最初、どうしてこんなに多くの人が、神の手も届かないわびしい土地に来て住むのか、そこで何をして、なぜ留まるのか、不思議に思う気持ちにさせられるかもしれないが、ひとたびここに住めば、誰もそれほど不思議なこととは思わなくなる。こんなにも慈愛に満ちた土地は、この長細い赤茶けた土地の他にはどこにもない。虹色の丘、やわらかなブルーの靄、明るく光り輝く春は、桃源郷のようだ。その幻惑から時間の感覚が麻痺してしまうのか、住人は腰を落ちつけたかと思うとすぐに出ていこうとするが、実際に出ていくことはなく、どうやらその事実にさえ気づいてない様子だ。この土地に居着いた鉱夫や牛飼いたちを見ていればいずれわかること、ここを呪って出ていったとしても、結局舞い戻ってくる。たとえばここには、この地上のどこよりも神々しく清澄な空気がある。いつの日か、世界はそのことを知るだろう、そして風が吹きわたる丘の上のこの小さなオアシスこそが、家庭生活に慢性的疲労を覚える種族の癒しの場、隠れ家となるだろう。水や耕作可能な土から見放されているという理由で価値がないとされるこの土地も、鉱石や地質からの富の見込みはある。人はそれに魅せられ、不可能を可能にする誘惑にとらえられる。
サルティ(=西部の男)ウィリアムスがどうやって十八頭と二十頭からなるラバの群れ二つを率いて、ホウ砂の沼からモハベまでの百五十キロの道のりを、水樽を積み込んだ馬車で旅していたか、耳を傾けてみるといい。暑さの日々、喉を渇かしたラバたちは飲み水用バケツがぶつかり合う音で、鼓膜が破れるほどの鳴き声を上げ、馬具の鎖をもつれさせ、狂ったように騒ぐ。サルティは御者台に座ってぎらぎらと照りつける太陽に晒されながら、ラバが疲れておとなしくなるまで、平静沈着な声でラバを叱り、なだめつける。この道に沿って、浅い塚が一列に並んでいた。それは暑い時期に連れ出された新参の賃労働者一団が通るたび、一人、二人とそこに埋められていったものだ。でもサルティは助手席に座っていた自分のところの御者が、昼の休憩中に何の前触れもなく倒れて死んでしまったとき、この仕事をやめた。「なんともくそったれの暑さだった」とサルティ。助手の御者はサルティの手で、コヨーテが穴を掘り返したりしないよう上に石を乗せて埋められた。七年後、わたしは松材の板に鉛筆で書かれた文字が、風化することなくくっきりと残っているのを見た。
でもそれより少し前、モハベ駅馬車で走っているとき、インディアン・ウエルズを横切っていくサルティと再び出会っている。御者台から顔をのぞかせたサルティは、よく日に焼けて、収穫期の月のように血色がよく、十八頭のラバを率いて黄金の砂煙の中からぬっと現われたものだ。この土地がサルティを呼んだのだ。