この本の紹介ページにもどる | happano store Japanese
ガーナの作家ニイ・パークスのデビュー小説

著者:ニイ・アイクエイ・パークス
翻訳:だいこくかずえ
青 い 鳥 の 尻 尾

Tail of the Blue Bird

「青い鳥の尻尾」抜粋_1

 「じゃあ繋いでください」 カヨはメモに「巡査部長」と書いて、声を待った。
 「もしもし」
 「はい、もしもし」
 「オダムッテンかな?」
 「そうです」
 「わたしはジョージ・ミンター巡査部長と言います。ある捜査の件で、PRCCのP.J.ドンカーの代わりに電話してます」
 カヨは驚いて聞き返した。「あの、そちらは軍ですか、それとも警察ですか?」
 「警察です」
 「あ、そうですか」 カヨは『警察』とメモに書いた。「わたしは証人でしょうか、それとも容疑者?」
 電話の向こうで大きな笑い声が起きて、椅子を動かす音が聞こえた。がらんとした部屋に置かれた木の椅子だ。「違いますよ。もし容疑者だったら、そちらに行ってもう逮捕してます」
 カヨはゆっくりと息を吐いた。「じゃあ、わたしに何か?」
 「あなたは検視官と聞いてますが、PRCCがあなたの専門技術を必要としています。あなたにすぐ任務についていただきたいのですが」
 この皮肉な状況に、カヨは苦笑いした。ガーナ警察がカヨの就職志願を却下してから、一年もたっていなかった。赤目の面接官、DI. バアーという男が言うことには検視官の職は「もう埋まっている」、それが理由だった。確かにその男は、カヨがイギリスの西ミッドランズ警察署で一年間、監察医として働いたことを評価して、たいしたものです、と言ったけれど、ここでは事情が違うというのだ。ガーナ警察は、『特殊な』尋問法によって99%の事件を解決してきた実績がある、と。
 カヨは咳払いをした。「その事件について、何か知っていますか?」
 「いえ、知りません。でもアクラの事件ではないようです。ソノクロム村という奥地です。タフォの近くですが」
 「どんな事件なんです?」
 「PRCCは『分類不能』と書いてました」
 カヨはメモ帳に『分類不能』と書いた。そしてそこから扇型に三本の矢を引いた。矢の下に『誘拐』『窃盗』『殺人』と入れる。それから下くちびるをかみながら、小さな四角の中に、『密輸』『不正取引』『詐欺』と書き入れた。
 「もしもし」
 「はい、巡査部長」
 「PRCCにはなんと言ったらいいでしょうか」
 「上司に休暇願いを出さなければ」 ペンでほおをつつきながら言う。「こっちからかけ直しますよ」
 「いえ、このまま待っています」
(「ドウォゥダ」より)




「青い鳥の尻尾」抜粋_3

 「クワドゥオ」 老猟師はカヨを指さしながらこう言った。「あんたの質問はわたしの話よりずっと長そうだ。飲んでいることだし、肉もくる。わたしの話をさせてくれないか」
 カヨはため息をついた。
 「1953年のことだ」 老猟師が再びカヨに指を向けると、うしろの壁で手の影が動いた。「その年は、それまでのどの年とも違っていた。わたしはあんたのように知識の人間じゃないが、あんたにも理解はできるだろう。ふふん、今ここでわたしらが見ているものは、あの年と関係してる」 そう言うとヤシ酒をごくりと飲んだ。「そうだな、先代からの習慣に従って、わたしのこととして話そう。が、実際はわたしではない。いいかな?」
 そこにいた者がうなずいた。カヨとガルバの背後にある、部屋の中央の明かりが、老猟師の目の中で燃えていた。オドゥロと老猟師の背後の壁には、男たちの影がいくつもの川の流れのように、うねり混じりあっていた。

