目次
ハイク:
ロシア(ペテルゴフ、サンクト・ペテルブルグ)
アメリカ(ウェスト・ヴァージニア、アトランタ、フロリダ、ピッツバーグ、ニューヨーク、シカゴなど)
アレクセイからのメール……作品の解釈やロシア事情について、翻訳者の質問に答えてくれたEメールの数々。
ハイパー・ハイク……エッセイ(新しいハイク様式のこころみについて)
著者について
訳者あとがき
「訳者あとがき」より
アレクセイは今年三十才になったばかりのロシアのハイク・ポエットです。「ぼくのほらあな」がアメリカで出版されたころ、つまりアレクセイがハイクを書いたり英語に訳したりしていた1994年〜1996年当時は、ウェスト・ヴァージニア大学留学中の学生でした。ウェブで紹介されているポートレイトを見ると、すらりとした長髪の美青年で、こういうロシアの若者がハイクをタシナンデイルということにまず訳者は興味をもちました。
アレクセイのハイクは、ちょっとロマンチストな一面が見えたかと思うと、案外ワルなところやヘンなことにこだわる子供っぽさなど書き手のキャラクターがどんどん出てきて、そういう意味でちょっと変わったハイク・スタイルをもっています。サブタイトルに「ロシア語ハイク日記」とあるように、この本は著者がロシアからアメリカに移り住んだ時期の心象風景の記録であり、また異文化体験のルポルタージュでもあります。
訳していて興味深かったのは、ソビエト崩壊を二十才で経験したアレクセイ君が、現在の自分の国をどんな風に思っているのかとか、留学していたアメリカでアメリカに対してどんなことを感じていたのか、というようなことが作品の中にとても率直に表現されていることでした。曇りのない率直な視線は、自国に対してもアメリカに対してもそう変わることはなく、そのクールさ公平さにわたしは希望を感じました。
ハイクというミニマルな詩のスタイルが、言語や価値観のボーダーをスピーディーに越えていって人々の直観に作用できるメディアであることを、発案者であるわたしたち日本人ももっと意識していいのかもしれません。
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