「軽く何か食べるのはどうかな」 わたしは提案した。
 マリカはかぶりを振った。
 「わたしの部屋に食べ物ならいろいろあるの」
 それに従うことにした。
 「明日、発つんだけど」 わたしは早口で言った。
 マリカはそれに答えなかったが、振り返ってにっこり笑った。
 “Demain, dès l’aube, à l’heure où blanchit la campagne, je partirai. Vois-tu, je sais que tu m’attends.” (*1)
 わたしはマリカをとめた。
 「君には人生のそのときどきのための詩があるのかな?」
 マリカの人なつこい笑顔がわたしをたじろがせた。
 部屋はあいかわらず狭苦しかった。わたしたちはいつものようにベッドの隅に並んでこしかけた。二人とも言葉をさがしていた。わたしは頭をたれ、頑なに床を、色の褪せた青いカーペットに視線を落として、考えはじめた。マリカはいつもの黒いドレスに赤いスカーフを巻いていた。客からのプレゼント? わたしのあずかり知らない何かのしるし? マリカはわたしの方に向くと、そっとスカーフをはずしてわたしにさし出した。
 「これは、あなたの」とマリカは言った。
 わたしはマリカの手をとった。
 「忘れない、、、、」 わたしは口を開いた。
 「言わなくていいの、言わないで、、、、。もう行ったほうがいいのよ」
 「ぼくを追い出すの?」
 「そうじゃない、さよならって言うのはむつかしい、いつも。それに、、、もう会うことはないんだから」

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