***

 それはンクルマアがこの土地の長老になった年だった。つまり、ふふん、ここにはまだイギリス人がいたんだが、ンクルマアは<首相>だった。村々を訪れて、そこの人々に挨拶をしてまわった。そう、この村にもやって来て(オドゥロが証言してくれるだろう)、この近くの他の村にも来た。その村の一つに、さっきのカカオ農夫が住んでいた。その村はここと似ていたが、もっと木が多かった。道のところから眺めても、遠くまで見渡せない。森がふかいふかいからな。1953年は、それまでのどの年とも違っていた。その村(K クロムと呼んでおこう)のティンティンという宮廷音楽家が、タフォにある教会に向かった。そこで新しい楽器が演奏されると聞いたからだ。村の人々は、ティンティンが、追いたてられたニワトリみたいに叫びながら走って戻るのを目撃した。ティンティンが言うには、その楽器(<オルガン>と言っていた)は邪悪だ、人がみんな立ち上がる、と。イギリス人がその楽器の上に手を置くと、そのたびに全員が立ち上がる。音楽は美しかったが、楽器は呪われている。
 その晩、ティンティンは姿を消した。村の者はみんな、ふふん、音楽家は死んだと思った。真実はあとで言うとしよう。知恵ある者たちはこう言う、小さな鳥に石を投げようとして、ゾウから目を離すことはない、とな。今話しているのはカカオ農夫のことだ。ティンティンが消えた夜、農夫の妻が娘を生んだ、メンシシと名づけた。赤ん坊の泣き声はばかでかく、森をなたで斬りつけたように響きわたった。村では火がまだ灯っていて、赤ん坊の誕生を待つ人々の顔を赤く染めていた。うーん、子どもが生まれたあとに起きたことに、驚く者はいなかったと言ったら、びっくりするだろうな。しかし1953年はそういう年だった。
 出産の直後、年配の女たちが小屋から出てきて、カカオ農夫に娘が生まれたと伝え、農夫がヤシ酒で祝おうと出ていったそのとき、妻は死んだ(あっちの世界に行った者たちのために、ヤシ酒をいただこう)。いいかな、あらゆることはオニャメの大きな手の中にあるんだが、この死がカカオ農夫のやっかいごとの始まりだった、と言うわけだ。
(「ヤウダ」より)

ペーパーバック版(POD)
発売日:2014年1月
価格:1600円(本体価格)
Kindle版amazon.co.jp)
発売日:2014年1月
価格:500円

あ お い  と り の  し っ ぽ

「青い鳥の尻尾」抜粋_2

 ガルバは黙って車を舗装道から未舗装の脇道に乗り入れた。
 二人は空き地に車をとめた。年寄りが一人、ラジオを右耳に当ててすわっていた。その年寄りは漆黒の肌で、頭をそっていた。マラソンランナーのように、細くてしっかり筋肉のついたからだをしていたが、カヨは六十五歳くらいとみた。男は大きな木の影の中にいて、その背後には点々と木がちらばる小さな村が広がっていた。扇ヤシとニームの木は、カヨにもわかった。男のすわっている丸太はヤシの倒木だ。ガルバがランドローバーをとめると、その男は立ち上がって車の中をのぞきこんだ。何秒もしないうちに、子どもたちがわらわらと車をとりかこみ、歌いはじめた。背の高い、干したトウモロコシの皮のような顔色の、身のこなしの滑らかな警官が、半自動小銃を胸からぶらさげて、右手の集落のところから姿を現した。目が腫れて赤くなっていた。
 警官はカヨとガルバの方にやってきて、かるく敬礼をしてガルバに手を差し出した。「ガルバ、大卒を連れてきたのかな?」
 ガルバはうなずくとカヨの方を見た。「カヨさん、こちらメンサーです。刑事です」 そして仲間の警官の方を見て、「現場はどこだ?」と訊いた。
 メンサーは自分が来た方を指して、そちらに歩きはじめた。
 カヨはちょっと待ってくれ、とガルバの腕をたたいた。カヨはさっきの年寄りの方に歩いていって、アクアペム・トゥイ語であいさつをした。
 「エギャ、こんにちは」
 年寄りがにっこりした。丈夫そうな歯をずらりと見せ、口の端で棒を噛んでいた。
 「はい、こんにちは」 カヨの差し出した手を握った。
 「失礼します、わたしはカヨという者です。警察の仕事をするためにやってきました。ここの首長に許可を得たいので、連れていってもらえますか?」
 「なんというお名前で?」
 「カヨと呼ばれています」
 「それは本名ですか?」
 「いえ、エギャ、本名はクワドゥオ・オカイ・オダムッテンです」
 「じゃあ、クワドゥオと呼ばせてもらうよ。わたしはオパニン・ポクと呼ばれてる」 男はカヨの手を握ったまま、うなずいた。「母上はどちらの出身?」
 「アクラで生まれましたが、母の父はキビの出身です」
 年寄りはうなずくと、カヨを連れて歩きだした。
(「ウクダ」より)



