わると同時にイタリアの作家アントニオ・タブッキの本が無性に読みたくなり、家の本棚をあちこち探しまわってやっと「インド夜想曲」をみつけました。これはイタリア人の主人公が、失跡した友人を探してボンベイ、マドラス、ゴアと旅する話。この本をパラパラと読みかえしながら、インターネットでタブッキの「フェルナンド・ペソア最後の三日間」と「島とクジラと女をめぐる断片」を注文します。そして届くなり読み始めました。

「フェルナンド・ペソア・・」はポルトガルの詩人ペソアの死にいたる最後の三日間を事実とフィクションをおりまぜたようなスタイルで描いた作品。日本語版では非常にたっぷりの行間と大きめの文字でやっと99ページ(本文部分)。原典は60余ページとか。夢の中を歩きまわっているような、なんとも言いがたい不思議な印象を残す作品で、タブッキ描くペソアにも興味をもち、読後わたしはペソアの詩をかならず読もうと心に決めたのでした(できればポルトガル語を学んで)。

「島とクジラと女をめぐる断片」はタブッキがまえがきで『これは旅行記とは言えない』と断っているものの、わたしにはこれこそが真正の旅の本と思えるものでした。アソーレス諸島 [読みながらインターネットで位置を確かめる/なぜならばポルトガル沖から大西洋をかなり西に行った場所にあるため、家にあるワールドアトラスでは地図の左(ヨーロッパの端)にも、右(北米大陸の端)にも、ぎりぎりのっている状態で、いったい大西洋上のどのあたりにこの島々があるのかがつかめなかったので] についての、そしてクジラと捕鯨をめぐるいくつかの断章でつむがれた、これまた不思議な味わいの物語です。そしてこの本も、訳者の須賀敦子さんがあとがきで何回もくりかえしているように、原典は「小さな本」のようです。

小さな本と旅、なにか関係があるのでしょうか。タブッキはイタリアの作家でありながら、ポルトガルに強く惹かれていたことからポルトガルをめぐる物語をいくつか書いています。また詩人ペソアのイタリアへの翻訳紹介者としても知られているようです。さらに1991年にリスボンで出版された「レクイエム」はポルトガル語で書かれ、その後著者でない人によりイタリア語に翻訳されました。なにかが、異国のことばを媒介としながら、あちらへこちらへと彷徨っているのでしょうか。タブッキは「島とクジラ・・」のまえがきで、自分のヨットから一歩も降りることなく「アフリカの印象」という本を書き上げたレイモン・ルーセルについてふれて、自分はそのミューズの凄さには及ばないと書いています。なぜならタブッキ自身はアソーレス諸島のいくつかの島に上陸してこの小説を書いているからです。

ことばによって現実を越えていくこと、本とは、そして旅とは。わたしもまた、アメリカの沙漠の地に一度も足を踏み入れることなく、ユタ、カリフォルニア、ニューメキシコなどの沙漠の物語を翻訳という作業を通してつむぎ続けている者です。

小さな本と言えば、フランツ・カフカも数十ページの小さな本を出版していた、と聞いています。そしてプラハ生まれのカフカは、母語であるチェコ語ではなく、ドイツ語で小説を書いた人でもありました。タブッキのように自ら望んで、というよりは、当時の政治・社会状況がそうさせたということだったようですが。

小さな本と、異国のことばと、旅と放浪。9月にはまだ少しあるというのにもう、爽やかな風が抜けていく川崎の自宅で、そんなことを考えつづけた数日でした。

2002年8月23日午後3時45分
大黒和恵・editor@happano.org


*上記に登場する本の紹介
 パスカル・キニャール著「ローマのテラス」(高橋啓訳・2001年青土社刊)
 アントニオ・タブッキ著「インド夜想曲」(須賀敦子訳・1991年白水社刊)
 アントニオ・タブッキ著「フェルナンド・ペソア最後の三日間」(和田忠彦訳・1997年青土社刊)[訳者あとがき「ペソアからの航海」は、ペソアについて、タブッキという作家について示唆に満ちたすばらしい解説が3章にわたってなされている。このあとがきの「章」もふくめて一つの作品として楽しめる日本語版を読む幸せを感じる。]
 アントニオ・タブッキ著「島とクジラと女をめぐる断片」(須賀敦子訳・1998年青土社刊)
 アントニオ・タブッキ著「レクイエム」(鈴木昭裕訳・1999年白水社Uブックス)

*フェルナンド・ペソアもまた、ポルトガル人でありながら、英語でも作品を書き続けた人。ポルトガルに生まれ、母親の再婚で南アフリカに移住、そこで英語で教育を受ける。大学入学のためポルトガルに帰国、以来ポルトガルに住み、そこで47年の生涯を終える。著書『不穏の書/断章』の中でペソアはこう書いている。「旅をすると考えただけで吐き気がする。/けっしてみたことのないすべてを、私は見てしまった。まだ見たことのないすべてを、私はもう見てしまった。」

*フランツ・カフカの「最後の審判」叢書(1916年・クルト・ヴォルフ社刊)は短い作品でも1册として出す、という方針で、「判決」は広告ページも入れてわずか31ページの本だったそう。(白水社・カフカ小説全集4より)

*「ローマのテラス」を手にする一月ほど前、そういえば多和田葉子の「容疑者の夜行列車」(2002年青土社刊)を読んでいたことを思い出した。この小説も(小説を読まないと書いておきながらと思われるかもしれないが、多和田葉子さんのものだけは読んでいた)、夢を見ているような不思議な感覚を呼び覚まされる作品で(タブッキの言う「逆説的なリアリズム」とでも言おうか)、パリ、グラーツ、....... 北京、.........バーゼル、........ボンベイ、そして「どこでもない町へ」と列車で旅をする話。多和田さんもまた、異国のことば(ドイツ語)で作品を書く人である。ドイツ語で小説を書くようになったころの多和田さんの不思議な体験が、「すべって、ころんで、かかとがとれた」(日本語/英語訳)というエッセイの中でいきいきと描かれている。