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ドー、ミー、ソー、とちょっと歌ってみてください。そうしたらそこに「さ」「ぎ」「り」という言葉を乗せてみてください。ん? なんのことだかわからない?
では、ドミソのあとに、ソーファミ、と続けて(まるで音階練習のようですが)、その音の上に、「きーゆる」と言葉を乗せてみてください。
わかりましたか?
これは小学校で(多分いまでも*)習う「冬景色」という歌の冒頭です。ウィキペディアによると、1913年(大正2年)に刊行された『尋常小学唱歌 第五学年用』に初出された曲で、作者は歌詞、曲ともに不詳だそうです。1913年と言えば、今から百年近く前、1900年代初頭生まれの人から、その後、たとえば現在80歳代の方たちにも広く親しまれた歌であるかもしれません。明治大正、昭和を通じて西洋音楽が広まりつつあった日本で、小学校で歌われていた歌のひとつ、それが「冬景色」です。
シンガーソングライターのよしもとかよさんが、この秋「コヨミウタ 1」という全9曲からなる自主制作アルバムを発表しました。以前に、このレビュー欄で「star quilt」(ユニバーサルミュージック)というアルバムの紹介をしたことがある「吉本佳代」さんと同一人物です。今回の「コヨミウタ 1」は、かよさんがバンド「やまのしんちゃんズ」とともにレコーディングしたもので、フリーになってから制作した3枚目にあたる作品集。唱歌「冬景色」は、その「コヨミウタ 1」に収録されている1曲です。
さ霧消ゆる湊江(みなとえ)の
舟に白し、朝の霜。
ただ水鳥の声はして
いまだ覚めず、岸の家。
冬の朝の風景、場所は小さな港でそこは入江になっていて。停泊している船にも、霜が降りているのでしょうか、冬の乾いた空気と霜に包まれた白い景色が広がります。どこかで水鳥の声がして、その静かな風景にアクセントをつけます。早朝の入江に並ぶ家々は、まだ目を覚ましていません。
「さ霧」とはなんでしょう。国語辞典で調べると「さ」は「狭」だそうで、でも意味としてはとくになく、名詞、形容詞、動詞の頭につけて調子を整えるためのものだそう。「さみだれ」「さまよう」など。五月雨のように「五月」の字を当てたり、早、小、などの字を置くこともあるそうです。
何ということはない、冬の朝の情景を詠んだ歌ですが、言葉の少なさ、構成のシンプルさにもかかわらず、そこから見えてくる風景には大きな広がりがあります。とくにこれといって取り柄はないかもしれないけれど、平和で平穏な港町あるいは漁村なのでしょう。
烏(からす)啼(な)きて木に高く、
人は畑(はた)に麦を踏む。
げに小春日ののどけしや。
かへり咲(ざき)の花も見ゆ。
嵐吹きて雲は落ち、
時雨(しぐれ)降りて日は暮れぬ。
若(も)し灯火(ともしび)の漏れ来(こ)ずば、
それと分かじ、野辺(のべ)の里。
つづく2番、3番。2番は冬だけれど昼は暖かくなって、カラスがカアと木の上で鳴き、畑仕事をする人の姿もどこかのどかに見えます。雲行きが怪しくなってきたかと思うと雲が垂れこめ、雨も降ってきて日は暮れ、静かな野辺の里はひっそりと鎮まりかえります。家々の窓から小さな灯火がぽつぽつと見えて、中ではきっと一日の終わりを家族で過ごす人がくつろいでいるのでしょう。
こんな歌の世界を、ああ、この現代に想像することは、隔世の感があるのかも。。。と思われるかもしれませんが、よしもとかよさんの歌で聴く「冬景色」は、今の日本でも気をつけていればきっと見えてくる風景にちがいない、そのように思えてきます。「烏(からす)啼きて木に高く」「もし灯火(ともしび)の漏れ来(こ)ずば」そういう、やや古風な語調がなんとも自然に、1970年代生まれのかよさんの口が流れます。ある時代の日本語がもっていた、そして日々の暮らしにあった、人の豊かさにつながる何かが、詩の中にあり、かよさんの発語の中ではぐくまれます。かよさんの生まれ育った、そして現在も住む北陸の地、その土地とかよさんの関係が、一昔二昔前の日本の風景と共にある言葉と共振しているのでしょうか。
言葉というのは不思議なもので、政治家などが演説する場合も、自分の普段のボキャブラリーにない言葉を使うと伝わらないだけでなく、そのちぐはぐさに人は気をそがれます。オバマ大統領の言葉が国境を越えて多くの人々に伝わった理由の一つは、彼自身が一人の人間として生きる中で獲得し、共に歩いてきた言葉によって話をしていたからだと思うのです。
