夢みる力について

W杯決勝トーナメント1回戦「韓国/イタリア」(スカイパーフェクTV)
2002年6月18日(火)午後8時30分 大田(テジョン)ワールドカップスタジアム

おとといの夜、テレビで見た「韓国/イタリア」戦は、サッカーとかスポーツとか国際試合とかそういうことを越えた、もっと広がりのある未来的な出来事だったような気がしている。

5月31日のワールドカップ開始以来、ここまでのところ30近い試合を見てきた。全試合の約半数くらいにあたる。わたしはサッカーファンでもなんでもなく、前回のW杯フランス大会のとき、何試合かテレビ観戦したくらいで、細かいルールだってよくは知らない。ただそのとき、ワールドサッカーというものの魅力を少し味わっていたので、今回の韓日共催の大会は楽しみにしていた。

ワールドサッカーのおもしろさは、野球やバスケットやテニスとちがって、サッカーという遊びが世界中の国々でそれぞれの方法で楽しまれていることから、ほぼ世界の全域から出場国が出てくることにある。台湾など政治的に認められていない国が参加できないなど、国対抗ゲームということから生まれる矛盾はあるけれど、それでもアフリカ諸国や中南米のあまり豊かではない国々からも多くの参加があり、他では味わえない楽しさがある。いっしゅサッカーを通して楽しむ世界旅行。

さて18日の韓国/イタリア戦である。決勝トーナメントにいたる韓国の試合は全試合見てきた。韓国はグループDでポーランド、アメリカ、ポルトガルと戦い、勝ち点1位で決勝トーナメントにのぞんでいた。イタリアはグループGを2位通過。ヨーロッパ・サッカーの強豪国であり、セリエAなどサッカー・プレイヤーあこがれのサッカー大国である。トッティ、デルピエロなどスター選手もたくさんいる。韓国の闘志あふれるワクワクさせられる試合ぶりを見てきたわたしは、韓国を応援していたけれど、イタリアと戦ってどうなるかはまったく予想がつかなかった。

韓国を応援していたのにはもう一つ理由があって、それは韓国代表チームに去年の1月に就任したオランダ人監督ヒディンクにとても好感をもっていたから。第一試合のときだったか、ヒディンクのこんな言葉が紹介されていた。「ヨーロッパのサッカーとアジアのサッカーにはまだ壁がある。けれど才能豊かな韓国の選手たちはこれを越えていってくれると信じている。わたしは彼らの力を信じている」。壁があるんだという現実を、多分選手たちにも充分認識させながら、それでもなお、それを越えていこう、自分たちの力を信じて行けるところまで行こうという強い意志を感じさせる発言だと思った。

ヒディンクのこの言葉がプレイにくっきりと現われたのが、韓国/イタリア戦だったと思う。前半18分、イタリアに先制点1点をとられてから、韓国は激しい攻撃で攻め続けていたが、0-1の状態が続き、とうとう後半戦あと2分を残すところまで来てしまった。普通、見ている方も、そして多分プレイしている方も、2分という残り時間には、もう終わり、終わりのホイッスルを待つだけという気分がどうしてもでてきてしまうもの。でも韓国はちがった。ヒディンク監督は、二人だったFW(フォワード:前衛/ゴール前で攻撃するポジション)を後半戦で一人、二人、と追加してきた。残り時間7分前に投入したFW選手はこの場面で初出場となる若いまだ経験の少ない選手。引きさげたのは、W杯4回経験の、そしてキャプテンでもあるDF(ディフェンス:自陣ゴール前で相手のゴールを防御するポジション)のホン・ミョンボー。この人がバックにいれば大丈夫と思えるチームの要的存在の人である。この時点で韓国チームは攻撃4人、という普通考えられないアンバランスなメンバー構成になった。新たなFWを入れ、DFホン・ミョンボーを下げると場内アナウンスされたとき、競技場もテレビの解説席もどよめいた。後がないこの試合、0-1で負ければ、ここで韓国のW杯は終わる。点を1点とにかく返すしかないのだ。