「青い鳥の尻尾」抜粋_4(老猟師の話)

 というわけで、メンシシが82年にやって来たのは、わたしが首長のヒョウを獲りに出かける直前のことで、二晩もなかったな。わたしは短剣とナイフ、猟銃をもって、我らがビリム川めざして、森を抜けて山に向かった。着いたところでヤシを二本切り倒して、ハマビリ(縄)でそれを結わえた。それから長い枝を切ってきて、川を行くときのカイにした。この土地には道があるが、川の道を知っているなら、森を行くときはそれを使うのがいい。川を行くのはな、道を行くよりずっと美しいからなんだ。川では、スコオコや血の色の花が咲くンクワンタビサ、カメレオン、カッコウ、アブルブル、オウム、ホロホロチョウが見られる。ホロホロチョウがいるから、この道を行くときに飢えることはない。一羽捕まえて処理をすれば、二日はその肉が食べられる。わたしはビリムの川を行き、ドゥンカのそばのプラ川とオフィン川が出会う場所まで進んでいった。そこでわたしは岸辺の近くにいかだを寄せて、水の流れに逆らいながら長い棒をかいたよ(そうしないと、コメンダの海まで連れていかれてしまう)。ドゥンカの近くで、わたしは川からあがって、その日の旅を終えた。まだ闇はやって来ていなかったが、もう遅かったからその夜の休む準備をした。休んで、オフィン川とたたかうためにな。森の夜はくらいくらい、アヤの山を見ることができるところまでは、川をのぼっていかねばならない。で、次の朝、わたしはオフィン川をのぼっていった。





訳者あとがき

 アフリカの作家の小説を読むことは、日本語の世界ではそれほど多くない。まして今の時代の、比較的若い層の作品に触れる機会は少ないと思われる。しかし英語圏の文芸誌を読んでいると、才能ある作家がアフリカからたくさん出てきていることが感じられる。「青い鳥の尻尾」の作者ニイ・アイクエイ・パークスもその一人。ニイは1974年イギリスに生まれ、その後ガーナに戻りそこで育った。近年はイギリスとガーナを行き来して生活しているようで、両方の国のことを言葉も含めよく知っている。
 この小説は、そういった二つの文化をまたいで暮らしてきた、著者の経験や知識から生まれたもののように見える。ガーナ奥地の古い風習の中にある村と、今伸び盛りのアフリカ新興の都市アクラ(ガーナの首都)という対比。あるいはイギリスの大学を出た息子と、代々ガーナの海辺の村で漁師として暮らしてきたその両親とのギャップ。対極する二者のひずみは、ガーナの社会や警察に巣食う不条理なシステムや、都会化する市民の夢や野望、自らの社会や未来に失望感を抱く若者たちの苛立ちの中にも現われている。
 しかしそういった「文学的」問題提起とは別に、この小説を特徴づけているのはある種のエンターテインメント性だ。ニイに限らず、三十代前後のアフリカの作家には、この傾向があるように見える。子どもの頃テレビで、アメリカの警察もののドラマシリーズなどを楽しんできた世代。そういった影響がこの作品にも現われている。それはアフリカが全体として豊かになりつつあり、グローバル社会の一員として存在し始めている証でもあるのだろう。
 エーモス・チュツオーラやチヌア・アチェベ以降のアフリカが、世界市民となった作家たちの感性によって表現され始めている。

2013年12月 だいこくかずえ