CD「コヨミウタ 1」は、「鯉幟(こいのぼり)」「茶摘」「ピクニック」「夏は来ぬ」「村祭」「もみじ」「冬景色」「コヨミウタ」「金糸雀(かなりや)」と、文部省唱歌を中心に古い時代の歌、イギリス民謡、そしてかよさん自身の楽曲「コヨミウタ」で構成されています。そうです、5月の鯉のぼりに始まり、夏から秋へ、冬へとコヨミを歌い継いでいるのです。かよさんは今までは自曲を歌うことを中心に、ときに内外の既存の曲をカヴァーもしてきました。そして歌の主たるフィールドはポップスです。でもこうして「コヨミウタ 1」を聴いていると、自作も唱歌もとりたてて境界はないように見えてきます。歌うこと、人間の声をもってこの世界を歌うこと、歌いはじめること、歌がそこにあること、そのことが大切なんだとでもいうように。
わたしが「コヨミウタ 1」でとてもいいと思った点のひとつは、一つ一つの歌そのものが第一番に「生きてある」こと。歌い手も、バンドも、この「歌」自身を何よりも生かそうとして出来た作品集のように思えるのです。もちろんよしもとかよ、という歌うたいなしには成立しない作品集なのですが、その本人がまずは「歌」そのものに対して、選ぶことにおいて歌うことにおいて、誠実な向き合い方をしているので、結果としてとても良い作品集に仕上がったのではないかと思います。
かよさんはこのアルバムについて、レコーディングのとき感じたことを語ってくれました。少しご紹介します。
「このアルバムを作って
改めて
歌とは 生き物だな と 強く感じ
歌い手として 歌を 生かすということが
自分のあたわりなのだと 思いました 」
(あたわり=授かったもの、というような意味らしいです)
鯉幟(こいのぼり)について。(歌詞はこのページの下にあります)
「歌入れの時は
どういうわけか
朝一番の太陽に わが子を見せて 祈る
女性の姿が 心に浮かんで
強く おおらかに 生きなさい と
歌に 語りかけられている気がして
胸がいっぱいでした」
筆者だいこくが「鯉幟」の1番の描写の巧みさ、2番の大きな夢をみる気持ちに打たれたことに対して。
「ワタシは 3番も大好きです
百瀬の滝を 上りなば たちまち 龍に なりぬべき
わが身に 似よや おのこご と 空に 躍るや 鯉幟
生きることが 決して 容易ではないこと
でも それでも 希望や信念を 持って 生きなさい と
言われているような感じがして
生まれてきて ここにいて 幸せだなぁって気持ちが
あふれてきます」
ちなみにこの曲は太鼓(ハンドドラム)の素朴な響きではじまります。風吹きわたる大地で平原インディアンが打ち鳴らす太鼓のように。かよさんいわく、ワタシたちの鯉幟は草原の空高く、たなびいているのかもしれない。たしかに、かよさんの歌う「鯉幟」を聴いていると、その鯉は空があって風があれば、そこがどこであれ、いつの時代のなんの季節であれ、気持ち良さそうにゆうゆうと泳いでいく姿となって立ち現われます。昔の歌をいま掬いあげて歌うことは、「歌い継ぐ」というより、いま生きる人間がその歌の中に未来をみることなのかもしれません。
カヴァー曲というと、ときに、シンガーが素材をだしにして自分の個性や歌のうまさをアピールするために取り上げているように見えることもあり、がっかりさせられます。また「バッハを琴で演奏する」というような安易なアレンジに、企画意図を疑うこともあります。かと言って「鯉幟」「冬景色」を、これが文部省唱歌の模範歌唱です、あるいは西洋歌曲ではこのように歌います、と歌われても、心そぞろになるでしょう。
「コヨミウタ 1」を聴いて、わたしが「冬景色」や「鯉幟」の歌詞をネットで調べたくなり、その詩の素晴らしさにまで引き込まれたのは、かよさんの歌がそれを導くように歌われていたからだという気がします。知っている歌だけど知らない世界が広がっている。
歌がうたわれる中で人の中に住みつき、歌と歌うたいの境界がいつのまにか混じりあったとき、誰の歌だったかさえ忘れて鼻唄のようにこぼれでてくるときがあり。
多くの唱歌と言われるものが、作者不詳であるにもかかわらず、素晴らしい詩の世界を花開かせ、シンプルながら魅力ある音楽世界を繰り広げているのと同じように、シンガーよしもとかよも、「よしもとかよ」が歌っていることを一番にアピールするよりも、ここに素晴らしい歌が「うたわれている」ことが何より伝えたいこと、と思っているのかもしれない、と想像してしまいます。歌というものは元々はそうであったし、そして、今の時代の「商業」というところから少し外れることが可能なら、今も変わらぬ歌の真理なのかもしれない、そのように思えてきます。
鯉のぼり (作詞:不詳、作曲:弘田龍太郎/1892ー1952))
1.