結果は、攻めて攻めて攻め続けて、残り時間2分のところで、韓国は1点を返した。これで1-1。そして延長戦へ。ここからはゴールデン・ゴール方式(前半15分、後半15分)という方法で、どちらか1点を先取した方が勝ち、そして試合もそこで終わり。どちらも疲れ果ててはいるけれど絶対に負けられないゲームに突入した。激しい攻撃の応酬、からだとからだのぶつかりあい、反則、退場、と嵐のようなゲームが繰りひろげられ、後半12分、ゴール前に三人ならんだ韓国のFWのうちのアン・ジョンフアン選手がイタリアのDF選手と激しく競りあいながら、ゴール前に飛んできたクロスのボールに頭をあわせ、ヘディングでシュートを決めた。次の瞬間、アン・ジョンフアン選手は左手の薬指のあたりに口づけながら、コーナーにむかって走りこみ喜びをあらわした。日本のテレビや新聞では露出しなかったようだが、BBCのウェブサイトには、ヒディンクと選手たちがしっかりと抱き合う写真が載っていた。

この試合が、そしてヒディンクや選手たちがすばらしいと思ったのは、この人たちには目の前の現実に負けない力、夢を見る力というものが備わっているんだなぁ、と感じたから。これはサッカー選手にとって大きな才能だと思う。いやサッカー選手でない人にとっても。イタリアを負かせて、イタリアをぼう然とさせ、イタリアを怒らせた(イタリア、セリエAのペルージャの会長は、最後のゴールを決めたアン・ジョンフアン選手を許せないとして、ペルージャから解雇すると表明したと報道されている)韓国チーム選手とヒディンク監督。まだ決勝戦まで試合は続くけれど、この試合で、ヒディンクは「ヨーロッパの壁を越える」という目的をひとつ果たしたのだと思う。

人が生きていく上で、「夢を見る力」はとても大切なことだと思っている。多くの有用な情報を手にして、現実をふまえながら常に状況判断し、手堅く失敗のない人生をやっていく、というのも一つの生き方とは思う。でもこうした選択は、よりよく生きたいのに、「現実に負けてしまう」、「夢がもてない」、というジレンマにおちいりやすい。いまの日本の人は、非常に賢くスマートだけれど、この「夢を見る力」というものが欠けているように思う。同じアジアの韓国の戦いぶりを見ていてそう思った。どんなにばかげたことに見えることでも、そこに強い意志があるならばそれは信じるにたること、ということがわかっていない。子供の世界でも非現実的なこと夢みたいなことを言ったりしたりする子は、ばかにされたり、「お前調子にのるな」「浮いている」と言われるようだけれど、これは間違ったことだと思う。意志をもつ大切さ、夢を見る力やそれを信じる力をわたしたち大人はもっと子供たちに示さなくてはいけない。そういう意味でオランダ人ヒディンク監督は、韓国人選手たちに夢をもたせ、彼らの力を信じ、壁を越えていくことの大切さを教えて、ひとつの夢を実現させたのだと思う。

わたしはトルシエの日本チームもよかったと思う。決勝トーナメントにまで進めたのはトルシエの力だと思うし、最後の試合の采配だって間違っていなかったと思う。すべて彼の流儀、それがW杯で実を結んだ。4年間に報道されたトルシエの様々な発言ややってきたことには常に共感をもってきたし、最後の試合後のコメントもよかった。

サッカーというスポーツは、監督とチームのあり方や、そこに流れる思想、意志ということが試合結果に影響するものなのかもしれない、と、もうひとつの勝ち上がってきたグッド・コンビネーションのチーム、セネガルの試合を見ていて思う。セネガル・チームの楽しげな試合ぶり、ゴールを決めたときの選手たちのチャーミングなアフリカンダンス、そしてフランス人メツ監督の知的な風貌とコメント。

