わたしにとっては、思い返しても心惹かれる風景に、何の価値も見出さない人たちがいるということ。
豊かな緑に地雷を埋め、そこで穏やかに暮らす人々を殺したり傷つけることを、なんとも思わない人たちがいるということ。
そのことを考えると、さすがに、絶望的な気持ちになってしまう。
それは世界中のあちこちで思ったことだ。
対抗するには、わたしは本当に無知で無力だとも感じた。
けれど、その土地の闇の部分を知ることだけではなく、本来の美しさや良さを感じ、伝えることにも
意味がない訳ではないと、今は思う。

でこぼこ道を走り続けて、辿りついたベンメリアの入り口となる村。
数年前まで地雷の撤去作業が行われていたため、まだ、観光地化されてから日が浅く、
観光客もほとんど見かけず、のどかな印象だった。
睡蓮の沼を眺めながら森を進む。
木陰では牛が歩いていたり、黄色い蝶が飛び交っていたり、子どもが佇んでいたり、
童話の挿絵のような風景が続く。
その奥で、目の前に現れたのは、ばらばらに崩壊した古代の石造りの寺院だった。

遺跡全体が、ガジュマルなど、熱帯樹の密林に覆われ、森に飲み込まれているといった風情。
意思があるかのようにぐねぐねと伸長した木の根が、石壁に絡みつき、じわじわと浸食を進めている。
絡みついた熱帯樹の倒木により、崩れた石はひんやりと苔むしたまま、うず高く積み重なっている。
地上は歩くこともできない状態であるため、遺跡を見学するには、
回廊の屋根に上り、縁をつたってゆっくりと歩くしかない。
回廊を覗き込むと、真っ暗な中、崩壊した屋根の隙間から光が射していた。
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9. 森に溶けてゆくもの〜ベンメリア(カンボジア)