甍(いらか)の波と雲の波、
重なる波の中空(なかぞら)を、
橘(たちばな)かおる朝風に、
高く泳ぐや、鯉のぼり。
2.
開ける広き其の口に、
舟をも呑(の)まん様見えて、
ゆたかに振(ふる)う尾鰭(おひれ)には、
物に動ぜぬ姿あり。
3.
百瀬(ももせ)の滝を登りなば、
忽(たちま)ち竜になりぬべき、
わが身に似よや男子(おのこご)と、
空に躍るや鯉のぼり。
*本文の注釈
現在の小学校音楽教科書について:
東京書籍、教育出版などの教科書出版社の中で、ウェブで楽曲リストを公開している教育芸術社の小学校5年用音楽教科書には「こいのぼり」「ふゆげしき」の掲載がありました。
●演奏者情報
よしもとかよ と やまのしんちゃんズ
vocal, chorus, voice, whistle, andes, handclaps:よしもとかよ
bass, percussion, didjeridoo, guitar, voice, handclaps:やまのしんちゃんズ
recording, mix, sound effect:そねあきら
*このアルバムでは、アボリジニの楽器ディジェリドゥやホイッスルなど素朴な響きの楽器に加え、自然音や遊ぶ子どもたちの声もさりげなく使われています。
2009年12月4日(金)10:43
大黒和恵・editor@happano.org
*「冬景色」「鯉幟」の歌詞を「Fragments/ことばの断片」#71、#72に掲載しました。
吉本佳代「star quilt」レピューはこちら
http://happano.org/pages/reviews/review16.html
よしもとかよ:
富山在住のシンガーソングライター。小さい頃から歌が好き。生まれ育った自然の美しい地に暮らし、日々感じたことを歌として紡いでいる。
大学時代に「国際青年の村」の活動で、オリジナルテーマソングの日本語版ボーカルを担当したのが、音楽活動を始めるきっかけになった。ユニットthe greenhornsを経て、2002年ソロ活動を開始、吉本佳代としてファースト・ミニアルバム「lost and found」(2003年)を発表。その後「star quilt」(2004年)、「duodji」(2007年)と作品集を出し、2008年にフリーとなって自主制作アルバム「room 417」を発表。「コヨミウタ 1」はやまのしんちゃんズとの2作目の作品集。
よしもとかよ MySpace
http://www.myspace.com/room417kajo
よしもとかよとやまのしんちゃんズ
2008年夏、結成。石川県七尾市でのイベント「朝顔縁日」をきっかけに童謡や唱歌をアレンジして歌うライブ「つるべとられて」を展開中。なつかしくもあたらしい歌の世界を日々紡ぎだしている。2009年春、オリジナル曲3曲を収録したCD-R 「星は降る」リリース。メンバーは、やまざきしん (bass)、やまだしんご (percussion)、やまぎししんいち (guitar)、よしもとかよ (vocal)、そねあきら(sound effects)。
よしもとかよとやまのしんちゃんズ MySpace
http://www.myspace.com/kayoyamashin
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