沙漠で地表から数十センチ内に、飲み水に適した水源があるのは珍いことではない。メスキートやイネ科の束状草類が目印だ。天の助けに接近しながらも、それが予想外の姿をしていることから、沙漠での死という悲劇が生まれてしまう。それは地表近くに水源を見つけることも可能だった場所で命を落とした、不運な探検隊の事件によって、この谷がデス・ヴァレーという恐ろしい名で呼ばれるようになったことからもうかがえる。でもその人たちが知らなかったのも当然といえば当然。おそらくきちんとした装備があれば、この恐ろしい谷底を安全に通過することも可能だろう。そうはいえ、毎年相当数の死者があり、太陽にさらされた、誰であるか形跡の認められないミイラを見つけることになる。喉の乾きを軽く見たり、右に行くべきか左に行くべきかの道しるべを見逃したり、水を探しているのに乾いた泉しか見つけられなかったり。どうしようもないことだけれど。
泉や流れのある窪地に沿って歩くと、湿り気のある土のところに、水をたくさん必要とする植物が群生しているのを見つけて驚くことがあるが、沙漠も土の状態によって、それぞれの植生を見せるというだけのことだ。植生を決めるのは、斜面の角度だったり、山の向き、土の成分だったりする。南向きの丘はどれも丸裸に近いが、樹木限界線はそこから三百メートルも上にある。東西に走る峡谷では、片側が丸裸、片側が草木に覆われる。乾湖や沼のまわりでは、植生によってグループごとにきちんと住み分けができている。多くの種には決まった生育地があり、声なき土地こそが旅行者に、自分がどこにいるかを教えてくれるもっとも役立つ指標となる。
本当だろうかと疑うなら、沙漠の始まりはクレオソートにあることを知ってほしい。つやつやとした葉に平行の葉脈を描くこの不死の灌木は、デス・ヴァレーの底から樹木限界線の下部にまで生え上って広がり、強い香りと「魔女のつえ」という名前から想像できるような薬効をもっている。この明るい緑が、白や灰色がかった灌木の多い荒野で、人の目を楽しませてくれる。春には、樹脂性の粘液をしみ出させ、このあたりのインディアンはそれを挽いた石と混ぜて、矢尻を柄に付けるのに使う。植物のもつ様々な効用を見逃さないところは、さすがインディアン。