砂塵の幕が金色を帯び、周囲を包囲する。風圧は容赦ないものだ。あらゆる生きものの中で、その最中に出て行こうなどという愚か者は人間くらいのもの。でも家の中に居るのだってかなりひどい、砂塵から、そして木々がきしむ恐ろしい音から逃れることはできないのだから。このような風の中では前が見えないし、肌につきささる砂の痛さといったら、どんな虫さされよりひどいものだ。絶え間ない風の吹きつけに疲れ果てて、眠気に身をまかせてもいいが、野営地が開けた砂地のようなところなら、砂に埋められてしまうという恐怖も捨てられない。風は熱く、乾燥していて、突風性のものだが、風下を這うように行くと、その人知れぬ荒々しさの渦中に、見たことのないものを見つけるかもしれない。風の小康と沙漠が生み出す熱、それがわたしは好きだ。それなしには、これほど多くの生きものと(隠れたがりの民も含めて)知り合うことはなかったかもしれない。浅い穴の中で羽をしっかり閉じてすくんでいるタカを見るのが好きだし、刺の茂みのそばでハトたちが一列に並んでいるのも、牛たちが風にしっぽをなびかせて目を閉じてうずくまっているところも好きだ。砂丘の間で起こるもうもうたる砂煙が好きだし、平地でとぐろを巻いているヘビを見るのも好きだけれど、風の中に立ちつくす愚かなヒツジたちと出会うのは苦手だ。風が持てる知能のすべてを奪ってしまうのか、多くの野生動物が天候異変に耐えている中、ヒツジたちは自己誘発睡眠による昏睡状態にやすやすと陥ってしまう。羊飼いに連れられたヒツジの群れ以外のものに、沙漠風が害を及ぼしたということを聞いたことがない。一度パステリアの下のあたりで、羊飼いのリトルピートが、砂地のあちこちから突き出ている骨を見せてくれたことがある。かつての砂嵐で二百頭のヒツジの群れが窒息したところだ。牛を囲う柵の一メートルを超える支柱が、風でできた砂山の下に埋まってしまうことはよくあった。