|
6月9日よりドイツで始まったワールドカップサッカー2006。ベスト8までが決まり(6月30日現在)、準々決勝、準決勝、決勝と8試合を残している。NHK総合やBS、スカイパーフェクTVなどで生中継や録画放送をやっているので、日本でも多くの人がテレビ観戦をしていることと思う。
先日試合を見ていてあることにふと気づいた。試合前、両チームの選手たちが競技場に入場してそれぞれの国歌を歌う場面がある。整列した選手の向こうに白い大きな円形のバナーが置かれている。何か文字が書かれているようだが、カメラが近づかないので読むことができない。1列に並んで国歌を歌う選手たちの背後に、バナーの文字が一瞬映った。「...no.... racism」のように読めた。え、人種差別? サッカーで人種差別とはどういうことなんだろう。何かそういうアピールをしているのだろうか。そのときはサッカーと人種差別という組み合わせに首をかしげただけで終わってしまった。
試合もだいぶ進んで、日本も敗退し、決勝トーナメントが始まったころに、そのバナーのことがふとよみがえった。あれは何だったんだろう。
DVDレコーダーに録画したいくつかの試合の冒頭を検索して、バナー文字が読めるシーンを探した。あいにく試合が進んでからは、あまりバナーを近くで映していないのか、読みとれるほどの映像を探すのは苦労した。が、なんとか読めるほんの一瞬の映像を見つけ出し、推測をまじえて読みとる。
Say no to racism
そう書いてあるようだった。racismの部分は読みとりにくかったが、頭は「r」に間違いないようだった。やはりそうだったか。
それでこの「Say no to racism」をウェブで検索してみた。バナーの写真を見ると、上下に二つの言葉が書かれていて、ひとつがこの「Say no to racism」、もうひとつが「A time to make friends」というものだった。これは主催者であるFIFA(国際サッカー連盟)の、このドイツ大会のキャンペーンワードだそうだ。いろいろ記事を読んでいるといくつかのことがわかってきた。(残念ながら日本語の記事はほとんどない)
サッカーにおける人種差別主義に関心をもってきたFIFAが、ドイツでの大会を前に、ドイツ国内で起きているネオナチによる人種差別活動を憂慮して、特別キャンペーンを張ったという経緯のようだった。FIFAはこのキャンペーンにあたり5秒のスポット映像をつくり、スタジアムなどで流す他、全世界の放映権をもつテレビ局に無償で提供しているという。
ほんとうか?
わたしはそれなりの数の試合を見ているし、録画もしているが、まだこの5秒CMを見たことがない。ないばかりか、この話題をいっさい耳にしたことがない。実況中継や録画放送だけでなく、スカイパーフェクのデイリーニュースや解説番組もそれなりに見ているけれど、こんなキャンペーンが張られていることも、スポット広告があることも、白いバナーについて解説者やアナウンサーが口にするのをまだ聞いていない。新聞のスポーツ欄、社会欄などでも見た覚えがない。(2006年6月30日15時現在)
なぜなんだ?
FIFAのドイツ大会に関するリリース資料には、このキャンペーンの趣旨が書かれているそうだし、日本語版もあるというから、日本の記者たちが目にしていないとは考えにくい。「スポーツに主義主張は出さないほうがいい」とでも思ったのか。あるいは「あれは、ドイツのネオナチ対策でしょ。我々には関係ない」と無視したのか。それとも試合の勝ち負け(多くは日本が決勝トーナメントに進めるかどうか)にしか関心がなく、ほんとうに気づかなかったのか。
サッカーと人種差別について、そういえばこんなことを耳にしたことがあった。フランスのエースストライカー、アンリ選手がサッカーにおける人種差別に抗議している、という記事を読んだ記憶があるのだ。どんな内容のものだったか、詳細をウェブで調べてみた。
きっかけはアンリ選手が、スペイン代表の監督ルイス・アラゴネスに「black s***」と言われたことにあったようだ。アンリ選手によれば、今の時代にピッチの上で人種差別があるなんて信じられないかもしれないが、これは今も実際にあることで、許しがたいことだと思う、そのように述べていた。アラゴネス監督はこの発言によりスペインのサッカー協会から罰金を課されたそうだが、他にも人種差別発言におけるベスト(ワースト?)プレイヤーに選ばれたヨーロッパの選手がいたり、黒人プレイヤーに対して「monkey」と中傷したため3ヶ月あまり試合出場停止になったブラジルリーグの選手の話など、人種差別主義による暴言はあとをたたないようだ。
アンリ選手の話にはつづきがあり、この事件の後、アンリ選手は自分のスポンサーであるNIKEに、反人種差別主義のリストバンドをつくることを提案している。白と黒のゴム製のリストバンド二つを絡み合わせたデザインのもので、世界で500万個以上が売られたという話だ。日本のナイキに問い合わせしたところ、日本でも去年売っていたようだが、今は取り扱いはないとのこと。(カスタマーセンターの情報。ショップへの問い合わせでは情報は得られなかった)
こういったサッカーにおける人種差別主義を背景に、FIFAはドイツ大会でのキャンペーンを張ったと思われる。それがもし、主催国ドイツのネオナチ対策に主眼があったとしても、このキャンペーンをやったことは評価されていいのではないか。日本のメディアもこういう世界の動きにもっと敏感であってほしいと思う。賛成か反対かは別にしても、何が世界で問題になっているかを知らせる義務はあるだろう。番組の中で、無料使用できる5秒スポットを流すとか、それについてのいきさつを紹介するとか、何かできるはずだ。サッカーというスポーツをとおしてワールドカップに参加すること、その意味は試合に勝ったか負けたか、決勝トーナメントに進めるか、だけではないはずだ。
6月30日、7月1日の準々決勝の試合前には、各競技場で、それぞれのチームが反人種差別主義について何か述べるそうだ。ドイツ、アルゼンチン、イタリア、ウクライナ、イングランド、ポルトガル、ブラジル、フランス。それぞれのチーム代表がどんな訴えをするのか、試合以上に楽しみだ。もし日本がここに残っていたとしたら、どんなことが言えるだろうか、と想像してみる。世界大会に参加するということは、こういう社会的側面に対して、どんなつもりで、どんな意義を感じて参加するのかが明確になっていることも大切なことにちがいない。そういうことについての日本の選手へのインタビューもいつかぜひ聞いてみたい。
2006年6月30日(金)午後4時30分
大黒和恵・editor@happano.org
追記:6月27日のフランス、スペイン戦(決勝トーナメント)を見ていたときは、アラゴネス監督の暴言事件について知らなかった。今、録画で確認したらアンリの手首にリストバンドはなかったけれど、両者ともどんな思いでこの試合に臨んでいたのだろうか。スペインは若くて元気なチームと人気上昇中だっただけに、アラゴネス監督の一件はとても残念だ。
参照:
FIFA公式サイト(日本語版)のこの問題に関するリリース:
NIKEのリストバンド(STAND UP, SPEAK UP)を付けたアンリ選手の写真と記事:
|
|
|