グリーンフィールズの続く所有者は誰も、そういうエイモスを重々知った上で土地を買った。最後の所有者はダイドリックだった。その年の八月に、一週間に渡る水位減少があった。ジャドソンは水路が枯れたので、ライフルを手にその理由を知ろうと出かけていった。水門の上にはダイドリック夫人が長い柄のシャベルを膝に置いて座っていた。水はすべてダイドリックの水路へと流れていた。夫人は夕陽の中で編み物をしていて、子供たちが夕食を運んできた。エイモスにとって万事休すだった。女性に戦いを挑むには紳士すぎたんでね、そんな風に彼は後に言った。ダイドリック夫人はとても大柄な女性で、長い柄のシャベルはなかなかの武器であった。翌年、ジャドソンとダイドリックは近代的な水量計測器を置いて、夏の減水期の水を同等に分け合った。用水権の問題にはこれよりもっとあさましいものも、もっと悲惨なものもあった。そういうことを知らない限り、庭園を通り過ぎ、長々とした水路をゆっくりと移動する水が何を思うか、よくわかったとは言えない。閉じ込められた大人しい水の流れからその思いや悩みを理解する、一度にすべてではなく少しずつ、お隣りの生真面目な中年の人が、どのような人生を歩んで今のようになったかに気づくようにして。その穏やかさは、酸いも甘いも噛み分けてきたことで手にしたものなのだ。

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