ブドウの町ではどの家も家庭菜園をやっていて、トウモロコシや豆、お日様の下で真っ赤になったトウガラシが実っている。灌漑用水のそばの湿った土のところでは、イェルバサンタの茂み、ニガハッカやキャットニップ、カンショウが育ち、どれも体に良くて治癒効果もある草だけれど、トウガラシがなかったら全て役立たず。ラス・ウバスで休日の晩餐をすれば、ミートボール・スープにチリを入れ、鶏肉にもチリ、ご飯にもチリ、フライドビーンにもチリをいっぱい、エンチラダはコーンケーキにチリソース、トマト、タマネギ、おろしチーズ、オリーブを乗せて食べるもの。そして料理に超辛チリの薬味を加えれば、どれもがおいしく、お腹の調子を整えてくれる。ワインはどの家でも主人が自家製造し、おいしくて独特の香りがする。最後のデザートは、見た目ほどにはおいしくはないけれど。

 そういう食事にありつくには、二つのチャンスがある。一つは九月十六日のメキシコ革命の日、もう一つは一年おきのシャノン神父の訪問のとき。もちろんシャノン神父の巡回は理にかなったことではない。メキシコ独立の歴史を考えれば、ラス・ウバスはアイルランド系司祭を見つけるべきだったけれど、ブラック・ロック、ミントン、ジムヴィル、といったこの辺りの地域にはいなかったのだ。シャノン神父はこの地域をすべてまわり、レッド・ビュートではそこを通るヒツジの群れを連れた羊飼いに懺悔させるために待ちもしたし、点在する小さな鉱山に幸運を授け、一、二年ごとにある埋葬や結婚や洗礼の際、ラス・ウバスにやってきて仕事をしていく。あるときはカンポ・サントの小さな墓のすべてにろうそくが飾られ、紙のバラと毒々しい色刷りの「悲しみの聖母」に彩られた茶色い松の頭板が、アロンの杖のように花咲く。またあるときは自分は天からの使者と信じるセニョーラ・セバドラが、エリヤやロラやマニュエリタやホセやフェリペたち、小さな原罪者たちに来るように勧告し、汗で湿った小さな手にこっそりお菓子まで握らせて呼び集め、聖餐式に参加させる。

 その子たちをイナ夫人の居間でよく覗き見(といってもこっそりではなく)したものだ。天使の目をした小さなわんぱく小僧たちが、床の上に横向きに膝をついて座り、暖炉の上にはろうそくが灯されて宗教的な雰囲気をかもし、聖家族の絵の前に野の花の大きな花束が置かれる。日曜がくれば、人々は校舎に祭壇をしつらえ、美しい布をそこに掛け、銀箔の燭台を置き、四十年前にメキシコからラバの背に乗せて持って来た、ラス・ウバス最高の栄華である蝋で描いた宗教画を飾る。白い服に身を包んで、聖体を受ける子どもらが二人ずつ、静かに畏怖の気持ちを胸に前に進み出る。司祭の息子のトマソが、自分の任務がこれみよがしに見えないように控えている。それが終わると、晩餐が始まり、日当りのいいエスコンディートの斜面で熟成したワインをいただく。その週の間ずっと、シャノン神父は、自らの欲望に向き合い良心に従おうとする人々の告解を聞いてきた。そして一人一人に手本を示していた。シャノン神父は大きな笑い声の持ち主で、それを囲うためにお腹の肉づきが少しばかりいいようだけれど、同時に洞察力に優れた心の専門家でもある。神父への告解で心が救われる人がいると聞いているが、あり得ることだとわたしも思う。

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