夜になるとダンスが始まり、音楽も! 聖人のような顔つきをした、痩せて小さな老サントスがフルートを吹き、ガルシア青年は心にしみるギターを奏で、カラスコがバイオリンを弾く。演奏者たちは踊り手より一段高い壇上に座り、ろうそくの明かりに照らされ、後ろには赤と白と緑のメキシコの旗が飾られている。そしてよそでは耳にすることのない、熱く燃える音楽を演奏し続ける。

 真夜中になると旗が降ろされる。この光景に心動かされなかったとしたら、損をしたと思ったほうがいい。白く輝くパイン・マウンテンが頭上から見おろし、羊飼いのたき火が闇に包まれた丘で赤々と燃えている。プラーザ(広場)では、旗竿が輝き、人々の黒髪と色鮮やかなドレスが、かがり火で赤く照らされる。火は鷲の旗の高さまで燃え上がり、やがて衰え、音楽が静かにかたわらで始まる。音楽は古い時代への懐かしさと流浪の日々の空気を呼び込む。夜の闇の中から旗がゆっくり、夜風にはためきながら降りてくる。涙とともに讃美歌が歌われることもある。旗が降りてきた。トニー・セバドラがそれを両手に受ける。音楽が荒々しく大仰な音調で打ち鳴らされ、別の旗がゆっくりと昇っていく。(ひと呼吸の後には、それが星条旗の歌と旗であることがわかる。) 一斉射撃があり、そこにいる者たちの心は、もしそうしたければ、アメリカのカリフォルニアに戻ってくる。愛国の血を分ちもつ若者たちは、トニー・セバドラの持つ旗に手を伸ばし、その端をつかめれば幸せ者。音楽が始まり、人々は二人ずつ並び、声を揃えて歌う。アメリカ国歌を、この辺のフランス人羊飼いのためにラ・マルセイエーズ(フランス国歌)を、キューバの賛歌を、チリ国家のものはここに住む二つの家族を和ませる。旗はイナ夫人のところに燭台や祭壇布と一緒に持って帰られる。そしてラス・ウバスじゅうが、太陽がパイン・マウンテンに昇るまで、タマーレを食べ、踊る。

 グレープ・ヴァインズ(ブドウの蔓)の町では、七月四日のアメリカ独立記念日の習慣を持たず、ワシントンの誕生日も、感謝祭も祝わない、アメリカ人ならそんなことは想像もできないだろう。ここではこういう記念日は、仕事を休んで踊りに興じるためのいい機会ではあるが、心の休日となるのは、九月十六日の方だ。戦没者追悼記念日には、墓地で花輪が飾られ、頭板には聖人たちの新しい絵が張りつけられる。「聖人たちの住処」で聞く追悼の挨拶には、大変なありがたみがある。スペイン語を話す人々が、聖人たちが眠るその庭につけた名前がわたしは好きだ。カンポ・サント(聖なる野)。まるで行き場のない魂や罪人たちが、揃って身を起こし神を讃えている、癒しの床のような響きだ。ときに素朴な人々の言葉は、英知の及ばない真実に触れていることがある。彼らは人間的に深い魂をもっているから、純粋な信仰心を手にできる。わたしやあなたのような人間は、詩人や象徴主義者となって世俗を生きている。わたしたちは、舗装道路に囲まれた場所に、他人の生き方に口を出さないことを信条とする多量の人間を生み出している。そして神を住まわせる同じ屋根の下に、台所と便所を同居させている。そういう人々が啓発され教示を受けるために教会へ行く。でもラス・ウバスではただ祈るために教会に行き、神様にお願いをする。恩恵を受けている神に対して、人々は気前の良さと礼儀を尽くすことで信仰心を表す。隣の子どもの死のためにろうそく一本買うことなく、食べるものを食べる、それはろうそくなんか何の役にも立たないとあなたは思っているからだ。

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