明日21日からはベスト8に残ったチームの試合がはじまる。フランス、イタリア、アルゼンチンというまさかの敗退後にのこった、韓国、セネガルはともにはじめて世界の注目を浴びる。ブラジル、ドイツ、イングランドなどが優勝候補として上げられている中、どんな戦いぶりを見せてくれのか、これはサッカーファンだけに見せておくのはなんといっても惜しい、ワールドワイドでとびっきり胸踊らされる出来事になるでしょう。


2002年6月20日(木)午後12時30分
大黒和恵・editor@happano.org

*BBCのワールドカップ2002のウェブサイトは、スピーディな報道、各チームや選手情報、監督や選手のコメント、ライブ映像など豊富なレポートにくわえ、コマーシャルがなくシンプルな英語で見やすいページです。

*アン・ジョンフアン選手:イタリア、セリエA「ペルージャ」に所属していたがW杯後の予定は未発表。ゴール後の左手へのキスは多分、薬指の指輪にしたものと思われる。奥さんはミス・コリア、そして本人も大変な美形である。

★立山秀利さんから、「韓国/イタリア戦」についてこんな感想メールをいただきました。

大黒さんが書かれたW杯のエッセイ、拝読しました。僕も韓国代表(元)監督ヒディング氏に教えられた気がした一人です。大黒さんのおっしゃられるように、“夢を見る力、実現する力”を身をもって示してくれたヒディング氏。さらに僕は彼から、“夢を見る力、実現する力”を得るにはチャレンジし、そのチャレンジをするにはリスクにも立ち向かわなければならない、とも教えられたのです。

イタリア戦の終盤、イタリア1点リードで迎えた場面で、DFの枚数を減らしてFWを投入し、極端までに攻撃的な布陣にした彼の采配。そのとき、過去に全く同じ采配をして“地獄を見た”監督のいた試合が僕の頭をよぎりました。思いつくところでは、まず、86年メキシコW杯の準決勝フランスvs西ドイツです。1点リードされたフランスは終盤に捨て身の攻撃に出て、逆にカウンターで追加点を奪われ轟沈しました。そして、記憶に新しいところでは、2002年W杯欧州予選のオランダ代表ファン・ハール監督。アイルランド戦で勝たなければならない状況にもかかわらず、逆に終盤まで1点リードを奪われ、FWを4枚という布陣を敷く−−そう、ヒディング監督と同じ采配をとったのです。前線の肥大化したチームは全く機能せず、何もできないままアイルランドに破れてしまい、ファン・ハール監督は批判の嵐のなか、寂しく監督の座を追われていきました。

同じオランダ人のヒディング監督がその一件を知らないはずはないでしょう。にもかかわらず、彼はリスクを承知でチャレンジし、見事栄冠を勝ち取ったのです。選手交代を告げるとき、おそらくヒディング監督も多少の恐れがあったと思います。その“恐れ”に打ち勝ち、自ら道を切り開いたヒディングの氏の勇気。僕はその勇気について、深く心を突き動かされてしまったのです。

・・・・っと、なにやらエラそうなウンチク垂れ流しになってしまいましたが(反省)、日本vsトルコ戦でトルシエ監督が何のリスクも犯さず、お仕着せの采配のまま敗退してしまった不甲斐なさに腹を立てていただけに、余計ヒディングしに後光が差して見えただけかとは思いますケド(笑)。2002年7月23日

*立山秀利さんはフリーランスのライターで、音楽やサッカーなどを主題に活動されていますが、最近、「パソコン/インターネット」について書いた本が出版されたそうです。「フリーで使えるCGI&JavaScript集」という本です。インターネットでは、YahooBOOK Amazon.co.jp にリストされているそうですので、興味のある方はどうぞ。

☆この試合について、W杯全体について、立山さんの感想についてなど、ご意見・感想をお寄せください。締めきりはありません。