ニューヨーカーの息づかい

「吟遊」第13号(吟遊社、2002年1月25日発行)より


ワールド・トレード・センターの 日没
つがいの 夕日

the World Trade center at dusk-
a pair of sunsets

2001年9月11日、繁栄の象徴であるニューヨークのWTCが突如として崩れた。狂気と憎悪の渦巻く中で、Black Tuesday 以前のニューヨーカーの暮らしぶりを綴った英語ハイク句集tenement landscapes (A Small Garlic Press 1995)の日本語版『ニューヨーク、アパアト暮らし』(だいこくかずえ訳)が出版された。著者は、生粋のニューヨーカーである詩人、ポール・デヴィッド・メナ(Paul Devid Mena)。

タイトルに地名が入ると、時にはその土地の持つ知名度が内容を上回ることがあるが、メナのハイクは読者の期待を裏切らない。人口800万、その4割は移民、6割は非白人、116の言語が飛びかう街、ニュー・ヨークを、メナは生活者の目で都会の孤独や恐怖、人生のほのぼのとした優しさを、軽やかにせつなく描く。

とりのがす
終電の駅 思い
会社に とどまる

having missed
the last train
fear keeps me company

メナは日本語版のために、それぞれのハイクに日本人読者に向けて解説を付けた。それが観光ガイドブックでは味わえない楽しいエッセイとなっていて、句集に彩りを添えている。例えば上記のハイクには、「深夜のペンシルバニア駅から終電が出ていくのが午前3時15分。ニューヨークの荒涼とした時間帯。夜のニューヨークは危険が多い。」とある。次の句からはニューヨーカーの若々しい気持ちが伝わってくる。

今週2度目の
ひとめぼれ
ダウンタウンの電車の中で

I fell in love
for the second time this week
on the downtown train

メナには『ニューヨーク、アパアト暮らし』の他に、通勤者の白昼夢と地下鉄のセレナーデを描いた詩集trainsongs(1997)と酒場を舞台にしたハイク句集the brewpub chronicles (Haiku in Low Places 1998)があり、どれもメナのWebサイトで注文することができる。(http://www.lowplaces.net/)

『ニューヨーク、アパアト暮らし』は、内容は言うにおよばず出版形態も日本の読者に新鮮である。メナの英語ハイク句集を出版したWeb Press葉っぱの抗夫は、Web作品をオンデマンド印刷で出版している出版社である。簡便な印刷による自費出版スタイルの詩集や句集はチャップブック(chapbook)といわれ、欧米の詩人の作品集はほとんどこの体裁をとっている。定形郵便で送れるサイズと求めやすい価格での出版は、日本ではまだ目新しく、今後日本のこの種の出版物のモデルとなるであろう。日本の俳人や英語ハイクに興味を持つ人にぜひ読んでほしい『ニューヨーク、アパアト暮らし』である。

吉村 侑久代(朝日大学助教授、俳人)

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