沙漠の丘陵で起こる嵐はどんなものも、風嵐を除けば、威力のないものだ。シエラ東斜面から東の地域では、嵐は、沙漠方面に向かってほぼ平行に並ぶ山並みのところで起こる。遠くからの流れ雲かカリフォルニア湾からのさまよい風でもないかぎり雨が降り込めることはなく、あったとしてもそれは冬のものだ。夏は、わずかばかりの大粒の雨を得るために、空は雷と激しい稲妻に苛まされるが、それは一生に一度の豪雨の機会でもある。でも沙漠風を知らないうちは、こういう荒々しいものの中にどんな威力が秘められているかわからないだろう。それは雨季と乾季の境目にやってくる。ピンと気を張りつめてそれを待つ。谷に向かって落ちていくメサの縁のあたりで、アラビアンナイトの漁師の壷から立ちのぼる精霊のように、砂塵の悪魔がくっきり白く扇を描いて昇り始める。インディアンが煙の合図を使うのは、この砂塵の柱から得たアイディアかもしれない。彼らは大地で起きることから直接学ぶことが多いのだから。空気が流れるように動き始め、山あいを熱くときに冷たく吹きつける。ずっと南の方では、砂の暗幕が空をおおっている。黒い靄は広がり、風がそれを揺すると、土の匂いがたちこめる。

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